第411話 前振り
音畔学園理事長室には理事長、校長、教頭と音畔学園の幹部が勢揃いしていた。理事長が俺の要請でこの場に招集したのだ。彼等は理事長室に設けられた応接スペースのテーブルを挟んだソファーに座り俺はお誕生日席に陣取っている。
そしてこの場には加えて女性1人がいた。
「どうぞ」
彼女は自分の分を抜いた人数分のコーヒーを各人の前にキビキビと置くと俺の後ろに回って直立不動の姿勢で待機する。
この女性は草日 潮。三目と初めて会った日に居た女性だ。漆黒の黒をおかっぱに切り揃えネイビーブルーのタイトスーツを隙無く着こなした秘書と言うより軍人のような女性だ。その隙の無い挙措から有能そうではあり、それだけに緊張する。
文部科学省特殊案件処理課は今回の件の隠蔽を俺に求めてきた。お役所の隠蔽主義と憤慨するより、魔による失踪事件なんて公表できるわけがないとあっさり納得してしまう俺はどっぷり体制側なのかも知れない。彼女は三目が流石に俺に丸投げは心苦しいと思ったのか学校関係の書類仕事のサポート役、そして俺が裏切るとまでは思ってないが軽い意趣返しをするのを未然に防ぐ監視役。
残念、下らない仕事を増やしてやろうと思ってたのに。
「時間も無いし早速始めよう」
「ふんっそう願いたいね。こっちは気楽な学生と違って忙しいんだ」
理事長の命令だから渋々来てみれば俺が場を仕切っていることに苛立ちを隠さない校長が言う。
人を勝手に権力争いの道具にしておいて負けたのだから完全な自業自得なのだが、勝負の後にわだかまりが消えて仲良くなれるのはヤンキー漫画だけ。勝負の後には遺恨が残るのは世の常さ。
「まず誤解を解いておこう。
俺は学園で噂されているような理事長の隠し子ではない。遠い親戚とかの血縁関係は一切無い」
この後の展開も考え俺は校長や理事長と同格の者として話す。
「だったら何だというのだ。お前が理事長の関係者であることは明白だろ」
息子ぐらいの俺に同等に扱われ苛つく校長が中々正論のツッコミを入れてくる。
教頭は、沈黙は金の静観。
「その通り。血は繋がっていないが、契約で繋がっている。
俺は理事長からこの学園で発生している失踪事件の調査を依頼された者だ」
「失踪事件!? 何を巫山戯たことを我が学園に失踪事件など起きてないぞ」
失踪事件、この言葉に校長は反発したが、教頭は慎重に口を閉ざし真意を見極めようと俺を見る。
校長に教頭なら生徒との直接の関係は薄いだろから隠すことなく話してもパニックになることはないだろ。
「望月、大村、島村、小島の4名だ」
「うっ望月と島村は聞き覚えがあるというか、我が校の将来を背負うスポーツ特待生の生徒じゃないか。彼女達が失踪したら大騒ぎになっているぞっ、私の耳に入らないなんて事があるわけが無い」
校長は、やはり関係は個人的な関係は薄かったようで(あったら大問題だが)、ど忘れしていたことを思い出した程度の反応しかない。
「なら聞くが俺がわざわざ調べれば直ぐ分かるような嘘をつくと思うか?」
「ないでしょうね。君は恐ろしく用心深い。口にする以上はそれなりの裏付けか勝算があってのことでしょうね」
多少なりとも俺を知る教頭が頭を抑えながら答える。
此方は少しは関係があったのか? まあ教頭は現場のトップ、気に掛けるくらいはしていたかも知れないな。
「どういうことだ。そんな報告受けていないぞ。教頭は知っていたのか?」
「いえ私も今知りました。
ただ両名は我が校の期待を背負った生徒、私はそれとなく気に掛けていたはずなのですがね。ここ最近全く思い出した記憶が無い」
「あんたのことだから裏付けは取るんだろうが、くれぐれも秘密裏に頼むぜ。
失踪者の担任や友人に直接聞くようなことは避けて、人を介さない記憶、出席簿でも調べるだけでも確認できるはずだ。
でないと困ったことになるぞ」
「お前にそこまで指図される覚えはないぞ。今度はどんなペテンを働く気だ、何なら今直ぐ調べてやるぞ」
校長はスマフォを取り出した。人の折角の忠告を無視して担任をここに呼び出して聞くつもりか?
予想外な展開だな。校長がここまで俺に敵愾心があるとも思わなかった。大人なんだし理事長とかの手前この場くらい忠告を聞くかと思っていたが、棚からぼた餅だな。
担任には悪いが失踪者の名前を聞いてパニックを起こすのを見て貰った方が話が早く済むだろう。
「その代償を払うのは其方だぞ」
一応一度だけ警告しておく。警告した以上俺は責任を果たした、後の責任は校長にとって貰おう。
「脅しか」
校長が更に高まる反発心にどこかにかけようとしたのを教頭が止めた。
「校長、辞めておきましょう。後で調べれば済むことです。今は話を進めましょう」
校長は取り敢えず教頭に従い素直にスマフォを引っ込めた。流石にこの場で教頭と決裂したら孤立するとの判断だろう。
「ちっ」
「どうかしましたか」
思わずした舌打ちに教頭が目敏く突っ込んでくる。
「いや。理性的だなと思って」
「慣れていますからね」
流石現場のトップ、モンペ不良地域住民との衝突とトラブル対応は手慣れたものか。
「話を戻そう。
彼女達が失踪した原因は突きとめて理事長からの仕事を果たしたんで、依頼料を貰っておさらばするところだったんだが」
「さっさと帰って貰っても此方は一向に構わないぞ」
「別ルートから仕事が入った」
正直言えば特殊案件処理課からの依頼は渡りに船だった。飯樋のこともありどの道彼女達を日常に復帰させなくてはならない。依頼料の二重取りは望むところだ。
「別ルート? 果無さん、あなたは本当に何者なんですか?」
「教頭、こんな学生の妄想に付き合うことはないぞ」
校長は俺を大人に成れない中二病か何かを見るような目で見ると立ち上がり教頭に退出を促す。
「気乗りしない仕事なんで、俺としてはそれでも構わないが・・・」
「コホンッ」
後ろから俺のお目付役の咳払いが聞こえた。そんな事しなくたってこれは前振りという奴だよ。
「俺より困るのはそっちだぞ。少子高齢化の時代学園を存続させたければ、寧ろ頭を下げて俺に協力させて下さいと言う立場なんじゃないかな」
「何をっ」
「校長っ」
俺を怒鳴ろうとした校長を教頭が黙らせた。本来なら現場人間の教頭より政治闘争に明け暮れる校長の方が気付いてもいいようなんだが。
「息子くらいの男に仕切られてお怒りになる気持ちは分かりますが、事態を冷静に考えて下さい」
「事態だと。お前こそこんな奴に・・・」
「4人も失踪していたことを我々は把握できていなかったのですよ。彼の話が本当ならリークの仕方次第では我が学園は廃校の危機になります」
「んぐっ。
だが本当ならだろ。こんなの此奴の妄想だ」
「ああっ言い忘れたが失踪者は新たに2名追加されるぞ。
此方はもうどうしようもない。何か手を打たなければ確実に世間に知れ渡る」
例え俺以上の退魔官が来たところで彼女達を救い出すことはもう出来ない。
「貴様、妄想もいい加減にしないと」
「賭けてみるか? 一週間後にはここはマスコミに囲まれて全国区の学園に成れるぞ。来年の入学希望者数がどうなるか楽しみだな」
「そんな馬鹿なことが・・・ことが・・・」
あるかっと校長は俺を怒鳴りつけて追い出したいのだろうが、俺に負けた記憶がそれを阻害する。
「後で調べて嘘だと分かったら彼を雇った理事長が責任を取ってくれます。本当なら彼の機嫌を損ねるのは危険です」
さり気なく何かの時は理事長に責任を擦り付ける手腕、人格者のような態度に油断すると痛い目に合うな。
「それで君は我々に何を望む?」
「其方にとってもいい話だし、理事長は既に賛同してくれている」
「なるほど。我々は実行役ですか?」
「そういうこと。
一つ。彼女達4名は欠席していない、そのようにしてくれ」
「改竄をして失踪の事実をなかったことにしろと」
「どうせ誰も失踪を認識してなかったんだ。だったら記録の方を記憶に合わせて問題ないだろ」
「大事なことを聞き忘れてましたが彼女達は無事なのですか?」
「無事だが直ぐの復帰は難しい。彼女達は暫く療養する」
「そうですか。
ですがどうやって復帰させるのですか、どうしたって騒ぎになるでしょう」
「他校に親善生徒として暫く通っていたのが帰ってきたとか口裏合わせろ」
正直飯樋が消していた記憶の問題もある。
だがまあ後のことは後で考えよう。今を全力で処理する。
「其方の記録はどうするのですか?」
「それは此方で用意する。後で彼女と打ち合わせしてくれ」
俺は後ろので待機する彼女を指差す。
特殊案件処理課直轄の学園が都内にある。色々な事情ある生徒の避難先や偽装工作の為に存在する小中高一貫校。何処に有るか俺も知らないが一度くらいは見てみたいものだ。
「分かりました。要求はそれだけですか?」
「今からいう生徒二名、福島、中塚は転校したことにして処理しろ。
それと天夢華という生徒については転校してきた記録を抹消。いなかったことにしろ」
この要求に教頭の顔は流石に強張った。まあ腹黒でも生徒思いなのは本当の教頭だ。素直に従うとは思ってなかった。
「彼女達は一体?」
「知らない方がいい。もう会うことはない」
「ですが・・・」
「彼女達は転校先で失踪したことになっている。家族にもそれで納得して貰う。
もう一度言うが、もう会うことは無い。
それでこの学園が世間の好奇の目に晒されることは無くなる。残った生徒のことを思えば悪い話じゃないはずだ」
「「・・・」」
俺の言葉に校長ですら黙り込んでしまい追求してくることはなかった。
「それと校長、お前は辞任しろ」
「貴様っ何の権限があって命令する」
「改革とやらは色々美味しい思いが出来るそうじゃないか」
これこそ本来特殊案件処理課が調べていた案件。改革を謳えば色々と金が懐に入り込んでくる。
「うぐっ」
校長の顔色が一気に変わった。普段から感情を垂れ流しにしているからこういう時困る。
「本来なら懲戒免職だが今は世間の注目を浴びたくない。諸々の件の泥を被ってくれるなら退職金も色を付けてやろう」
幾ら頑張っても計6人にも及んだ失踪事件だ歪みは残る。誰かが精算しなければいつまでも歪んだままに、新たなユガミが生まれる。
「おっおまえ」
「これは温情だと思って下さい」
後ろの仏像のように黙っていた草日がもう黙ってられないと口を開いた。
「まずはこれを」
草日は水戸の印籠の如く抱えていたカバンから書類を取り出し机の上に置く。
それを見た校長と教頭の顔が青ざめる。
「文部科学大臣のサイン入りの命令書です。
あなたを横領罪及び詐欺罪で懲戒免職させることも可能です。名誉は失われ、当然退職金もありません」
待つのは悲惨な老後。
まあ校長が学園の改革を目指していたのも本当だろう。学園がこのままだと立ち枯れると危機感を持ったのも本当なら、少し魔が差したのも本当のことだ。
まあ普通の人間だったんだな。人生を潰してやろうと思うほど嫌いじゃない。
「最後に泥を被れ。俺が来なければ汚職事件がバレ無くても、失踪事件で引責辞任をするところだったんだ」
「私はなっ何をすれば、・・・・・いいんですか」
流石に今の歳で退職金を失い犯罪者になることの恐ろしさを分かっている校長は俺に折れて俺に祈った。
「まずは隠蔽工作は全てお前が行え。他の誰も手伝わせるな」
「何かあったら全て私の所為という訳ですか」
がっくりと肩を落とした校長が蚊の泣くような声で呟く。
「だがバレ無ければ少々早いセカンドライフの始まりで済むぞ。例えバレても共犯者がいない方が追及の手を躱しきれるかも知れない」
犯罪は関わるものを極力少なくするのが発覚しない為の鉄則。
「分かりました」
これでこの事件の後処理は終わった。
「それと付け加えますと、果無 迫なる者の教育実習はつつがなく行わせ教師として最低限の能力を持たせてください」
「はい。それは教育自習を続けるということですか?」
教頭が青天の霹靂のような顔で聞き返す。
まあ流れ的に俺は消えると思っていただろうし、俺も消えたかった。
「そうです。彼には大学卒業後には教師として働いて貰う予定です」
間違ってもそんな予定はない。
「そっそれは、はっは、彼ならつつがなく任務を果たすでしょうね」
そこで教師の務めを果たすと言わないところが正直だな。
「分かりました。最低限授業が出来るようには仕上げてみせます」
「お願いします。それでは校長、具体的な打ち合わせをしましょう。校長室でよろしいでしょうか」
「分かった」
校長は草日に大人しく従い理事長室を退出していく。
「4人の復帰については目処が立ったら連絡します」
「儂も最後の奉公をするかの、教頭と協力して出来るだけ体制は整えておく」
理事長はここで口を開いた。
「助かります。それと校長の後釜の選出もお願いします」
「そっちは頭が痛いの~、教頭校長になってみるか?」
「お断りします。誰かいい人を引っ張って来て下さい」
まあその頃は俺はいないので誰でもいいや。
「それと私は来週から復帰します。気乗りしないでしょうがよろしくお願いします」
「そっちは実習生として扱えばいいのかな?」
教頭が意地の悪い顔をして尋ねてくる。
「ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
俺は立ち上がって一礼する。
「なら厳しく行きますよ」
「お手柔らかに」
俺もまた理事長室を退出する。
今度こそ終わったな。
よし、島村達の受け入れ先の用意はまだ出来ていないのでホテルはまだ取ってある。俺も高級ホテルとやらを経験させて貰うとするか。
女子高なんてくるもんじゃない、普通の仕事の倍気が疲れたぜ。
リフレッシュするぞ。
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