第380話 クズ vs クズ

「どうした早く中に入れろ」

 近藤が呆然と立ち尽くす俺の背中を罵倒する。

「どうしたの先生?

 もしかしていないのかしら」

 ニヤついた台詞に振り返れば野上が悪意たっぷりの笑顔を浮かべていた。

 その顔を見た瞬間、負けを悟ってしまった。

 カラオケハウスで会ったときの彼女達からは野上に対する義憤を感じられた。だがその義憤を覆すほどの何かで翻意することは可能で不可能じゃ無い。特に覚悟が決まっている大人じゃ無い移ろい気な女子高生じゃ、餌に釣られて裏切っても不思議じゃ無い。

 ふう~。

 大丈夫裏切られることには慣れている。

 女子高生相手に怒ってもしょうが無い。

 女子高生相手に失望してもしょうが無い。

 まして大人の女が裏切るのは当たり前すぎて驚きの無いいつもの日常過ぎる。

 俺は裏切らないが裏切られるのはこれ常識。

 合理的に考えてこんな事トラブルでもない。唯一の悔いは野上に察知されるようなヘマをしたこと、もっと細心の注意を払って行動すべきだった。

 いや、そもそも接触したメンバーの中にスパイがいたんじゃないか!

 今になってこの可能性に気付くとは、俺は野上を強敵と言いつつどこかで所詮女子高生と侮っていた慢心があったということか。

「先生みたいなダサいチー牛の味方に成る女子高生がいるわけ無いじゃ無いですか。

 いると思ってたんですか~?」

 立ち直る隙を与えない追撃で野上が俺の心を折りに来る。

「先生みたいな童貞なんて女性にからかわれるだけでも喜ぶんでしょ、良かったじゃないですか相手して貰って。もしかして今も私に罵られて感じちゃってるんじゃない。

 もしかしてマゾ、マゾ、マゾ。キモマゾ」

 箸が転んでも可笑しい年頃の娘らしい実に楽しそうな悪意溢れる笑顔を野上は浮かべて俺を罵倒する。

「さおり、口が汚いですよ」

「は~い、ごめんなさい」

 母親にたしなめれる野上だが反省した様子は無いし、そいういう野上母も口汚いことを窘めただけで俺に対する嘲笑を怒ったわけでことでお察しだ。

 母娘親子どんぶりで俺を馬鹿に仕切った目を向けている。人を見下すことに慣れている醜い顔に対極の白前の顔が浮かんでくる。柔道部部員には裏切られても(特に黒井は腹黒そうだし)可笑しくは無いが、白前が裏切ったのは意外だったな。珍しく俺は信頼していたんだろうな。

 あの潔癖女に何を提示すれば裏切るんだろうな。

 ・

 ・

 ・

 そう難しいことじゃないか。俺が素で嫌われただけか。白前みたいな潔癖で情に厚い女には俺のような目的の為には生徒に色仕掛けをさせるような男は耐えられなかったということか。

 なるほど納得だ。

 すっきり納得したら、後はこのクソ女共に俺を嘲笑したことを後悔させてやるだけだ。 ここからはガチの潰し合いだ。

「やっぱりあの時尻尾振っておいた方が良かったですね。

 今からでも振ってみます?

 私は優しいからもしかしたら許して貰えるかもよ」

 野上が鼠をいたぶる猫のよう笑顔で俺を見ている。

 はしゃぐのも分かるが、父親の前で仮面を外しすぎだぞ。理想の娘からのズレで翔陽は母親と違って引き気味だぞ。

「まだ会議は終わってない。勝ち誇るのはまだ早いんじゃ無いか?」

「強がりはみっともないですよ。逆ギレで殴りかかってくるのかしら?」

 近藤が野上を守るように俺を睨み付けて威嚇する。

 いい番犬だ。意外と校長派とかで無く野上に躾けられているのかもな。

 抱かせて貰ったか?

 ここで野上の顔にストレートをぶち込めたらストレスもスッキリ解消して今夜はよく眠れそうだが、それが出来るのは責任のない子供のみ。殴った後に責任がある大人はやりたくても出来ない。

 はあ~大人な俺が恨めしい。

「そう威嚇するなよ、別に殴りかかったりしないよ。俺はお前みたいな弱い犬じゃ無いんでね」

「あっ!!!」

「そんな強がり言ってないで土下座の一つでもした方が有益じゃ無いかしら」

 容易く俺の挑発に乗りそうになった近藤を制して野上は俺の魂胆なんかお見通しとばかりの顔を向けてくる。

 勘違いしているようだな。もしここで近藤が俺に殴りかかれば、暴力事件でこの場を有耶無耶に出来るかも知れない。

 だが、それは俺も望んでない。

 いい加減他にやることが無いのかと悪意を振りまく此奴の顔を見るのもうんざりなんだよ。ここでスッキリ決着を付けてやる。

 確かに、俺の無実を証明する手はほぼ無くなった。だがな此方もお前も確実に潰すために徹夜で用意した鬼手は残っているんだよ。

 俺からのプレゼント、是非受け取ってくれ。ここで挫折して立ち直るのを先生は祈っているぜ。

「出来れば俺もここまではしたくなかったんだが、俺をここまで追い詰めた自業自得だ。己の中途半端な悪知恵を恨むんだな」

「何を言っているの? 負け惜しみにしても意味不明よ」

「すいません。準備した最初の証人達は急用で来れなくなったようなので、次の証人を呼びたいのですが、」

 ピク、俺の次の証人という予想外の言葉に会議が始まってから余裕綽々だった野上の顔が初めて驚く。

「わざわざ呼びに行くのも何なのでスマフォで呼んでいいですか?」

「ハッタリよ。そんなのいないわ。露骨な時間稼ぎよ」

「時間を稼いで俺になんか得があるのか?」

 少なくても俺は思い浮かばない。寧ろこんな茶番さっさと終わらせたい。

「野上さん、落ち着きなさい。

 果無君どうぞ。ただし野上さんが言う通り虚偽だったら心証は相当悪くなるよ」

「ちゃんといますよ」

 教頭の許可が下りたので俺はスマフォで別室で待機している大原を呼ぶ。此方は細心の注意を払って人目が付かないようにして準備した。栗林や鮎京に普段使われていない教室を調べさせ、大原に誰の目にも触れないように秘密裏に教室に引き込ませた。野上対策というより此方は万が一にも誰かに見られたら洒落にならない故の行動だった。上手い具合に白前達が囮になってくれたと思えば、裏切られたとはいえ白前達に接触したのは無駄じゃ無かったわけだ。

 しかし俺のこの学園での評判はこれで地に墜ちるな。

「すまないが連れて来てくれ」

『分かりました』

「反対しないんだな」

『今でも反対ですが、必要な命令なら従います』

「そうか」

『付け加えますと、私が認めたあなたが必要と認めたからですよ』

「・・・頼む」

 これは上司として益々負けられなくなったな。


 数分後、俺と同世代だが顔の造りの次元が違うイケメンの男達が2~3人大原に連れられて会議室に入ってくる。

 どいつもこいつもいい男で女は入れ食い人生謳歌のオーラが漂っている。俺の大学生活とは対極だな。

 そんな陽キャラを見て野上母はちょっとときめいた顔をしたのと対象に野上は顔が引き攣っていく。

 どうしたどうした、お前好みのイケメンだろうが。

「果無君、彼等は何だね。我が校の生徒でも無いようだし、何しろ男だぞ。校内に入れる許可を出した覚えは無いぞ」

 教頭が俺を糾弾してくる。

 これよこれ。部外者の男が女の花園に入るなんて普通なら許可が下りない。見つかり次第叩き出される。

「一応まだこの学園の教諭である私が入ることを許可しました」

「私は聞いていないが」

「この程度なら私にも権限があると思いますが」

「部外者の男を学園に入れることの重大さが分かってないようだな。君への認識を私も変えなくてはいけないようだな」

 女子高と言うだけじゃ無く、近年色々と五月蠅いからな。今じゃ俺の母校の小学校すら気楽に立ち寄れなくなっている。

「部外者と言いますが、彼等は立派なこの会議の関係者ですよ。もし話を聞いても違ったら好きに私を処分して下さい」

「そこまで言うなら一旦矛は収めるが、学園に関係なさそうな彼等がどうやって君の無実を証言するんだね?」

 流石理知的な教頭、その公正な態度理想の上司だね。

「まあ、組み手を行った経緯に関しては無理でしょうね」

「巫山戯ているのかね」

 どちらかというと俺に好意的だった教頭に怒気が走る。

「いえいえ私の無実を証言出来なくてももう一つの大事な証言は出来ます」

「もう一つ?」

 俺の答えに教頭は頭を傾げる。

「ええ、彼等は野上に関して非常に重要な証言をしてくれます」

「娘に関して重要な証言だと、一体何を証言させる気だ」

 会議が始まって静かにしていた翔陽だが愛する娘に関する証言と聞いて黙っていられなくなったようだ。

 はいはい、そう慌てなさんな。知りたくなくても愛する娘について教えてやるよ。

「説明するより、さっさと証言して貰った方が早ので・・・」

「まっ待ちなさいよ」

 野上が俺の言葉を遮って来た。察しのいい野上は俺が何を言わせようとしているか気付いたようだ。

「言っただろ野上、もう遅いんだよ。

 じゃあ頼むぜ」

 俺は野上から視線を切って男達の方に向く。

「簡潔に行こう、お前達は野上と寝たか?」

「ああっ」

「僕も寝ました」

「使い込まれていて、いい具合だったぜ」

 三者三様Yesと答え、会議室が凍り付き、今までの喧噪が嘘のように静かになるのであった。

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