第398話 救済
飯樋は相容れない。
浮かんだ思いを心に刻み俺は飯樋に向かって走る。
殴るか爆薬を使うかナイフを使うかは考えない。飯樋の前に立ったときに覚えていた武器を使えばいいだけのこと。
大事なのは飯樋が敵であることを忘れないこと、後は勝手に体が動く。
「あなたは十分戦いました。
苦行とも言える人生に耐え今まで良く生きてきました。その結果が私との出会いです。
リタイヤしたとしても誰も責めません。私が責めさせません。
あなたも救われるときが来たのです。
抜苦与楽、忘脱」
飯樋からかつて感じたことの無い暖かさを感じる。
目では見えない。
耳で聞こえない。
心のみが感じる慈愛。
俺は慈愛に包まれ今の俺を形成する過去の経験から築き上げてきた強固な防壁が砂上の楼閣のように崩れていく。
「生を受けた瞬間こそ最大の喜び。
無垢なる幸せから経験がしみ込んでいき人は苦しみ出す。
病気をした記憶から未来に罹る病魔に怯え。
成長していく喜びの経験は何時しか衰えていく恐怖に変わる。
親しき人の父の母の友人の死を経験し自分に降りかかる死に怯える。
騙された経験から人を信じられなくなる。
経験が苦という概念を生み出し人を苦しめる。
経験こそ苦の源。
植物の如く記憶無く今生きていることだけを感じられて居たらどんなに幸福か。
余計なことを記憶することなく生だけを感じる世界、それこそ百万世界が救われた約束の救済。
忌まわしき記憶よ消え去り無垢に孵りなさい」
俺の頭から記憶が消えていく。
退魔官となって修羅場を潜り抜けた記憶。
俺が一度死に生まれ変わった忌まわしきイジメの記憶。
あれは中学だった。
人と少し感性が違う。
ただそれだけでクラス中から仲間外れにされ嫌がらせを受けた。
いや俺を本当に馬鹿にしていたのほんの数人、後は同調しただけ。
みんなと違う。
人はそれだけで迫害をしていい免罪符を得る。
人と違うものはバレ無いようにひっそり生きる知恵がいる。
人と違うものは迫害を撥ね付ける力がいる。
どちらも持っていなかった俺は一方的に虐められ・・・。
どうしたんだっけ?
己の人生において生き方が変わるほどの出来事のはずなのに思い出せない。
忘れるわけに行かないんだ、思い出せ。
「辛い記憶にしがみつくことに何の意味があるのです?」
俺の人生が変わった出来事だぞ。
「それでいい方に変わったのなら兎も角あなたはこの出来事で道を踏み外してしまった。なら思い出さない方がいいのでは?」
俺が覚えて無くても無かったことには出来ない。
「出来ます」
何?
「この世は悲しいかな主観の世界。第三者による絶対の観測はないのです。全ては己の感覚器を通さなければ世界には触れられない。
直に魂で触れることは出来ないのです。
己の感覚を通す以上全て己の主観に塗り変わる。
なら己次第で無かったことに出来るのです。
さあ忘れなさい。
それが幸せに繋がるというなら、あなたの言葉で言う合理的でしょ」
GOURITEKI
耳に音が入ってくるがその音の連なりに意味を思い出せない。
知らない外国の言葉を聞、きいて?いてい・・・。
ああもうことばすらつたなくなってくる。
さいごにうかぶことば。
は・・・て・なし・・・・・・・・・せり。
言葉は思考。
言葉がなくなれば思考も出来なくなる。
思考が出来ない果無はもはや死んだも当然であった。
男が1人立っている。
大樹が枝を張り裸の少女達が首を括られぷらぷら風に揺れている。
男が満足げにその光景を眺めている足下には1人の男が倒れていた。
その男の顔は赤児のように幸せそうだった。
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