第391話 選択

 大丈夫と言われリースを持って部屋からでると、すっかり暗くなり廊下は闇に沈んでいた。

「誰もいないわね」

 吐いた言葉が木霊していくのが聞こえるほど静まり返っている。

 警戒しつつも廊下を進んでいく。

 誰ともすれ違うこと無く、校内は静まり返っていた。

 校舎から出ると警察や童貞が待ち受けていることも無く、すんなりと校門まで来れた。

 校門を出ると山の中腹にある学園からは下界の町の灯りがよく見える。

 静かだ。

 これだけ静かだというのに街の喧騒が響いてこない。音が吸い込まれるほどの静寂しか感じない。

 このまま校門から離れ坂を下っていけば街へ戻って今まで通りの私でいられる。あの女と連絡を取って再起を計る手もある。

 でも私はリーフを見てしまう。

 これをここで燃やせば何だというの?

 あのお人好しは嘘を言っているようにも私を子供だましで誤魔化そうという感じも受けなかった。本当に私が救われると信じて親切で言っているようだった。

 あのお人好しはまとものまま頭が狂っているのだろうか?

 それとも本当に魔法でもあるというのだろうか?

 今までの私なら一笑に付して相手にもしなかったが今の私はあれを見てしまった。なのに神はいないと言い切れるほど私は頑愚じゃない。寧ろ柔軟に新しい考えを取り入れていかなくては人を踏み付けていられない。硬直していたら踏み付ける足を掬われてしまう。

 なら神はいる?

 神に救われる? 私が?

 この私が人の幸福を喜ぶ女に成るとでもいうのか?

 面白い。

 見せてみろ。

 やってみろ。

 救われるならそれはそれで良し、駄目でも神の力とやら手に入れてやる。

 今回童貞にやられてしまったが私は油断もしてないし常に最善の手を打ってきた、あの童貞が此方の想定の上をいっていただけのこと。なら次はその上を行けばいいだけのこと。悪魔で駄目だったら神の力だ。

 私は挑むような気持ちでリーフを地面に置き、渡されていたマッチで火を付けるのであった。

 燃えるリースの炎に揺らぐ空気を通して山向こうの景色が歪む。

 やがてリースの炎も小さくなっていき揺らぎも収まるにつれて学校は霞んでいき、月光に染まる若葉が息吹く山道が現れてくる。

 現実と幻想が入れ替わった。

 ここからは常識が通じない世界、だが面白い。こうで無くては燃やした意味が無い。

「これを登れというのかしら?」

 私は思考を声に出す。

 誰もいない静寂な空間は私だけの空間、拡張された私の思考と言ってもいい。その思考を静寂が浸食してくる。

 私は誰の思考にも染まらない、染められてたまるか。

「ここを登るとしても誰かに誘導された結果じゃない、私の選択だ」

 浸食に抗うように宣言し山道に一歩入って覗き込む。 

 両側の木々がアーチを描いて作られる緑のトンネル内には月明かりが漏れてくるので意外と明るい。

「灯りが無くても歩くことは出来そうね」

 一歩入って緑のトンネルの先を見上げれば入り口は巨人すら通れそうなくらい大きいというのに遙か向こうの出口は自分の首ぐらいに小さく見える。

 山頂にまで続いていそうだけどこんなに高かったかしら? 確か学園の裏手の山の山頂には寂れた神社があるとかオカルト好きのクラスの馬鹿女がそんなことを話していたわね。

「まだ引き返せるのでしょうね」

 校門を出て街に帰る。酒を飲みドラッグと男で快楽に耽る。

 この道を行けば日常が崩壊する未知に出会うだろう。だが今までの日常より未知にどうしようもなく惹かれてしまう。

 やっぱ私壊れているのね。

 日常より非日常。だからこそ日常が壊れた瞬間の人の顔が見たかったのかもしれない。

 私は緑のトンネルに入っていくのであった。

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