第378話 大人の対応

 新聞部の部室を出るともう昼になっていた。午後に備えて食事はしておかないとな。屋上に行く前に職員室に置いてある昼飯を取ってこようと歩き出す。人気の少ない西校舎から離れるに連れ段々とすれ違う生徒の数が増えていく。

 この学園に来てから女子高生の悪意塗れの顔ばかり見てきたが、すれ違う彼女達の顔は女子高校生らしい無邪気な笑顔で輝いている。まあ普通こうだしこっちの方が絶対的多数だと思うんだが、なぜ俺は少ない方ばかり出会うのか。

「んっ」

 ばったりと出会い頭、向かいから取り巻きを引き連れ歩いている野上と目が合った。

 なんとまあ邪悪に染まっていることで、野上が顎をくいっとすると逃げる間も無くあっという間に俺は取り巻きに囲まれた。

 包囲を突破して逃げたいところだが、下手に逃げようとすれば俺は女子生徒と物理的に接触してしまい、新たな問題が発生しそうである。

「あら、先生ごきげんよう。挨拶も無く、去ろうとするなんて寂しいじゃない」

 包囲の一角から悠々と降伏勧告する総大将のように野上が表れる。その姿威風堂々、怪我をして巻いていたはずの包帯など跡形も無い。

「俺の顔なんか見たくないだろうから、気を利かせたつもりなんだがな。それよりも、大怪我の演技はもういいのか?」

「何を言っているのかしら、今でもあなたに付けられた傷は疼きますわよ」

 そんなに冴えない俺にやられたのがプライドを剔ったのか、自衛しただけでここまで恨みを買うとは理不尽、・・・でもないか。

 逆恨みなんて、此奴らにとっては息をするように自然なことだったな。

「はいっ」

 野上が脈絡も無くポケットからハンカチを取り出すと床に落とした。

 これにどういった意味があるのか俺には分からない。女子高生の間で流行っている新手のおまじないか?

「拾いなさい」

「下さいだろ」

 野上は俺の言葉など無視して足を俺の方に突き出す。

「拾って靴を磨きなさい。

 それで見逃してあげてもいいわよ」

 それで本当に見逃してくれるのなら磨いてやってもいいんだが、この手のタイプは引けば引くだけむしゃぶりついてきて最後は骨の随まで啜られる。

「思うに俺はお前に何かしたかな?

 なあお互い大人にならないか。どのみち放っておけば俺は一ヶ月も経たないうちに消えるんだぜ」

 俺ならそうする。相手が生涯の宿敵なら兎も角、虐めてやろうかと思った程度の男の為に学生生活を賭けた勝負なんて割に合わない。ここは我慢するまでも無く無視してしまえばいいだけのこと、実に簡単なことだ。

「今ならお互い無かったことに出来るぞ」

 無駄だと思うが大人の対応をしてみる。

 もしこれで了承されたら俺は白前達を裏切ることになってしまうのか。それに俺を吊し上げる気満々の校長派の先生方も収まらないだろうな。

 軽く言ってみたが、野上がここで了承した方が俺は大変なことになることに野上は気付いているのだろうか?

「あら、色々動いていたようだけど降参かしら。

 だからあなたがハンカチを拾って靴を舐めたら許して上げると言っているのよ。従順な犬なら多少は可愛がってあげてもいいわよ。女子高生のペットになって教員免許も手に入れられる、あなたみたいな童貞には過分じゃ無いかしら」

 さらっと要求がグレードアップしてやがる。本気でどういう育て方をされれば、この歳でこういう女に成るんだ? 実に興味深い。俺が心理学や人類学を専攻してたら喜んで間近で観察したいくらいだ。

「交渉決裂か、残念だよ。

 一応お前は俺の生徒なんだから、教師として何時かお前が救われることを祈っているよ」

 計画通り心が壊れるまで追い込んでやる。その後に救いがあることを祈っているよ。

「勝つ積もりみたいだけど、放課後を待たずに今この場で破滅させていいのよ」

 野上の言葉に周りを囲っていた女生徒達が獲物をいたぶる肉食獣のようになった。

 まさかリンチをすることは無いだろうが、彼女達が抱きついてきて痴漢と叫ぶだけで俺は結構追い込まれる。だがちらほらと通行人はいる。彼女達が証言してくれればそう悪いことには成るまい。

 此奴にしては杜撰すぎる。ブラフだな。ここは怯えた態度を見せたら負け、毅然としているしか無い。幸いこんな雌ザル共に抱き付かれても鬱陶しいだけで、性的に何も感じない。

「何をしてるのっ」

 俺と野上の睨み合いに割って入る水永の叱責が響いてきた。

 俺達の視線が委員長らしく堂々と叱りつける水永に注がれる。

「委員長、いい子ぶって出しゃばらないで」

 乱入してきた水永を野上が睨み付けるが、怯まず水永は包囲する女生徒を掻き分けて此方に来る。

「でしゃっばてない。先生に用があるの。

 ほら、いくわよ」

「あっああ」

 問答無用で水永俺の腕を掴む。そして水永に手を引っ張られて俺はその場を離れるのであった。


「助かったよ」

 十分離れた所で俺は水永に礼を言う。

 呆気に取られていたが、今更ながら俺はこの娘に助けられたんだと実感する。

「委員長ですから」

 水永は胸を張ってドヤ顔をする。

「この礼はいつかするよ」

 感謝の気持ちを金で表していいなら、さっと万札を渡したいが、駄目なんだろうな~。失礼になることくらい俺でも分かる。

「ふふっ期待しちゃいますよ」

 水永は万札では買えないような笑顔で答えてくれる。

 ほんと金で済まないことはどうしたらいいのか、頭を悩ませそうだ。


 その後は大人しく放課後に向けて打ち合わせや下準備等に費やすのであった。


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