第397話 不合理
銃口を向け、ひきが・・・・。
構えた俺の手から鉄の塊が零れ落ちた。
あれは何だ?
多分武器だったんだろうが今の俺には使い方どころか名前すら思い出せない。
くそっこの距離でも彼奴の魔の影響を受けるというのか、もはや飯樋が認識出来る範囲が彼奴の魔の領域だと思った方がいいな。
「どうです。これで諦めて貰えますか? 今なら帰してあげられますよ」
飯樋は仏像のような微笑みを浮かべながら言う。
俺が退却を決めるより早く、相手にする価値も無いと判断されてしまった。
「お優しいことで」
飯樋の物言いが勘に障る。だが合理的に考えれば、ここは土下座くらいなら喜んでして退却するのがベストだ。
この経験があれば次は対策が打てる、忘れてしまえば同じ事の繰り返しだ。
「だがいいのか? 俺を無事帰したことを後悔することになるぞ」
だが口から出たのは合理からほど遠い台詞だった。
飯樋は善人だ。誠意を込めてお願いすれば願いも聞いてくれるだろう。だが飯樋にナチュラルに見下されたままなのは、どうあっても我慢出来ない。
退却するにしても一矢報いてからだ。
くだらない意地なのは分かっている。だがどうしても合理的に行動出来ない。
「あなたに出来るのですか?」
かつて俺を馬鹿にした連中と違って飯樋は俺を貶める悪意は無い。ごく自然に俺を格下と見なしているだけ。
「見たでしょ、彼女ほどの力を持っていても、結果はこうです」
飯樋は蔦で包まれた天夢華を見ながら言う。
確かに下手に旋律士を雇って再挑戦しても返り討ちに遭うだけだろう。
「思い上がるな、神にでも成ったつもりか?」
完璧な力なんて無い。知っていれば手はある。
飯樋の認識外から小型ミサイルで爆撃するという手だってある。まあその場合どうやって飯樋を此方が捕捉するかという問題もあるが、不可能では無い。
「そんなつもりは無いんですがね。
ですがあなたの忠告に従えば、あなたを無事返すわけにはいかないようですね」
おっとやぶ蛇だったようだが、路傍の石と見なされるより害虫と認識された方がいい。
「簡単に言ってくれるぜ。
俺を自意識過剰なだけの小娘共と一緒にするなよ」
これでも凡人ながらも修羅場は潜ってきた。修羅場こそ人を強くする。
「確かにあなたほどの強固な我はそうそうないですね。逆に言えばあなたを救済出来れば大抵の人は救済出来ることになる。
試金石とさせて頂きます」
「勝手に人を実験台にするな。だったら俺を救済出来なかったら償いとして俺の部下になって貰うぞ」
「むちゃくちゃですよ」
「大陸じゃ普通の理屈だぜ」
助けに来た人をお前がちゃんと助けないのが悪いと訴えるのが大陸風。
「なるほど、そうですね。前もって言うだけ日本人の良心だと思いましょう」
「その約束絶対に忘れないぜ」
俺は拳を振り上げ飯樋に向かって走り出した。
俺はまだ幾つかの武器を隠し持っているが、武器を使用しようとした先から忘れさせられるだろう。だが戦う意志が消されない限り攻撃手段は無限にある。
つまるところ俺の我と飯樋の我どちらが強いかの戦いだ
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