第388話 キャットファイト

「どきなさいよっ」

「きゃあっ」

 階段で談笑している馬鹿女共を怒鳴りつけ突き飛ばし私は駆け下りていく。このまま玄関から外に逃げれば何とかなると思っていた。

 なのに私を追跡する足跡が迫ってくる。振り切れない。

「はあはあ、なんなのよ」

 鮎京はなぜか人気があるヤンキー。でも所詮親がしくじってドロップアウトした負け犬じゃなかったの? どうして柔道部で鍛えた私が全力で走っているのに振り切れないのよ。そもそもどうしてそこまで私を追うのよ。どうせ金に困って童貞に取り入ったんでしょうけど、童貞の犬なんかして何が楽しいのさ。あのクソ童貞が楽しい会話やベットの上で楽しませてくれるとも思えない。どうせ食事はだんまり、ベットに行っても自分勝手にミコスリ半だろ。何処がいいのよ。全く分からない

 やっぱ金か。あの童貞JKを抱けるとなったら内臓を売ってでも金を作りそう。ちっ失敗したな。だったら最初に会った時に優しくしてやって貢がせるだけ貢がせてから捨ててやれば、凄い面白かったかも。

 でももう遅い。今理不尽に全てを奪われて笑われているのは私。

 冗談じゃない。

 絶対に取り戻してみせる、奪われた私の幸福を。

 誰よりも自分に素直に生きて努力してきた私がこのまま終わっていいわけが無い。

 これは神様が私に与えた試練、乗り越えた先にはきっと今まで味わったことのない愉悦があるんだわ。

 だったら逃げている場合じゃない。

 試練なら立ち向かい乗り越えなきゃ。

 一階まで階段を駆け下りると廊下を全力疾走し、予定を変えて玄関を通り過ぎ反対側の階段に辿り着くと駆け上がりだした。

 下りなら兎も角上りで柔道部で鍛えた私に不良如きがついてこれるかしら。

 私は階段を登り出し、背後から追いかけてくる足音も迫ってくる。

 付いてこれるようだが、距離は離れだしている。

 その半端さが命取りよ。

 ここで体力を使い切るつもりで全力で階段を駆け上がり更に引き離して余裕を作ると、目星を付けておいた目当ての物を確保する。確保とすると振り返り待ち構え、待ち構えた数秒後には鮎京の頭が見えた。

 私は消化器の栓を開け消化剤を鮎京に向かって吹き掛けた。

「うわっ」

 全力で走る前がいきなり白く染まり鮎京も狼狽え足が止まる。

「しんじゃえ」

 上から消化器を全力で投げ付けた。

「きゃあっ」

 鮎京の悲鳴が響いてきた。消化剤でよく見えなかったがヒットしたようだ。

 鉄の塊が直撃したんだただじゃ済まないだろう。足かな腹かな、運良く頭にでも直撃してくれていたら上々。

 鮎京は童貞の味方した報いを受け、鮎京が大怪我をした責任を童貞は取らされる。

 いや甘いか。前回はその甘さで逆転された。これが神からの試練なら甘さを克服しなければならない。

 ここで鮎京が死ねば、童貞は生徒を死なせた罪で確実に社会的に抹殺される。人生裏街道を行かざるならなくなり、その上罪の意識を抱えてアル中にでもなってくれれば万々歳。

 全て私を陥れた報い。

 私は鮎京を階段から蹴り落として止めを刺すことにした。

 消化剤はだんだん薄くなってきて床に伏せているの鮎京の輪郭が朧気に見えてくる。湧き上がる興奮を抑え私は駆け寄って足を振り上がる。

 がしっと軸足を掴まれた。

「!?」

「いてえな」

「きゃっ」

 片足で足を振り上げた最も不安定なときに軸足を引っ張られ私は転んだ。それでも受け身を取ってダメージは最小に抑えた。

「狸寝入りかよ」

「ふざけんな、咄嗟に手でガードしなかったら頭に当たっていたぞ」

 鮎京は掴んだ足に足を絡ませてきて関節技を仕掛けてくる。

 巫山戯んなっ。柔道部の私がグランド勝負でヤンキーの見よう見まねのプロレス技に負けるか。体を伸ばされる前に襟首を掴み阻止する。

「がっ」

 頭突きを喰らった。

「柔道なら兎も角喧嘩ならヤンキー舐めるなよ」

 馬乗りになって鮎京が殴りかかろうとするが、ブリッジで弾き飛ばした。

「がっ」

 素早く立ち上がり転がった鮎京に蹴りを入れてやろうとするが、鮎京はブレイクダンスの要領でくるっと床で回って蹴りを腹に入れてきた。

「このクソヤンキーが」

「へっそのクソヤンキーに負けるお前はクソ以下か」

 鮎京は立ち上がり私を哀れむような目を向けてくる。

 巫山戯んなっ。童貞に体を売るまで落ちぶれたお前になんかにそんな目を向けられてたまるかっ。

「黙れっビッチ。いつも梳かしていたお前が何一所懸命なんだよ。童貞に抱いてでも貰ったか。はっ初めては気持ちよかったか? これだからは男を知らない処女は。童貞のクソテクでほだされてんじゃねえ」

「黙れよ」

「あら怒った。処女じゃ無かったのかしら?

 そういえば親が人生に負けて蒸発だっけ。

 体を売って生活費を稼いでいたのかしら? 童貞は金払いが良かった?

 親が負け犬だと、ぐほっ」

 腹に衝撃が走った。

「死ねよ」

「げひゅ」

 蹴り込みを喰らった上に追撃の掌底を胸に食らって私は階段から落ちた。

 嘘!? 私死ぬの?

 冗談じゃない。まだまだいい男に抱かれたいし、まだまだ他人の人生弄びたい。

「ふんっ」

 私は人生最高のスペックを発揮して、スローに迫って見える階段の角を見切って腕を突き出し倒立後転をした。

 そして見事階段の下の踊り場に着地。

「なっ」

 鮎京のマヌケ顔が素晴らしい。

「はあはあ、童貞に尻尾振るあなたとはデキが違うのよ」

「何いきってんだよ。

 その旦那に追い詰められてお前の人生はもう終わっただろ」

「何を言っているの?」

 終わった? 何過去形で話してんだよ。

 私はまだ逆転出来る。人生を終わってない。ここから此奴も童貞もロリコンオヤジも見栄だけの母親もみんな私の前に傅かせてやる。

「お前馬鹿か」

「なっ」

 馬鹿に本気で馬鹿にされ哀れまれた。

「何を言っているのも何も少し考えれば分かるだろ。

 旦那だけじゃない白前先生や私を殺そうとして失敗したんだ。例えここで逃げ切れても警察に追われて終わりだろ」

「ははっ何を言っているの?」

「はあ~何をも何も常識だろ。お前は終わったんだ。大人しく私に殴られてから警察に行け」

「私が警察に捕まる。警察に何て言うの? おっぱいに潰されそうに成ったなんて言う気なの、相手にされるわけ無いじゃ無い」

 私が殺人を依頼した証拠は無い。この試練を乗り切ればなんとかなる。なんならあの女に全ての罪を背負って消えて貰ってもいい。

「別にそこははぐらかして口裏合わせりゃいいだろ。お前が私達を殺そうとした事実は変わらねえんだよ」

 流石ビッチヤンキーお嬢様共と違って甘くない。堂々と捏造宣言かよ。こんな出会いじゃなかったら意外と気があったかも。

「あんたみたいなヤンキーの言うこと誰が・・・」

「旦那や私の信頼は無くても。白前先生はどうかな?」

「へっ!?」

「白前先生の実家、道場をやっていて警察関係の弟子が多いんだろ。

 やらかしたお前と白前先生、警察はどっちを信用するかな?」

「そっそれは」

 あの堅物の白前がそんな事とするわけない。ハッタリだハッタリに違いない。

「もう白前先生が警察に連絡した頃じゃ無いかな。今頃パトカーがこっちに向かっているかもな」

「くっ」

 私は逃げた。ここさえ乗り切れば何とかなる。捕まらなければまだ何とかなる。そう信じる衝動にしたがい私は逃走を始めた。

「往生際が悪いぞ。待てやっ」

 こうして再び追い駆けっこが始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る