第408話 現実
色づく世界に感動しつつ立ち上がると体は鉛のように重かった。
これが背負った罪、自覚した罪。
人は自らが潰れない程度の罪に抑えることこそ健やかな人生を送る秘訣と悟った。だが重ねる罪の重さに耐えられれば罪の底を破って根源を振り切れる。
それは地球の重力を振り切って宇宙に飛び出る以上の魂の躍動を感じられるだろう。
少し惹かれ、もう微かにしか記憶に残らないあの声が思い出される。
だがそれはまだ先の話、俺はまだ死ぬ気はない。
生きていく為にも働かないとな。
あの体験の余韻が残るままに、ほんの少し美しく朝日に染まる山々から視線を下げただけで幻想から現実に引き戻された。
「嘘だろ」
木々が生い茂る山の中腹に開けた草原、朝日に照らし出され朝露に輝く柔らかい草のベットの上には、同じく朝露に輝く産毛を晒す十代の少女達が健やかに寝ていた。
「くっ」
俺は一瞬で身構え辺りを見渡す。
見通しがいい草原に俺と少女達以外の人影は見えない。木々の影から此方を伺う気配も感じられない
飯樋は居ない。
天夢華も居ない。
天夢華の部下の少女達も大樹に吊り下がっていた他の女達も居ない。
この草原には俺と裸体の少女が4人。
「ちっ」
てっきり俺はただ一人地獄の底を突き抜けここで独り目覚めたと思っていた。重い体を引きずりつつもあの体験を反芻し吟味しつつ帰ろうと思っていたのが、ご破算だ。
新芽のように命に溢れる十代の裸体を前にして何一つ気分が高揚しないで、台無しにされた気分のみの俺は枯れた老人のようだが正直な気持ちだ。
だいたいここは何処なんだ?
ざっと見渡す視界内に街は見えない。山が見えるだけだ。山々の中に放り出されたようだが、幸い見える山の頂はそんなに高くない。街に戻るには最低でも山一つ超える必要がありそうだが出来ないことはないだろう。
携帯を探すと幸い内ポケットに入っていたが、起動はしなかった。水や携帯食料など元より用意していない。さっさと街に戻らないと餓死するな。
水の補給がしたいが川は見当たらない。だが木々が邪魔して断言できないが下の方に木々が薄れ山道っぽいものが見えた。山道に出られれば、運が良ければ誰か通りかかるかも知れない。問題は草木が生い茂げ道無き斜面を下っていく必要があること。蛭、蛇、害虫が潜み転べば大怪我間違いなしだが、ここにこれ以上居ても何も事態は好転しない。誰かが助けに来てくれるなどという期待はするだけ裏切られるだけだ。
覚悟を決め、一歩踏み出すと包囲されていた。
歩き出す俺の前にいつの間にか起きていた少女達が座って俺を見上げていた。
その瞳は純真、飼い主を見る子犬のようであった。
見れば2人は鍛えているようで引き締まった躰付きをしてうっすらと腹筋が浮いている。スポーツ少女を連想してよく顔を見れば、俺が探し求めていた少女望月と島村のようだった。他の2人も顔をよく見れば大村と小島のようである。
断言できないのは元々面識がないことと、赤児に戻ったかのようなあどけない顔は別人のようで、そう思って観察しなければ分からなかっただろう。
人間の顔は心持ちでこんなにも変わるのか。
大樹と一体化して業にまみれた魂が洗い流されて穢れのない純真無垢に戻ったようだがそれで救われたと言えるのだろうか?
今の彼女達はペットや赤児と同じで保護者無くして生きていけない。
見上げる少女達は何が楽しいのか分からないがひたむきな好意を俺に向けていた。これはあれだ。子犬や赤ん坊が主人や親が居るだけで喜ぶ状況。異性として見られて好かれているわけではない。俺がこの場での保護者であると本能が感じて行う媚び。
「俺は助けを呼んでくる。お前達が付いてくると足手纏いで却って危ない。だからここで大人しく俺を待っていろ」
魂の穢れがなくなっても知識は無くなってないだろと思い話し掛けると少女達は可愛く頷く。
話が通じて良かったと俺は歩き出した。歩き出した俺の背を少女達はカルガモの雛のように付いてくる。
裸の少女を引き連れた俺、誰かに見られたら通報ものだろうな。
記憶と共に知識もリセットされたのか?
「待てっ。ステイ」
振り返り今度は犬に命令でもするように強めの語気で手振りを加えて命令すると少女達は笑って頷いた。犬以下でなければこれで待っているだろう。
俺が歩き出すと歩き出した俺の背を少女達はカルガモの雛のように付いてくる。
「はあ~。
どけっ」
振り返ると同時に少女達に怒鳴りつけ地面をバンッと踏み付け怒りを見せ付けた。少女達は危険を感じたのか一目散に逃げ出す。
後で探すのが手間だがこれで少女達はどこか安全な場所で待っているだろう。付いてこられて藪の中を突っ切ったり崖を越えたりするよりは安全だろ。
俺は今度こそと1人歩き出す。
そして草原の端に到着しこれから林の中に入る寸前で振り返れば、少女達は母親に怒られても付いていくしかない幼子のように恐る恐る俺の後に付いてきていた。
「はあ~」
もはや殴り飛ばしでもしなければ辞めない思いだが、このまま林の中に入ったら素足の少女達は足の裏の皮膚が破け痛くて付いてくるのを諦めるだろう。
それとも必死に付いてくるのだろうか、試してみるのも一興か。
俺にそんな義務もないし抱けるとかのリターンもない。
なのに適当な草で少女達に靴を作ってやり、俺は付いてくる少女達を気遣いながら山道を目指して歩いていた。
上着は全て少女達に貸してやり俺は上半身裸。その上どうしょもないところでは少女を一人一人背負って運んだやったり、害虫を追い払ってやったり(俺だって害虫に襲われているのに)、陽キャラを演じて励ましたり(俺の方こそ泣きたい)、とらしくないとこのオンパレードに精神的負荷がでかい。俺は自立した人間が好きで、間違っても世話好きじゃない。救いなのは置いていかれないと分かった途端こちらの指示をちゃんと聞くようになったくらいか。
ちきしょう言葉分かるじゃねえか。こういう無邪気な狡さにも苛つく。
「すいませんっ」
俺は気付いたらいきなり山道を歩いていたおばさんの前に飛び出ていたた。
藪を突っ切る途中見えだした山道に人影を見かけた瞬間、頭が真っ白になって感情のままに走りだしていたのだ。
「きゃあああああああああああああああああああああ」
突然前に飛び出した上半身裸の俺を見て山菜採りにでも来ていたおばさんは悲鳴を上げた。
「危害を加える気はありません」
上半身裸で山中を歩く、どう見ても変態だけど。
「きゃあああああああああああああああきゃああああああああああああああ」
「ここはどこですか?」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ」
「スマフォでも持っていたら貸して欲しいのですが」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああ」
紳士的に対応していた俺から逃げようとするおばさんに襲い掛かり手を捻り口を塞ぐ。
悪いがこっちも必死なんだ。
「騒ぐな。大人しくしろ」
俺はドスと効かせて脅す。もうこうでもしないと埒があかないだろうけど、おばさんのレイプでもされるのを覚悟した悲愴な顔に胸が痛い。
「だいたい何でそんなに怯える?」
ちょっと上半身裸で急に前に飛び出たくらいじゃないか。その後は極めて理知的に対応していたと自負しているんだが。
おばさんは震える手で指差す方向を見れば、そこには少女達がいた。俺が急に走り出したので不安になって追いかけてきたようだ。
まあこんな山奥で下半身裸の少女を引き連れた上半身裸の男を見たら変態だと思うか。
「色々事情があるんですよ。兎に角助けを呼びたいんでスマフォを貸して下さい。
お礼はちゃんとしますから」
俺は涙声で嘆願するのであった。
おはさんは何かを諦めたように命だけは助けてとスマフォを貸してくれたのであった。
泣きたい。
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