Wonder Hotel

第413話 Wonder Hotel

 ホテルとは異世界

 異世界に迷い込んだお客様は俗世を忘れ

 夢のような世界で悪夢を旅をする


 ちゃーーらちゃ ちゃーらちゃ

 一歩ホテルに入れば俗世の喧噪から切り離された時間が始まる。

 今新たなるお客がホテルの扉を開けるサインをする。

「シングル、二泊でございますね」

 シルバーグレーという言葉がよく似合う頭髪もヒゲも白く染まった老紳士のホテルマンが確認してくる。

「ああ、それで頼む」

 これで二日間の仕事を忘れた休暇が始まる。大仕事を片付けたんだこのぐらいのことは許されるだろう。

「お部屋への案内は仲良くなったようなので大原にやらせましょう。

 よろしいですか?」

 見ているこっちが心暖まるような見事なスマイルで提案してくる。こんな笑顔をされてはハイとしか言えない。

 どのくらいホテルマンをして意識が高ければこんな笑顔を身に付けられるのか。

「美人に案内されて嬉しいくらいさ」

「煽てても何も出ませんよ」

 此方は、まだまだ修行が足りないようでその雪のように白い頬が朱に染まっていた。髪も金髪に近い栗色だし、躰付きも日本人離れしたメリハリだしハーフなのかもな。

 どっちにしろ美人さん、俺はラッキーだな。

「では、大原君頼みます」

「はい。

 ではご案内しますね」

 何が嬉しいのか大原はひまわりが咲くような笑顔を向けてくる。

 仕事が好きなんだな、羨ましい。

「お荷物はありますか? あればポーターに運ばせますが」

「ない。手ぶらだ」

 俺の返答を聞いた大原の目が一瞬信じられないと見開かれた。

 なんで俺は手ぶらなんかでホテルに来たんだろうな。これじゃ用事を済ませたら帰る気だったみたいじゃないか。

「代えの下着は優秀なコンシェルジュに任せるよ」

「お任せ下さい」

 男物の下着を女性に買いに行かせる。彼女なら兎も角部下の女性にやらせるなんて一歩間違えればセクハラものだが、そこはそれノーと言わないのがコンシュエルジュだっけか。

 仕事、仕事。


「此方になります」

 案内された部屋は俺のアパートなんかよりよっぽど広かった。

 LDKタイプで部屋で簡単な調理も出来るようだし、浴槽付きの風呂場にドラム式乾燥機まである。俺のアパートよりよっぽど快適に長期滞在ができそうだ。

 金が在ればな。

 クローゼットも備え付けられているので開けてみれば防虫剤の匂いと共にガウンが吊されていた。

 ガウンを羽織ってワインをくるくる回しながらロッキングチェアを揺らす。

 一度は夢想する金持ちスタイル。

 やってみようかな。

「何かあれば内線でお呼び下さい。着替えについては直ぐに用意致します」

「頼む。着替えが来たら君お勧めの大浴場にでも行ってみるよ」

 やっぱ湯上がりは綺麗な下着を着ないと気分が台無しだからな。

「はい。では失礼します」

 大原は去って行き部屋に1人になった。

 リフレッシュって何をすれば良いだろうな。

 仕事もレポートもない。

 正直何をすれば良いのか分からない。

 つくづくの仕事人間だな。

 取り敢えずベットの上に服のまま仰向けに倒れ込んだ。

 ふわっと無重力のように受け止められるのは感動ものの初体験。家の煎餅布団じゃ背中を打ち付ける。

 気持ち良さに天井の風景が霞んでいきぼんやりと考える。

 ホテル、そうだ庭の探検でもしてみるかな。

「お客様」

「うわっ」

 大原が部屋を出て行って誰もいないと思っていたのに声を掛けられ跳ね起きた。

「お客様、舞踏会の時間です」

 俺を殺しかねないほどのまじめな顔でいつの間にかいたソフィアが告げる。

「残念だが舞踏会に出る服がない」

「ここにあります」

 ばっとソフィアがクローゼットを開ければズラリとタキシードが並んでいた。

 これで問題なし。


 エントランスまで来れば、広場のように広いエントランスには他の宿泊客だろうか正装したカップル達が談笑していた。そして広場の脇にはミニ楽団が待機していた。

 生演奏とは凄い。

 尻尾の生えた鼠の指揮者が振り上げた指揮棒を振り下ろし、イタチがヴァイオリンを弾きシロクマがシンバルを打ち鳴らす。

 演奏が始まり音楽が流れ出すと男女は踊り出す。

 そう言えば俺には肝心のパートナーがいない。

「さあ、踊りましょう」

 いつの間にかドレス姿になっていたソフィアが俺に手を差し伸べる。

 淡いブルーのドレスがソフィアの白い肌を淡く彩り似合っている。俺は迷うことなくソフィアの手を取り、取った手を引っ張られ勢いのままに回り出す。

 ソフィアに振り回されて、あっちで周りこっちで回り。

 円を描いてスピンで回る。

  おかげでダンスを知らない俺でも踊っているように見える。

 ずんたったずんたった。

 楽しい楽しい、ダンス。

 鼠の指揮棒がゆったり~激しく動きだす。

 スタンダードからいつの間にか燃えるようなラテンアメリカに変わり、会場はヒートアップする。

 カップル達は情熱を燃やし熱いとばかりに服を脱ぎ捨て裸体を晒して情熱で踊る。

 熱い。

 晒された肌から汗が噴き出し汗が蒸発していく。

 もわもわと熱い雲に会場が覆われていく。

 蒸し焼きのサウナ。

 益々汗が蒸発し密度が上がって蒸気で茹でられる。 

 それでも止まらない止められないカップル。

 肌色が溶け合うように躍動しくるくるビュンビュン。

 ダンスダンスダンス。

 蒸しられ焼かれ煮込まれくるくるかき回って

 男女の肌は混じり合いバターになって溶けちゃった。

 溶けたバターが床に広がり、俺は足を滑らしすってんころりんころりんこ。

 つるつる滑って、扉の開かれエレベーターにストライク。

 エレベータは上がっていて、空いた穴に真っ逆さま。

 ヒューーーン

 と墜ちていく~。

 ヒューーーんと落ち行く先は何がある?

 何があるかな何があるかな?

 無意識にパッと上着を脱いでエレベーターを釣り上げるロープに巻き付ける。

 ジューーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 燃え上がるほどに摩擦熱で加熱する上着。

 それでもそれでも止まらない。

 四角に囲まれた暗い穴の底

 何があるかな何があるかな?

 無数の巨大な針が剣山のようにキラキラ輝いている。

「はっ」

 あわや串刺しにされる寸前、靴だけは替えなかった鉄板入りの靴。

 靴底で針の先を踏み付けて、やっと止まった落下。

 ちょっと針が靴底を破って足裏に刺さって痛たたたた。

 それでも止まって良かったね。

 止まれなければ、直ぐ下で此方を恨めしげに見上げている串刺しの遺体の仲間入り~。

 めでたしめでたし。


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