第401話 快楽
乾いた銃声が轟く。
「ちっ」
舌打ち一つで俺は天夢華に向かって走り出していた。
袖口に仕込んだ仕込み銃による狙撃。
脳天を貫くはずだった銃弾を天夢華は咄嗟に伏せて躱していた。一方大樹の幹は全く反応出来ていない。どうやら咄嗟に人間を守るなんて高度な行動は出来ないようだ。所詮は植物か。
大樹は俺ではどうにも出来ないが、倒さなければならないのは少女の天夢華。大樹と天夢華の連携の隙をうまく突ければ勝機はある。この女を放置する危険に比べれば、博打でも挑む価値はある。
向かって行く俺に大樹の蔦が襲い掛かってくる。
足下に来れば飛び上がり。
頭上に来ればしゃがみ。
腹に来れば飛び越える。
躱す。
躱す。
躱す。
兎に角躱して前に進む俺に行く手を塞ぐほどの蔦が一斉に襲い掛かってくれば、この時を待っていたと蔦を隠れ蓑に爆弾を天夢華の頭上に放り投げ、切り札を一閃させる。
「はっ」
鉄すら切り裂く特殊コーティングナイフは蔦を切り裂いてくれた。
「はっ」
手首を返して一閃、逃げずに更に切り裂いていく。
さっきの一撃を躱したところを見るに天夢華は頭が切れるだけで無くそれなりに動ける。爆弾を察知されれば対処される。注意を惹き付ける為にも後ろで無く前に出ていく必要がある。
このまま前に進んで天夢華に近寄れば爆弾の爆発に俺自身巻き込まれることになるが、頭上から爆風を受ける天夢華に比べれば多少の怪我で済む。肉を切らせて骨を断つ。無傷で天夢華を倒そうなんて虫のいい考えは捨てている。
「はっ」
三度目の一閃でナイフのコーティングが剥げ落ち刀身は折れたが、天夢華までの道が切り開かれた。開けた道に俺は飛び込み、飛び込んだ先の視界には遮るものなく天夢華が映る。
これなら。
「なっ」
俺が仕込み銃を向けるより早く天夢華は俺に銃口を向けていた。
「くっ」
慌てて射線から飛び退く俺の頬を銃弾が掠めていく。止まること無くジグザクにステップして後退していく。詰めた天夢華との距離が開くが、これは好都合。自然と退避出来ている。
「女に比べて演技が下手ね」
天夢華は俺に向けていた銃口を頭上に向け引き金を引く。そして頭上から落下していた爆弾を上に弾き返した。
チュドドドドドドオオオオオオオオオオオオオオオオオーーン。
「ぐわっ」
爆弾は空中で爆発、熱波と爆風が俺に襲い掛かる。
天夢華を一時的に見失ってしまうが、俺は目を閉じて後方に転がって爆風を受け流す。
これで振り出しだ。
だが嘆いている隙は見せられない、追撃を恐れて急いで起き上がる俺に絶叫が響いてくる。
「辞めろっ辞めろーーーーーーーーーーーーーーー」
あの飯樋が取り乱し天夢華に怒りをぶつけていた。
「折角救済され穏やかに生きる彼女達を傷付けるなっ」
上を見ると爆発に近いところにぶら下がっていた少女達は足が拉げたり、下半身の皮膚が爛れたりしていた。
それでも穏やかな顔をしている。
死にたくなければここで必死に逃げ出さなければならない。だが救済される引き換えに喜怒哀楽などのゆらぎを捨て去った彼女達はそれでも穏やかな顔をしている。
逃げ出す恐怖を感じるのと死ぬまで恐怖を感じない。どっちか幸せか分からない。
分かるのは、彼女達の行く末はこの箱庭と共にあり箱庭の番人次第。
「心外ね。爆弾を使ったのはそっちの男でしょ」
「なぜそうも平気な顔をしていられるんだ? 彼女達のあの姿を見ても心が痛まないのか?」
飯樋は頭上の傷付いた少女達を指差しながら訴える。
「勝手な言い草ね。私だって花を愛でる心くらいあるわ。
でもこれは花ですらない幼稚な夢想家が作った造花」
「造花だと、彼女達は・・・」
「人間とでも言うのかしら?
散ってこそ花。次代に命を繋ごうとする思いが花を美しくする。
意思なきこれはただの肉。現代アートとして一見するくらいの価値はあるかもしれないけど、長い間見るには耐えないわね。
飽きたら捨てられるゴミよ」
「ゴミだと。彼女達の安らぎを犯すことは許さない」
拳を握り締め怒りに燃える飯樋だが、救済を拒絶され大樹のコントロールも奪われた飯樋では天夢華は倒せないだろう。
後顧の憂いは自分で断つしかない。
滅多にいないはずの魔人をポンポン生み出されてみろ。仕事が過労死するほど増えるのも冗談じゃ無いが、社会が崩壊してしまう。流石の俺もジャングルで自活する趣味は無い。
「さっきまでの澄ました顔よりいい顔ね。
できるものなら言葉にすること無くやってみなさい」
天夢華は飯樋を挑発しつつ忍び寄っていた俺に銃口を向けてきた。
ちっ甘くないな。
「普通に銃を使うんだな」
向けられた銃口がブレない、訓練を積んでいるな。当然格闘訓練も受けていると想定して近接戦に持ち込めれば勝てるなんて幻想は捨てた方がいいな。
「男にも異物を体に入れられる女の気持ちを体験させるにはいいでしょ」
「清楚そうな顔をしておいてオヤジ並みに下ネタをさらりと言ってくるな」
自分勝手なんだろうか期待を裏切られた気分がする。応援していたアイドルに彼氏がいたらこんな気分になるのだろうか。
「そんなに意外かしら。意外というなら女を躊躇いなく殺そうとするなんて、あなたインポなの?」
「酷い言われようだな」
童貞とは良く言われるがインポは初めてだな。
「普通ならこんな美少女、殺そうとするより犯そうとするのが男でしょ」
「俺は身持ちが堅いんだよ」
この女相手にそんな欲を出せば付け込まれるだけ。今までもこの女は男のそんな隙を突いて地獄に送ってきたんだろうな。
「それが本当に恋人なら褒めてもいいけど、あなたの一方的な思いでしょ。
女にしてみれば気落ち悪いだけよ、ストーカー」
「俺だって傷付くんだぞ」
「ごめんなさいね。ならせめて気持ちよく逝かせて上げる」
天夢華がその手に握る拳銃を向けつつ俺に向かってくる。
大樹の力を使ってこない。ならここが勝負の時か。
あの程度の銃口ならこの防弾スーツを貫けない。打撲と骨折くらいは許容範囲と覚悟せよ。
俺は後退しない。
頭をガードしつつ前に出る。
「ほら逝っちゃいなさい」
二連射。
銃弾がガードした腕と肋に食い込むが耐えて踏み込み七段警棒を居合いの如く引き抜いて振り払う。
七段警棒が天夢華の拳銃を弾き飛ばす。
やったと思ったのが罠だった。七段警棒を振り払った俺には隙が生まれ、その隙に潜り込んできた天夢華が俺の胸から摺上がってきてキスされた。
一瞬で口内に舌が潜り込んできて快楽を貪る濃厚なキス。
舌で舌がぬるぬると絡め取られ初めての舌心地と甘い唾液に脳が陶酔する。舌が解放されれば歯茎をぬるっと舐められ得も言われぬ快感にぞくぞくする。
もう陰茎ははち切れんばかりに怒張し射精をしたくて堪らなくなる。
七段警棒が手から摺落ち天夢華を抱き締めてしまう。
「どう? 跪いて犬に成って乞いなさい。
味わったことの無い快楽漬けの果てに神から解放させてあげるわよ」
天夢華の耳をまさぐる声に脳が擽られ腰の力が抜けていく。
俺の我は強い。
俺の我ならいざとなれば直ぐに正気に戻れる天夢華を振り払える。
ならもう少しこの快楽に浸っても大丈夫。
操られているんじゃ無い、俺が欲しているんだと俺は天夢華の胸に縋り付く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます