第404話 魔の暴走
ながかの長刀が振り払われた。長刀と剣では長さが違う長さが違えば遠心力が違ってパワーが違う。まして細身の剣では長刀の一撃を受け止めるのは無謀。涼月は迫る長刀をぬるりとベリーロールで躱しつつ眼前を通り過ぎる長刀に合わせて足を振り上げ逆上がりをするが如くくるっと回って長刀の上にスッと立つ。
「雑技団かよ」
ながかとしては一撃目は躱されても続く切り返しの二擊三擊で仕留める目算が完全に覆された。
「あなたは天夢華のことが分かっていて協力しているの?」
武器を抑え、上を抑えた圧倒的有利な状況下、断頭の如くレイピアを振り上げ涼月は冷たくながかを見下ろして問う。
「ああっ天夢華様は俺が惚れ込むいい女だぜ」
「あなたは己の業に呑み込まれてしまった娘の末路を知っているの?」
ながかは涼月を挑発するが如く笑みを浮かべて答えるが、涼月は歯牙にも掛けず冷静に問いを重ねていく。
「勿論」
ながかは澱むこと無くきっぱりと言い切った。
「天夢華を止めようとは思わないの?」
「天夢華様は強要はしてないぜ。みんな自分で選んだ結果だ」
「あなたはあんな末路を知っていて選んだと言うの」
「そうか?
死んだような人生を生きていくくらいなら俺は承知で選ぶぜ。そして俺は天夢華様のおかげで人生に目覚めた。
感謝して、ただ忠義を尽くして愛するのみ」
「そう。なら遠慮はいらないわね。天夢華と一緒に地獄に送ってあげる」
ながかが邪心無く天夢華に心酔していることが分かった以上これ以上の問答は無用とばかりに涼月が振り上げたレイピアを振り下ろそうとした時だった、涼月は頭上からの気配に悪寒が走った。
「ちっ」
見上げて確認することなく涼月は直感に従い飛び退き、どろどろどろっと肌色のアメーバが流れ落ちてくる。上を見上げていたらアメーバに呑み込まれていただろう。
「長話をしていたのが仇になったな」
下から見上げていたことで気付いていたながかは余裕を持って対処出来ていた。ながかは飛び退いた涼月に追い打ちとばかりに長刀を振り払う。咄嗟に飛びのいて体勢が崩れていた涼月はレイピアで受けるしか無く受けたレイピアが弾き飛ばされる。
「くっ」
「よくやったぞ、福島。一気に攻めるぞ」
ながかの呼び掛けに肌色のアメーバとなった福島が答える気配は無かった。それどころか手近に居たながかをのみこもうと津波の如く襲い掛かった。
「なにを!?」
ながかは呑み込まれる寸前で躱せたが完全に涼月を追撃する機は逸してしまった。
「おいっどういうつもりだ」
ながかはチャンスを潰され怒声を上げるが福島は馬耳東風何ら反応を示さない。
「魔に呑まれたようね」
抜け目なくレイピアを拾い直していた涼月が愁いを帯びて言う。
本来魔人になるには共通認識を破る強固な我が必要である。それを天夢華の魔により思春期特有の少々驕った程度の我で魔を目覚めさせれば、世界の律から逸脱した魔を自分で律することが出来ずに呑み込まれれてしまうのは必定とも言えた。
交通ルールの無い道路が危険極まりないように、世界の律は強固な我が無い人間がカオスの海で溺れてしまうことから守っているのである。
「これを見ても天夢華に従うというの?」
「身が焼かれると分かっていても火に魅入られる虫と同じさ。天夢華様に惹かれることを止めることなんか出来ないんだよ」
「そう」
福島を挟んで対峙する涼月とながか、完全に三つ巴の状況下迂闊に動けない。動けないはずだがアメーバとなって知能を失ったのか福島が触手を生み出し涼月、ながかに同時に襲い掛かった。
彼女は抱きつき魔だった。寂しいから少しでも相手と密着していたいという思いが暴走してアメーバと成り果ててしまった。知能も失い彼女はただ我を満たそうと動く。
涼月は触手を切り払い、ながかに襲い掛かった触手は燃えた。
「やっとかよ。
俺の方が愛が大きいことが証明されたな、朱矢」
「私の方が繊細だっただけよ」
ながかが声を掛ける先にはリーダーを務めたていた少女がいた。
「浄化せよ、炎」
朱矢と呼ばれた少女も解放されたばかりで一糸纏わぬ姿ながら、己の体に自信があるのか一切羞じる様子無くばっと両の掌を福島に向けると、福島はキャンプフィアヤーの如く天に向かって燃え上がった。不定形のアメーバだが燃やされてしまえばその強みを活かすことは出来ない。ただ炎に焼かれるのみ。
「仲間じゃ無かったの?」
「我に呑まれて暴走する姿は性欲を暴走させる男同様醜いゴミ。せめて私が浄化してあげるのが温情よ。
それともあなたなら元に戻せるとでも言うの?」
「無理ね」
涼月はあっさりと言う。
「私の力は汚いモノを燃やし尽くす炎。この炎で天夢華様に相応しい浄化された美しい世界を作るのが私の使命。
天夢華様に仇為すあなたもゴミよ。
浄化せよ炎っ」
「くっ」
涼月は向けられた朱矢の掌からぱっと身を躱す。
「凄いのね。でもあなたに勝ち目は無いわよ」
涼月が回り込もうとした先にボタッボタッと椿の花の如く囚われていた少女達が墜ちてくる。
「くっくっく」
「クスクスクス」
「がんばるじゃ~ん」
大樹に囚われていた少女達が次々に解放されていき涼月を取り囲んでいく。
相手が少女で無く男であったら、有象無象に幾ら囲まれても罪を償わせる涼月の魔の前には意味が無かったであろう。だが相手は少女、涼月の魔は発動しない。
幾ら涼月が人並み外れた体術を持っていたとしても、魔を持つ少女数人に囲まれては時間の問題だろう。
そんな窮地に陥る涼月を俺は見ていた。
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