第407話 ただ美しい

 沈んでいく。

 全てが赤い血の池の中をどろりと沈んでいく。

 血臭に吐き気を催し嘔吐けば容赦なく喉元に入り込んでくる。

 浮き上がろうにも腕が絡みつき引きずり込もうとする。

 振り払っても振り払っても伸びてきて纏わり付いてくる。

 伸びてきた腕が絡みつけば腕が縮んでいき血の底より罪が浮き上がってくる。

 顔無しの男達が浮かび上がってくる。

 かつて顔を覚える暇も無く排除した敵。

 だが相手は俺を認識して恨みを抱いている。

 ペタペタと顔無しの男達が俺に張り付いてくるが、それがどうした。

 名前どころか顔さえ知らぬ恨みなどに知ったことか。

 鬱陶しい。

 まとわりつく罪を一蹴し体が軽くなったのも一瞬、ズシンと足枷を嵌められたように足が引っ張られた。

 見ればフォンと乃払膜が仲良く片方づつ俺の足を掴んでいた。

 名前も顔も見知った相手の恨みは重さが違う。

 グンッと加速して俺の体は沈み出す。

 ごぼっごぼっ

 周りからの圧が上がっていき肺に僅かに残されていた空気が吐き出される。

 はふゅーはふゅー

 どんなに口を開いても入ってくるのは吐き気を催す血。

 酸欠で心臓が必死に酸素を送ろうとバクバク破裂しそうに痛く

 思考が鈍り脳が割れるように痛み出す。

 普通なら死ぬ。

 だがここは罰の獄。

 死ぬことは許されない、意識は残って苦しみが与えれる。

 罪なき者なら浮上するが罪ある者は沈んでいく。


 消えない意識で周りを見渡せば俺同様の罪人の少女達がいた。

 晒される素肌にべっとりと罪が絡みついていく。

 怨嗟を上げる罪に抱き締められ沈んでいく少女達は、いやいやと首を必死に振って声なき声で泣き叫んでいた。

 与えられた魔の暴走、感情のままに犯した罪を今更ながら自覚する。

 己の罪の重さで沈んでいく。

 呼吸不全による酸欠の苦しみだけでなく、深くなることで上がる血の圧力に全身が押し潰されていく。

 ボキッボコッ

 最初に肋骨が砕け少女の胸が陥没する。

 赤い中に透明の滴が浮かび上がる

 腹部が絞ったように細くなっていき内臓が潰れていく

 口から叫び無く内容物が吐き出されていく中、唇が形作る声は

 ゆるして

 やがて罪の重さに耐えられなくなったのか少女のしなやかな肢体はバラバラに砕けた。


 俺もこのまま沈んでいけばいずれああなるのだろう。

 これが罪の重さ。

 罪の数だけ重く沈んでいき、窒息や体が砕ける痛みが罰として与えられる。

 その罰に自我が耐えられなくなったとき崩壊して消滅する。

 

 この罰に必死に耐えきった先には何があるのだろうか?

 先程の少女みたいにさっさと自我崩壊した方が楽なのかも知れない。

 逃がさぬよ。

 ん?

 心に響いた怨嗟に顔を上げれば懐かしい顔が居た。

 セクデス。

 生と死を極めようとした魔人。

 見ないと思っていたらこんなところに居たのか、あまりの罪の重さにここまで墜ちなければ出会えなかったようだ。

 悪党共が死んでからも恨むとは未練がましく見苦しい。

 いや悪党だからこそ未練がましく見苦しいのか、格好いい悪党などフィクション。

 悪党だからこそ恨んで憎んで嫉妬する。

 共に罰の深淵、根源を覗こうぞ。

 セクゼスは俺に覆い被り、フォンや乃払膜だけでなく顔無しの男達も俺に纏わり付いてくる。

 そして均等に掛かる圧力により漆黒の球になった。

 恒星が最後に自身の重力で一点に収束していくように、罪の重さで俺は体の原型は消え去り漆黒の球になっていた。

 潰れても罰による残る感覚で指をハンマーで潰した痛みが全身に施されるを感じる。

 ショック死しても可笑しくない激痛に晒されて意識だけは残る地獄。

 俺はここまで苦しむほどの罪を犯したのか?

 言い分けかも知れないが自衛、殺られる前に殺っただけだ。

 神はそれさえも許さないというのか?

 善なる弱き者は悪に一方的に食い物にされることこそ美徳とでも言うのか?

 神に従う者が神に反する者に虐げられ弄ばれる。

 神の反する者がいい思いをする。

 理不尽だ。

 ならば俺は神を否定する。

 この罪の底こそ神からの解放。

 真の自由。

 面白い。

 ならば俺は全ての罪を抱え、この自我を手放さない。

 決意した。

 覚悟を決めた。

 そして永遠に俺は墜ちていく。


 なかなかね

 もう一歩で根源たる渦を振り切れたかも知れないけど

 出会える刻を楽しみにしているわ


 俺の自我が耐えても涼月の魔が耐えられなかった。

 重くブラックホールの核に匹敵するまで成った俺は涼月が生み出した世界の底を突き破ってしまった。

 底が破け、血が噴き出す。

 音畔学園一体に血の雨が降り注ぎ

 気付けば俺は裏山で寝転んでいた。

「くっくそ体中が痛む」

 目覚めて軋む体を起こせば朝日が昇っているところだった。

 漆黒の世界が万華に色づく

 美しい

 ただそれだけを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る