第409話 恋人が待っている

 おばさんは山の麓に住んでいる主婦の里山さん。山菜を採りに来ていたそうだ。里山さんには近くの車が通れる道まで案内して貰うことになった。まるで俺が脅しているようで最初こそビクビクしていた里山さんだが、純真無垢となって子供のようにじゃれてくる女子高生達が可愛くなったようで、自身で用意していたお菓子とか水筒の水とかをあげてワイワイと楽しそうにしていた。

 俺もちょっと水が欲しいが我慢、彼女俺に対しては警戒を解いてない。折角の友好的なピクニック雰囲気を壊すことはない。

 車が通れる道まで来て休憩を兼ねて待っているとワゴンカーがやってきた。


「なんというか、警察に通報したくなるな」

 俺を見た影狩の第一声がこれである。

「自覚してるよ。頼んでおいた物は用意できたか?」

 連絡をしたときに、代えのスマフォと彼女達を裸で街中に連れて行くわけには行かないので4人分の服装を用意してくれと頼んでおいた。

「もちろ・・・」

「何て格好なの!? 話を聞いたときから嫌な予感はしてましたけど」

 続いて車から降りてきた大原は半裸の女子高生達を見て呆れつつ俺を睨んでくる。

 そんな目で見るな。別に手なんか出してない、寧ろ紳士的、父性的だったというのに、だがまあいつものことか。

「期待に答えたところで、済まないが彼女達の着替えを手伝ってやってくれ。俺や影狩がやるわけにはいかないからな」

 まあやるしか無いならやるが、やらなくていいならやらないほうがいいだろう。女性陣の心証を悪くしていいことはない。

「当たり前です。貴方達こっち来なさい」

 彼女達は大原のお姉さんオーラに俺をあっさりと見限り素直に大原に付いてワゴンの後部に向かって行く。

「彼女達が脱いだ服は返してくれよ」

 あの装備は高いんだ、捨てられたら困る。

「彼女達が着た服をまた着るんですか?」

「俺にそんな趣味はない」

「言ってくれれば替えの服買ってきましたよ~」

 俺を弄って楽しいのか大原がジト目で俺を見て絡んでくる。

「そうそう頼まれたスマフォ」

 影狩が見かねたのか助け船を出してくれたが影狩の俺は分かってるぜって顔が何か釈然としない。

 本当に俺は大原に言われるまでそんなこと意識してなかったんだが。

「すまない。俺は連絡を入れるから。彼女と話でもしていてくれ」

「分かった」

 影狩なら里山さんを十分もてなして警戒心を解してくれるだろう。このままだと脅す感じで口止めしないといけないが、上手くいけば友好的に口止めが出来る。

 重要な仕事を部下に振っている間に俺はこれからの身の振り方を考えなくてはならなかった。

 五津府か三目か。公安か文部科学省か。

 この事件に公安は直接には関与してないが、シン世廻が出てきた以上色々と動いて貰わなければならなくなるだろう。そうなると煩わしい雑務は他に回して専念して貰った方がいい仕事を期待出来る。そもそも俺に直接仕事の依頼したのは三目だ。三目に汗を搔いて貰うのは筋でもある。俺は持ってきた貰った新しいスマフォでクラウドサーバーにアクセスする。暗号は声紋認識。

『ハローマスター、何のご用でしょうか?』

 心が落ち着くリズムに調整した声が流れてくる。

「三目に繋いでくれ」

『イエスマスター』

 データは全てクラウド上に保管。これなら電話番号は一つ覚えておけば事足りる上にスマフォを幾ら失っても痛くない。

 仕事上スマフォを失うことが当たり前になり少々金が掛かったがシステムを構築することにしたのだ。

『はい、三目です』

 スリーコールで営業サラリーマンのように対応する三目が出た。

「果無です。行方不明になっていた女子生徒4名の保護に成功しました」

『それは本当ですか、噂通り中々優秀ですね』

 意外にも嬉しそうな声が聞こえてくる。もっと淡々としているかと思っていた。

「ただ保護した女生徒ですが誘拐された影響で命に別状はなさそうですが、心が少しやられています。社会復帰にはリハビリが必要だと思われます」

『そうですか、痛ましいことです。ですが生きていれば何とかなるものです』

「そうですね。生きていれば衣食住と費用が掛かります。彼女達を保護する施設を至急用意して貰えませんか」

 外国じゃ助けた以上俺が面倒を見る義務があるらしいが、当然ならが俺がその費用を払う積もりは全くない。

『今からですか?』

「なら始末しますか?」

『あなたが言うと冗談に聞こえませんね。

 我々は学生をあらゆる悪から守る為に組織されたのですよ。法を犯すことはあっても、そこだけは曲げません』

 出世至上の俺同様の官僚気質かと思えば、意外と骨がある人物のようだ。

「なら家に帰しますか?」

『試しているのですか?』

「いえ部下として上司の判断を仰いでいるだけですよ。独断で動いて責任だけ取っても貰おうなんて都合の良いことは考えてない、いい部下でしょ」

『如月も苦労してそうだな。

 兎に角今すぐ用意するのは無理です。今日の所はどこかのホテルにでも泊まって貰えませんか?』

「勿論経費ですよね」

 自腹と言われたらどんな手段を使っても三目の家を割り出して放り込んでやる。ぽろっと失言したことから如月さんの知り合いそうだからそう手間は掛からないだろう。

『私を納得させられることが出来る必要十分な宿でお願いしますよ』

「了解です」

『彼女達の受け入れ先が決まり次第此方から連絡します』

 三目がこう言った以上近いうちに用意はしてくれるだろう。ただそれまで幾ら費用が出るとはいえ子供となった女子高生4人の面倒を見るのは骨が折れそうだ。


「決まった。

 取り敢えず都心に向かう。適当なところでホテルを取る」

「なんか始末とか物騒な台詞が聞こえてきたが」

 影狩が少し引き気味で言う。

「ふっ交渉術さ」

「そういうことにしておくか」

「里山さんはどうします? お世話になりましたし家まで送りますよ。勿論後日ちゃんとお礼もします」

 口止めは念入りにしておかないとな。変な噂が立ったら隠蔽工作に支障が出る。そして口止め料については三目と念入りに打ち合わせをしないとな。学生を守ると言った以上学生の将来を曇らせる噂が立たないようにすることに異論は無いだろ。

「そうね~もう遅いし乗せて貰いましょうか」

 すっかり影狩と打ち解けた里屋さんはニコニコ顔で答える。陽キャライケメンはこういう風に使ってこそ価値がある。

「それじゃあ行きましょう」

 島村達も着替えが終わっていたので、俺達は出発するのであった。


「あそこでいいんじゃ無いか?」

「どれどれ」

 出発したときが遅かったときもあり里山さんを送って街中に戻ってきたときには夕暮れに染まりだしていた。あまり遅くなるとそれこそホテルを取るのが困難になるので、そろそろホテルを探そうかと思っていたときに、ちょうど丘の上に立つ白亜のホテルが見えたので影狩に声を掛けた。

「ラブホテルっぽいな」

 豪華な西洋の城を彷彿させる外装に影狩はそう思ったようだ。

「別に泊まれればラブホテルでもいいだろ」

 ラブホテルの請求書を三目に送りつけるのも面白いかも知れないな。

「辞めて下さい。彼女達の教育に悪いです」

 後部座席で島村達の面倒を見ていた大原が文句を言ってくる。

「今更処女でもないだろ」

 俺じゃあるまいしラブホテルの一二回くらい行ったことあるだろ。

「心は清らかです」

「分かったよ、ラブホテルなら引き返す。兎に角行ってみよう」

 いつもの俺ならスマフォで情報を調べてから宿を決めるが、疲れていたのだろう兎に角に目に入ったホテルに入って荷物を降ろしたかった。


 エントランスに入ると俗世から切り離され世界が変わった。

 塵一つ無く磨き上げられた大理石の床に、2階分の吹き抜けになっている高い天井から吊り下がるシャンデリアは黄金色に輝いていた。まるで西洋の城にでも招待された王侯貴族にでもなったようだ。

 影狩は土下座で詫びるレベルの一流ホテル、ボロボロの衣服を纏う俺を筆頭に安物の量販店のバーゲン品に身を包む女子高生達に仕事着まるだしの大原と完全に浮いていた。

 値段も高いんだろうがエントランスを見て怖じ気づいて引き返すのも業腹だ。せめて宿泊料を聞いてから帰ろう。

 やっぱめんどくさがらずに情報を仕入れておくべきだった。

 俺は堂々と胸を張ってフロントに行きヒゲなんか生やして上品な雰囲気に包まれている初老のホテルマンの前に立つ。

「いらっしゃいませ。ご予約ですか?」

「飛び込みだ。5人以上が泊まれるような大部屋は空いているか?」

 正面に立った俺のボロボロの服装を見ても眉一つ顰めない鉄壁スマイル、内心で俺をどう値踏みしているか分からないがプロだな。

「はい、家族用の大部屋が空いています」

 澱むことなく答えるホテルマン。俺はちょっと視線を走らせてフロント内に宿泊料金が書いてないかと探したがなかった。

「そうか。あとその部屋の近くに2人部屋は空いているか?」

「家族用の大部屋が集まったフロアですので階が変わってしまいます」

「ならその部屋の隣は空いているか?」

「空いていますが、家族用の大部屋ですのでお二人でも安くはなりませんが」

「しょうが無い。取り敢えず一泊したいが幾らになる?」

 ちょっとドキドキしながら尋ねた。値段次第ではくるっと回ってさようならだ。

「食事付きでこのぐらいになりますが」

 ぐっ高い。たかが一泊でこの値段かよ。だがこれは俺の感覚だ。世間でちょっと贅沢旅行をするならこの程度の値段がすることは知っている。だが俺の心情では格安ビジネスホテル、いやいっそ合宿所でもと思えてくるが今からそんな宿を探している時間は無い。

 それに女子高生4人の面倒を見るならある程度セキュリティがしっかりして安心できるホテルの方がいいのも確かだ。

 ええい、どうせ払うのは三目だ。俺が説得すればいいだけのことだ。できなくてもハンコを押させてやる。

「では頼む」

 ああ~平均サラリーマンの月収が飛んでいく~。

「承知しました」

 初老のホテルマンは恭しく頭を下げ、この瞬間より俺達はこのホテルの客となった。


 部屋が取れたので俺は大原達のところに戻ってきた。

「ここに泊まることにした」

「ひゅう~珍しく太っ腹じゃん」

 車を回して戻って来ていた影狩が言う。

「まあいいパフォーマンスを発揮して欲しいからな。

 大原は彼女達を部屋備え付けの風呂とかに入れてやってくれ。影狩は護衛だ。

 まあ襲撃は無いだろうが彼女達は不安定だいつ暴れ出すか分からないから油断するなよ」

 大風呂に入れてあげてもいんだが、彼女達が何処まで安定しているか分からない。いつ大久のように記憶が戻ってパニックになるか分からない。

「「了解です」」

「それで社長はどうなさるのですか?」

 大原が尋ねてくる。

「今日はアパートに帰る。流石にこの格好ではな。多分明日は色々とお偉いさん回りをしないといけないからな。仕事が片付いたら合流する」

 ボロボロの俺を見て頑張ったねと労ってくれるかもしれないが、やはり偉い人に会うなら服装はちゃんとしていた方が印象はいい。

「折角のホテルなのに泊まらないのか?」

「これは仕事だ。なら仕事優先だろ」

 泊まってみたいが、その所為で仕事をしくじったら本末転倒すぎる。

 まあ三目がもたついて受け入れ先を用意できなければ泊まれる可能性はある、期待しないでおこう。

「分かりました。ここは私達に任せて貰って大丈夫です」

「任せる。何かあったら連絡してくれ」

 こうして俺は独りアパートに帰るのであった。

 鉛のように重くなった体を引き釣りアパートの部屋の前まで来ると無人のはずの部屋の中から気配を感じた。っというほどたいそうなものじゃない。

 窓から明かりが漏れて夕飯の匂いが漂ってきている。まるで恋人が夕飯でも作って俺の帰りを待っているかのようだ。

 ふっ鍵は掛けたはずなんだがな。結構気に入っていたんだが、この仕事を続けるならセキュリティーを考えて引っ越さないと駄目かもな。

 時雨の可能性は1%くらいだが、俺を殺す気なら気配を隠すだろと小細工無しでドアを開けた。

「おかえりなさい」

 ドアを開けるとエプロン姿の飯樋が出迎えてくれるのであった。


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