第387話 善人
赤い花が咲き乱れ倒れていく中塚。
乳房も萎んでいき解放される中、俺は四方に視線を走らす。
此奴は駒に過ぎない。本命は何処だ?
大物なら手の届かない場所
小物なら様子が覗えるぎりぎりの場所。
享楽者なら?
着地と同時に俺はダッシュで駆け寄りドアを開けた。
「よう、奇遇だな」
そこには中の様子を伺う初めて見る少女がいた。少女は眼鏡を掛けバッサリ切った黒髪のショートカットをしている。
すれ違った程度では気にせず通り過ぎていただろう。だが目が合ったのが運の尽き。この女の他人を見下す目だけは隠しようがない。
変装した野上だと確信すると同時に銃口を野上に向けていた。
「駄目っ」
俺の腕に白前が飛び掛かってきた。
「何をする!?」
馬鹿野郎が引き金に指を掛けていたんだぞ。
「!? 離せっ」
「野上さん、逃げなさい」
白前の必死の叫びが届く前に野上は一目散に逃げだしていた。
この女。その博愛の精神は相手を選べってんだ。野上はもう許される一線は超えてしまったんだ。
くそっ。腐っても柔道の実力者、組み合った状態から簡単には振り解けないし下手をすれば暴発して白前を撃ってしまう。
「鮎京、野上を狩立てろ」
「・・・。
任せろっ」
鮎京は一瞬の間の後、野上を追いかけていった。
見込みはあるな。
正直野上を追って返り討ちに遭う可能性もある。鮎京も命令に直ぐに従わないで一瞬の間を見せたことで、考え無しで従ったわけでなくそのリスクも覚悟して追いかけたのだろう。
ならば俺は俺の仕事をしよう。
「それでお前はどういうつもりだ?」
俺は引き金から指を離して白前に問い掛けた。
「生徒が殺されるのを黙って見ていられるわけないでしょ」
下手をすれば俺諸共始末されていたというのに、まだ綺麗事を言うか。
「中塚も野上も一線を超えて俺の側に来てしまった。殺らなければ殺られるだけだ」
助けた善意に逆恨みで返すのが野上のような奴だ。感謝するどころか善意に付け込んで水永みたいに人質に取られる可能性だったあるんだぞ。俺にそこまで心配させる気かこの女は。
「それでも教師が生徒を見殺しにするなんて出来ません」
「ならあれを放っておけと言うのかっ」
あれは生きていれば周りに害を為す。悪人ならどうでもいいが、大抵が真面目に生きる人間が犠牲になる。
一人殺して二人を助ける。合理的に数字で割り切るのが俺のような奴。
一線を超えた俺の側には碌でなししかいない。
「違うっ。罪に対して罰は与えるべきです。でも立ち直る機会は与えるべきです。
殺しだけは駄目です」
「ならお前はこれから野上の犠牲になった人間に責任を持てるのか」
「そんなこと・・・」
「具体的には俺だ。ここで取り逃がした野上が後日俺を殺したら、お前はどうやって責任を取ってくれるんだ」
そんなつもりはないが可能性はある。そして別にそのことに関して白前に責任を取って尼になるとかして欲しいわけでもない。自分が死んだ後のことなど知ったことじゃない。ただ邪魔されてしまったことは仕方が無いから、そういった可能性を少しは考えてもう邪魔をして欲しくないだけだ。
「そっそれでも、殺したら駄目です」
白前は涙声で答えた後俺の腕を掴んだまま俯いてしまった。
逆ギレするでもなく真面目に考えてしまったんだな。
俺が異常で白前が普通なんだろう。どう考えたって合理的に殺せる俺の方が可笑しい。久しぶりの自分の心が壊れている現実をまざまざと突きつけられた。だからからしくないことをしてしまった。
これ以上の言い合ったところで互いに分かり合うことはなくいは、互いに時間の無駄で、互いに傷付け合うだけだな。
「ふう~っ。この場の後始末をしたい。取り敢えず手を離してくれないか」
「・・・」
返事はなかったが、するっと俺の腕は白前の腕から抜けた。
白前とはこれでさよならだな。今まで協力してくれた退職金代わりに、二度と野上をお前の前に姿を表さないようにするから、これからは可愛い生徒と楽しく過ごせ。人生、異常者と無理に付き合って自分を磨り減らす義務なんてない。
さて鮎京が追いかけているが、彼奴は俺の意図を汲めただろうか?
どっちにしろ鮎京に任せるしかない、何かあれば連絡してくるだろ。まず俺はこの場を片付けないとな。中塚の死体とか下手に見られたら厄介なって今後の仕事に支障がでるからな。
まずは中塚の生死の確認するか。中塚の方を向いたら此方を見ていた飯村と目が合った。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいっ人殺し」
腰が抜け漏らしながら飯村が後ずさっていく。
一応の命の恩人に対して酷い態度だ。白前が如何に人間出来ているか分かる。
まあ合理的にその無礼を利用させて貰おう。
「ああ、その通りだ。ならこのことを誰かに漏らしたらどうなるか分かっているよな?」
「言いません言いません、一生黙っています。だから殺さないで」
ドスを効かせること無く事務的に聞いてやったのにヤクザに脅された女のような態度を取られてしまった。
まあここで警察に訴えてやると反抗するほど骨が無くて助かった。
しかし土下座までするほど俺が怖いか。
「!!!」
開けた視界の先にあるはずの中塚の死体がなかった。
咄嗟に横に飛んだ。気配を掴んだとかじゃない、ただその場に留まれば死だという勘から動いただけ。
「くそっ」
俺が元いた場所に中塚が落下してきた。
「くっ」
中塚に銃口を向けたが、鞭のようなもので叩き落とされた。見れば中塚の胸から胸が細長く伸びていた。
どうする? こんな小型銃では殺しきれなかったか、そもそも銃が効かないのかも知れないが。兎に角銃が効かない相手に勝てる気がしない。
俺が狙いだというなら隙を見て逃げるのが最善か?
「違うっ違うっ違う」
ん? 何か呟いている。
「私は正々堂々天夢華様の愛を勝ちとった。それを次に証明してやる。そして私と天夢華様との愛を侮辱したことを後悔させながら殺してやる」
憎しみの顔を向け中塚はそう宣言すると逃走していった。
助かったのか?
しかし野上は言うまでも無く、あれも更正さないといけないのかね。あれ人間辞めてるだろ。
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