第405話 男であるが故に

 子供を産むことはリスクである。

 生殖の最中は敵に無防備な姿を晒すことになり、妊娠すれば身動きが鈍くなり敵に狙われやすくなる。なにより出産自体が命の危険を伴う。

 命を生み出す代償は命のリスクなのである。

 命をベットにして勝ち上がり無事生まれれば、今度は子供を守る為に莫大な労力が注がれることになる。

 合理的に判断すれば産まない方がいい。

 だが全ての生物は子供を生む。

 神が定めた唯一無二のプログラム産めよ増やせよに従い。

 だがシーケンサーで動いているような虫なら兎も角、知能が発達した高等動物になると本能を理性で捻じ伏せてしまう。

 故に神は理性を飛ばす各種ご褒美を用意した。

 一つは子供を無条件に可愛いと思う本能。

 これにより何をおいても子供が欲しいと願ってしまう。

 更にこれだけでは足りないと思ったのか、神は生殖をすることの対価として最高の快楽である「性の快楽」を与えた。

 性の快楽とは本来神が子供を産むというリスクを忘れさせ狂わせる餌である。だがここで神の誤算が生じる。脳が発達し本能が壊れかけた人間の悪意は、リスクを避けてご褒美だけを手に入れようとする。

 子供を産まない性の快楽を愛と価値を変えてしまった。

 愛する者達が肌と肌を合わせることで愛を確かめ合う。

 本来生殖をさせる為のニンジンが、愛の行為とすり替わった。神も驚きの価値観の逆転だ。だが、これだって可愛いものだった。後ろめたさから愛という言い分けを用意している。

 人間の悪意は尽きない、性の快楽を生殖も愛も無い、純粋な快楽として切り取ってしまったのだ。

 神秘のベールは一切取り払われ、あるものにとっては娯楽、あるものにとっては娯楽を提供する仕事となった。

 男女の結びつきによる新たなる命が生まれるBornから人と人とが愛を確かめるLoveへと価値をすり替え、更なるその先に進んで生殖でも愛でも無い純なる快楽Playと切り取った。

 Born Love Play

 人間はリスクを排除し性の快楽だけを手に入れ謳歌する。だが代償もあった。神秘性が薄れ手軽になったことで精神的スパイスが薄れ性の快楽に深みが無くなったのだ。

 それが今の俺である。

 天夢華が如何にテクがあろうとも俺を真の意味では逝かせられない。故に天夢華は生殖や愛に変わる重みを持たせようとした。それにより深い性の快楽が生み出される。

 人と繋がる愛の代わりの対価として、孤独。

 生まれる命の代わりの対価として、死。

 Play Lonely Death

 俺は人として孤立し死ぬことで究極の快楽を得る。

 はずだった。

 涼月の乱入で社会的孤立を生む裏切りは行われず、残るは死という対価のみ。おかげで猶与は生まれたが、どの道このまま行けば死という対価だけで快楽は高まり最高の絶頂を迎えて逝くだろう。

 だが目に映る光景が理性を飛ばし狂える快楽の中俺の心の一部を醒めさせる。

 涼月という女の危機を認識している。

 快楽が高まった影響か、目の前で知った女がいたぶられる光景を見せられて、神が刻んだ男の本能か心が燻る。

 このままじゃ気持ちよく逝けやしない。

 ならば、涼月を助けるの為今一度だけ燻る心を燃やす。


 死に値するだけの快楽は貰ったのならそれも致し方ない知れないが、果たして払える対価はそれだけなのだろうか?

 現に天夢華は男の場合にはDeathとしたが女の場合はBornをRebornとした。代わりの対価として魔人への生まれ変わりを用意したのだ。

 対価が命しか無いと思うのは天夢華に誘導された思考放棄に過ぎない。

 性の快楽だけを切り取ったように、神の思惑を超えた人間の悪意に底は無い。


「男は減るもんじゃないって言うけど、減るんです。減るんですよ」

 服を脱ぎ一糸纏わない素肌から鳥肌がブツブツ、ブツブツと立っていき鮫肌のようになっていく。少女はそんな肌で涼月に抱きつこうと飛び掛かってくる。

「はっ」

 生理的嫌悪感に苛立ちつつも涼月はレイピアで応戦。

 ガガがガガがガッ、レイピアは鑢と化した鮫肌に削り取られ刀身が半分ほどになる。

「ほら~減った」

「あなたも乳がでかい女は脳みそが足りないって馬鹿にするの」

 背後に回り込んでいた中塚の巨大な乳が涼月に襲い掛かる。涼月は躱そうとするがその先を長刀を構えたながかが塞ぐ。

「しまった」

「ははっ乳に潰されちまいな」

 ながかが嘲笑し巨大化した乳が左右から涼月を潰さんと襲い掛かる。

「Playprize」

 疾風の如く駆け寄り巨大な乳に挟まれる寸前に俺は涼月を抱きかけて遙上空に飛び上がった。

「おまえっ」

 飛び上がった俺を見上げて叫ぶ中塚。空中でムーンサルトを決めて中塚の首にクリーンヒットして着地を決めた。

 ゴキッ

 骨が砕ける鈍い音がして中塚は地面に倒れる。

「なっ!!!」

「貴様」

 仲間が倒され激昂した1人の少女が襲い掛かろうとするが少女が魔を発動させる前に涼月を抱えたままコンパスのようにくるっと廻した蹴りが少女の腹にめり込んだ。

「うがっ」

 少女は血反吐を吐いて倒れた。

 我ながら容赦が無いが、今の俺は少々猛っている。俺は猛るがままに抱き抱える愛しの姫の頬にキスを決めた。

「ちょっ」

「ご無事ですか麗しき月の姫」

 優しく見詰める俺に涼月はいつものように悪態を付いたり暴れたりしないで俺の胸の中顔を真っ赤にしてしおらしくなった。

「どういうこと?

 あなたは快楽の果てに逝くはずでしょ」

 天夢華は俺が超人的動きをしたことより逝くこと無く快楽を振り切り自由に動いている俺に驚いている。

「英雄譚の前借りさ」

「気取った言い方は辞めなさい」

「お前に説明する義理はないと思うが」

 先程まで天夢華から与えられる性の快楽欲しさに犬に成っていた男とは思えない反発に天夢華の顔に怒りが浮かぶ。

「私にはあるでしょ、分かるように説明しなさい」

 キスから立ち直ったのか涼月は俺の頬を引っ張りながら言う。

「そう難しい話をした積もりはないんだがな。

 人は性の快楽だけを切り取った。それにより性の快楽は宝石の如き褒美ともなった。

 美女の危機を颯爽と助けた対価として褒美に抱かせて貰う。

 古来から使い古された英雄譚だろ。

 まっもっとも今回は先にあんたから褒美を貰ったからな、究極の快楽に相応しい活躍がをするのが英雄譚ってもんだろ」

「ぬけぬけと。私が与えた快楽で他の女を助けるなんて裏切りじゃないかしら」

「真実の愛に目覚めた裏切りも英雄譚には付きものだろ」

 俺はウィンクしながら答える。

「ふっ負けたわ。流石廻が一目置くだけはあるわね。でも私は廻と違ってここまで虚仮にされて引く気はないわよ。

 いくら英雄のあなたでもこの人数に勝てるかしら? 悲劇も英雄譚には付きものよね」

 俺と涼月を囲む少女達はまだ数人も残っている。

「勝てるさ。

 人の悪意に底は無い」

 俺は堂々と言い切った。

「どうやって? 今度は褒美に涼月を抱かせて貰う積もり」

「嫌よ」

 天夢華の揶揄を涼月は速攻で否定した。まあそうだよな。命欲しさに惚れた訳でも無い男に抱かれるようじゃ涼月じゃない。

「それでこそ夜空に浮かぶ誇り高き月の姫。

 姫、俺と一緒に踊って貰えますか」

「・・・ちゃんとリードなさいよ」

 涼月は少しの間の後微笑んだ。

「お任せあれ」

 俺は抱き抱えていた涼月の腰に手を回してハンドアップし天に掲げた。

「Born Love Play 

 そこで終わりじゃない。その先にこそ神に挑む人間の悪意がある」

 くるくるくるくる、俺と涼月は踊り回り流れていく。

「Born Love Play

 性の衝動を昇華させ、人は神の如く作品を生み出す」

 俺は手をぱっと離し、落下する涼月は俺を受け入れるように微笑み目を瞑る。

「Create」

 落下する涼月の胸に俺の手が挿し込まれた。

「なっ」

 涼月の胸に挿し込まれ進む手は涼月の命を鳴動する心臓をそっと包み込む。

「さあこれが俺と涼月の世界創造だ」

 掴んだ涼月の心臓を優しく握り潰した。

「天地創造 ノア」

 ダ・ビンチやピカソ、アインシュタインなどの天才達、いや凡夫に過ぎない男達ですら生命を生み出せない代わりに神に迫る作品を生み出そうと挑んだ。

 今の俺は天夢華のおかげで天才の熱量に匹敵する快楽がある。

 それを昇華させ天地創造新たなる魔を生み出した。


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