第414話 最悪のオチ
クソ痛い。
痛みを堪えて状況を把握する。
四角く切り取った壁は無骨で装飾のその字も無い剥き出しのコンクリート。メンテナンス用のスペースが空けられ昇降用の梯子が掛けられている。
真ん中にはエレベータ昇降用のロープ。
見上げれば遙上にエレベーターの下、更に下がったところには俺が落ちてきた入口が見える。
下を見れば光の届かない底から人の腕ほどもある串が剣山のように無数に生えて来ている。そして俺も鉄板入りの靴がなかったら仲良くお仲間になっていたかも知れない全身を貫かれた遺体。俯せになっていることから自分の顔を貫く串の先を貫かれる寸前まで見るハメになった顔はどれだけ恐怖に歪んだことだろう。
服装はブラウスにスカートとごく普通の女性の旅行客っぽい。血が流れ切るほど放置されている様子から助けどころか片付けも来ないのだろう。
そうなると自力しかないか。ロープを伝って登るかメンテナンス用の梯子に飛び乗って上がるか。
一見ロープだが金属ワイヤーを束ねたロープは堅くささくれ素手で握り締めたら手の皮膚が削られそうで万が一にも手を滑らせれば落下の串刺しの危険がある。その点梯子ならその心配が無いが、ここから剣山を飛び越えてしがみつくのに失敗すれば、これまた真っ逆さま。
どっちがいいか検討をしているとずずっと自分が下がっていくのを感じた。
慌てて何事かと下を見ると
串がくにゃ~と撓りだしている。
串がドンドンどんどん柔らかく
これじゃ体重を支えられない
串がドンドンどんどん撓ってく
ふにゃ~とぐにゃ~と落ちていき
足下ふらふらステンと剣山に倒れ込み
串は押されてスプリングのように縮んで、びゅ~んと下に降りていく
下まで降りきれば
ぼよよん~んと跳ねて串が縮れた茂みからぴょんと飛び出し、ぷにゅっと地面に落っこちた。
「助かったのか?」
怪我一つ無い。
この柔らかい地面のおかげで助かった。
ぷにょ、地面を押した感触で気持ちいい。薄桃色でなにやらぽにょっとして弾力があって柔らかい。
このままぷにゅっと埋もれて寝てしまいたい誘惑を断ち切って立ち上がると、視線の先にはV字に裂けた崖があり、道が左右に分かれているのが見えた。
どちらの道も先は靄が掛かって見通せない。
右に行くべきか左に行くべきか判断材料はない。だがここにいてもしょうが無いと決断する前に、後ろから楽しそうな騒がしい声が聞こえてきた。
わっーーきゃっきゃっきゃっ
誰かいるのか?
左右の道を選ぶのを保留して金色に輝く茂みを迂回して後ろに行くと、窪地の傍でカエルとうさぎが蹴鞠をしていた。
ぽ~ん
ぽ~ん
カエルがボールを高く蹴り返せば、うさぎも地面に落とさず高く蹴り返す。
平安絵巻で貴族がほほほほっと遊ぶ姿が描かれる蹴鞠だ。鳥獣戯画のようなのほほんとした世界が・・・。
「あっ」
思わず俺は大声を上げ、驚いたうさぎは高く上がった生首を蹴り損ねてしまった。
生首 ころころ ころりんこ
ころりん こんりん すっとんとん
窪地にころがり落ちて
ころころ転がって窪地に空いた穴にカップイン
さあ大変
カエルが手を上げて大喜び
うさぎはおかんむりで睨んでくる
「鞠がなくなってしまったぞ」
と怒ってくる。
鞠じゃなくて生首だけどな。
「どうしてくれる、代わりにお前の生首寄越せ」
冗談じゃないそんな事したら前が見えなくなる。
うさぎが首を寄越せと手を伸ばしてくるので窪地に蹴り落としてやった。
あ~れ~、哀れうさぎは窪地に落ちて転がって生首同様中心に空いた漆黒の穴に呑まれて消えていく。
「お前は誰だ」
残ったカエルが尋ねてくる。
「人間だ」
カエルに尋ねられればこう答える。
「人間。ならエシラの客か?」
「ホテルの客だ」
どう答えるが正解か分からない。
取り敢えず正直に答えておく。
「ならエシラの敵か」
「違うよ。友達になりに来たのさ」
さっきにさっとさしょうした。
「友達!?!」
「そうさ」
この答えは正解だったのか膨れ上がったカエルの殺気が萎んでいく。
「ならお茶会に行かなきゃ」
「お茶会?」
「急げ急げ遅刻する~」
手をカエルに引っ張られる。
むかし むかし
かえるに連れられて~
お茶会に参加してみれば
絵にもかけない美しさ
窪地の向こう側に連れられてみれば、先の視界を遮る双丘を背景にティーセットと金髪少女がいた。
金髪少女はティーを優雅に一口飲んで優雅に挨拶。
「こんにちは。ご機嫌いかが」
「こんにちは」
「私はエシラ。あなたが私のお友達?」
カエルに耳打ちされ微笑むエシラが首を傾げれば川のように金髪がさらっと流れる。
「そうだよ。
実は迷子で困っているんだ。
良かったら帰り道を教えてくれないか?」
薄桃色の大地に絵に書いた青空が広がる不思議の世界。
冒険をするのもいいが、聞けるなら聞いておこう脱出方法。
「ふ~ん、なら隠れん坊しましょ」
「隠れん坊?」
「あなたが私を見付けたら
私はあなたのお嫁さん
あなたが私を見付けられなかったら」
「チョッキンチョッキン、首チョンパ~。
首寄越せ~」
開かれた巨大ハサミが首目掛けて迫ってきた。
「くっ」
ハサミを蹴り上げつつ上体を反らせることで間一髪避けられた。そのまま俺はバク転をして間合いを取って向き直る。
目の前には巨大なハサミを持った白兎がいた。
穴から這い上がったのか、どんだけ首が欲しいだよ。
「友達の首を切ったら駄目じゃないか」
「あらボールは友達でしょ」
抗議しても少女は一切悪びれない。
「君はサッカーをするのかい?」
「いやよ。あんな野蛮なの。私はお淑やかなレディーなの」
「レディーは首を切らないよ」
「だって友達なんでしょ。友達はサカボール。」
「ボールじゃない」
「じゃあお婿さん。
お婿さんは眠れるお姫様を見付けなきゃ」
「理屈が分からないんだが・・・」
「範囲はホテルの敷地内。
見付けられなければ首チョンパ。
じゃあ、よ~いドン」
俺を無視して勝手に話を進めていくエシラ。
「もうちょっと話を・・・」
止める間もなくドロンと煙に包まれて晴れたときには俺はホテルの部屋のベットの上で寝ていた。
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