第392話 歩く 歩く 歩く

 緑のトンネルを上っていけば濃厚な緑の香りに包まれ違法ハーブを決めた時みたいにトリップしそうになる。

「くるわね」

 それでも私は久しぶりの山登りに土の感触を楽しみ歩いて行く。だがそれもほんの数分だった。

「おかしい」

 柔道部で鍛えたはずの私がこの程度で息が切れ汗が滲み出てくる。それでも私は足を止めない。ここで止めたらなんか負けを認めたようで意地になって足を動かしていく。

「はあはあ」

 肺から体に貯まった毒素塗れの息が吐き出され、新鮮な空気に肺が置換されていく。

 体中に流れるが毒素が汗となって体中から湧き出て流されていく。

「気持ち悪いわね」

 自分の体から出た毒素が未だ未練たらしく体に纏わり付く。

 制服の上着を脱ぎ毒素に塗れたYシャツもブラも脱ぎ捨てた。

 晒した素肌が優しい風に愛撫され感度が立つ。

「どうせ誰もいないか」

 気持ち良さに抗えない。

 更に解放されたくてスカートを脱ぎ、パンティーを捨てる。

 今私は隠すべき乳首も恥毛も惜しげなく大自然に晒し、風が毒素塗れの汗を拭き取ってくれる。

 自分がドンドン清められ無添加無農薬のオーガニック野菜に生まれ変わっていく。

「凄いわ。俗世の垢を捨て毒を吐き出していくのがこんなに気持ちいいなんて快感」

 昔は馬鹿にしていたが昔の修行僧が荒行に挑む気持ちが分かる。

 再び歩き出せば、一歩進んでは片方の靴、二歩進んではもう片方の靴。歩くのに支障が起きるかと躊躇ったが俗世の垢を捨てる解放に抗えない。

 気付けば靴下すら脱ぎ捨て、柔らかい腐葉土の感触に背筋が続々と快楽が走る。

 一糸纏わぬ生まれたままの姿。

 この神に愛された美しい肉体だけが存在し俗世のしがらみから解放されたすがすがしさが全身に満ちた。

 これ以上はもう捨てられない?

 これ以上の快感は味わえない?

 そう思ったのに、絨毯のような腐葉土を登っていけば、シャーードバドバ、恥毛に隠された二つの穴から体の内側に残った最後の毒素を垂れ流した。

 外で、素っ裸で、するなんて犬みたい。

 でも恥ずかしさは感じない。

 体から毒が抜けていく清々しい気持ちよさに酔ってしまう。

 それに歩いて行けばウォシュレットのように風が体を綺麗に拭き取ってくれる。

 俗世の垢の服がなくなり、溜まった毒素が体から放出され、風に清められ。

 私は貴い存在になる。

 でもまだ全なる一ではない。

 まだこの思考という心の中に救う我の毒が残っている。

 でも分かる。

 どうすればいいのか自然と分かる。 

 私は上を目指して歩くのみ。

 歩く。

 歩く。

 歩く。

 本来思考と体を動かすことは表裏一体。

 人間だけが思考を体から切り離していった。

 それ故の迷い。煩悩。

 それが山を登ることで

 余計なことを考えないことで

 原始に近づき、思考と体を動かすことが一体化していく。

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩き続けることで余計な思考が削ぎ落とされていくのが分かる。

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩き続けることで思考をすること無く歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く


 既に富士山に登頂出来るほどに山を登ったであろう。だが今の少女にそれに疑問を呈する思考は無い。


 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く

 歩く


 どのくらい歩いたか全ての我が削ぎ落とされて少女は無心に歩く。

 思考無くして体は動かず、体が動かなければ思考も止まる。

 思動一体。

 植物のようにあるがままに生きる。


 徐々に徐々に

  最初に見た通りに狭まっていく

   緑のトンネル。

 少女の体を呑み込むように緑のトンネルが狭まる。

 それでも引き返さない

 歩き、先を求めて足を前に出し、ぎゅっと首すら絞まるほどに小さいトンネルから首を出す。

 すっぽり首に嵌まった緑の輪

 解放を求め首は拘束される矛盾。

 だが無心に少女は歩き一歩踏み出す。

 地面の感触は無くなる浮遊感


 ああ、これが救済。


 これが少女最後の思考であった。


 野上は一糸纏わぬ姿で首を括られ

 ぶら下がって ぷら~ん ぷら~んと揺れている。

 それを見た飯樋が言う。

「また1人救済された」 


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