第376話 捜査

 決戦の日、放課後より会議は始まる。

 白前の協力により柔道部の反野上派の部員が会議に証人として出て俺が柔道部を見学に訪れた日に何があったのか証言してくれる手筈になっている。更には一度決壊してしまえば積もりに積もった野上への恨みが洪水のように止められないようで野上の悪行全てをぶちまけると反野上派は息巻いている。

 これで最低でも俺の無罪は勝ち取れそうだが、足りない。

 多分野上は想像以上に強い、この程度では例え負けても心は折れないだろう。こう言っては何だが俺は野上を評価している。勝つ為なら躊躇いなくプライドや良心を捨てられる奴は油断出来ない。だからこそ俺は更なる決め手を求めて調査を継続した。

 昨夜なんかわざわざ父親の翔陽の観察もし、その後もこの合理主義の俺がほぼ徹夜で駆けずり回った。

 おかげで今の俺はちょいハイなので普段なら躊躇うようなことでも軽く実行してしまいそうだ。

 それにしても俺がこれだけ動き回る中、野上サイドの動きが静か過ぎるのが引っかかる。もっと色々と嫌がらせや妨害をしてくると思っていたんだが、これが権力に胡座を搔いての傲りなら杞憂で済むんだが。

 もう考えて仕方が無いか。打てる手は打った万事を尽くして天命を待つとしよう。後は臨機応変に動くのみ。

 この件は終わり。なら残りの時間は無駄にしない為にも本来の仕事をするべきだろう。そういう訳で俺は授業中だが屋上で再び鮎京と会っていた。

 生徒をサボらせて先生としては失格だが本職は退魔官の俺は問題なし、本職生徒の鮎京はダメダメだが、まあ人のことだ。

「頼んでおいたことの調べは付いたか?」

「ああ、あの日あたし以外に授業をサボった奴だよな。

 1人居たぞ福島 敦子 2年生だ」

 意外と早かったな。もしかしてこのヤンキー娘は拾いもの?

 栗林に聞いた話では、愛されヤンキーで友達が多く、ボーイッシュな感じと相まって女子高のお姉様ポジションで後輩には隠れファン多いらしい。多分その線からの情報なんだろうな。

「お嬢様学校かと思えば意外と不良が多いんだな、お前のダチか?」

「ちげーよ。だがどっちかというと真面目なタイプなんだがな」

 ダチでは無いが同じ学年だ面識はあっても可笑しくは無い。

「そうか。それで今日は来ているのか?」

 物陰からでも見ることが出来れば昨日の奴か一発で分かり、放課後を待たずに仕事は終了になって悪意満載の魔女裁判をしなくて済むかもしれない。

 まあ折角なので教員免許を取っておくのも何かの役に立つかも知れないが、そんなもの三目に言えば貰えるような。

「今日は休みのようだぞ」

「そうか」

 これはクロか?

 いやそもそも下水に流された彼女は生きているのか? 今更だが、もし今も下水のどこかに詰まっていたりしたら彼女がこの事件の犯人なのか確かめるのが困難になるな。

「写真は手に入らないか?」

「まあなんとかするけど、ちょっと掛かるぜ」

 鮎京が人差し指と親指で丸を作る。

「仕事の出来次第だな。集合写真じゃ無くてちゃんと顔が分かるのを頼むぞ」

 まあここは出費を惜しんでいる場合じゃ無い、寧ろ小五月蠅い女子高生の相手をしないで済むなら安いとも言える。

「オッケー、旦那は話が早くていい、後で連絡するよ。

 だけどさ彼女がどうかしたのか?

 学園の不正を暴くんじゃなかったのか?」

 文部科学省特殊案件処理課所属の臨時特命学徒捜査員としての最初の命令はそうだったんだろうな。だが今はこの学園に潜む魔を退治することが目的になっている。

 いつの間にか目的が変わったことを知らされない現場の下っ端。仕事をしていればよくあることで珍しいことじゃないが、魔を知れば引き返せなくなる。三目の優しさだと思うことにしよう。

「俺にとってはそんなこと最初からどうでもいい」

「そうなのか?」

「元々俺は別の目的の為に潜入した別組織の人間だ」

 不審を抱かれると反発心に繋がる。ある程度は解消しておく必要がある。それにまあ此奴もバイトとはいえ表に出来ない裏の仕事をする人間、ある程度は明かしてもいいだろう。

「えっそうなの? てっきり三目の部下かと」

「冗談だろ。

 今回たまたま上の政治で俺が三目に協力することになった代わりに、お前が俺の仕事を手伝うことになっただけだ」

「あたしはとばっちりかよ」

 鮎京は憤慨して床を蹴る。

「まあ、そういうことだな」

 ここで一言三目から鮎京に事前に説明があれば違っていたんだろうが、余計なことは言わなくていいと判断した三目も俺同様部下から嫌われる役人気質だな。

「あたしは都合よく使われるだけかよ」

「まあ下っ端よくあるだな」

 偉そうに言う俺も五津府に都合よく使われる下っ端に過ぎないのが悲しいところ。正直下が入らないことには幾ら出世しても下っ端仕事からは抜け出せない。

「なあ、あんたの目的は何だ?」

「機密事項だ」

「そうか、まあ言えないなら言えないでいいけど、あんたの方からは出ないのか?」

 鮎京が再び人差し指と親指で輪っかを作ってみせる。

「俺がお前を雇ったわけじゃ無い」

 此奴のこういう割り切りは嫌いじゃ無いが、それで情に絆される俺でもない。

「それはそれ、魚心あれば水心あり。

 あたし役に立つよ」

「二重取りは良くないぞ」

「ちえっ。ならこの仕事が終わったらあんたが雇ってくれないか、あたしこの仕事の間だけの期間限定なんで終わったら次のバイトと探さないといけないんだ」 

 幾ら何でもこの一仕事だけで借金返済学費も生活費も安泰と言うほどの報酬は貰えないか。

「そう思うなら働きで示すんだな」

 まあ今のままじゃこの学園限定の情報屋、間違っても採用無し。だがこれはモチベーション低下を防ぐ為そっと胸に秘めておくのが出来る上司というもの。

「よっしゃー言質取ったぞ。

 絶対に雇って貰うからな」

 ガッツポーズを取るほど俺に雇われるのを嬉しがるこの姿、影狩にも見せてやりたいぜ。

「そんなに俺に雇われたいのか? 普通のバイトの方が稼げるかも知れないぞ」

「それはないな。こう見えてあたしの嗅覚は鋭いんだぜ。あんたに付いていけば金が稼げる」

 大金は入るかも知れないが、それ以上の出費と命が出ていくかも知れないのがこの仕事だ。

「老婆心からの忠告だが、勘と勘違いの区別は付けないと痛い目にあうぜ」

「あんただってまだ若いだろ」

 鮎京は呆れ気味に言う。

「ったく、それであたしは福島の写真を手に入れるだけでいいのか? 他にもあるなら遠慮無く言ってくれよ」

 ここぞとばかりに売り込もうとするが、まあやる気が無いよりかはいいか。

「あとは福島の情報を出来るだけ集めておいてくれ」

「情報?」

「どこに住んでいるかとか、通学は何を利用しているとか、部活、交友関係、彼氏、最近変わった様子が無かったかとか」

 こちとら旋律士とは違う凡人、生存率を上げる為に情報は幾らあってもいい。

「まるで刑事みたいだな。いっそ生徒指導の名目で呼び出したらどうだ」

「もう少し情報を集めてからだ、俺は冤罪は好きじゃない」

 そもそも下手に呼び出したりして本命だったら俺の命の方が危ない。接触するなら用心棒を用意したい。

「良く言うぜ。捏造なんか平気でやりそうなくせに」

「確証があればするが、冤罪は嫌いだぜ」

 確証があれば罪を捏造してでも捕まえるなりするが、あくまで真相を突きとめる為の捏造だ。そこは勘違いされたくないな。

「分かった、集めておく。ただ部活はもう分かっているぞ」

「ほう、どこだ」

「新聞部だ」

「!?

 そうなのか」

「ああ、そうだ」

 これは偶然か?

 それにしても一番捜査が遅れていた新聞部がここに来て本命になってくるとは、全くもって俺らしい。

「どうしたんだ、急に怖い顔して」

 辞めよう。新聞部が本命だというのもこの時点では憶測に過ぎない。

 思い込みは冤罪を生むが、動かなければ犠牲者を産む。焦らず端から一つ一つ確実に片付けていこう。

「ボーナスを出してやる。出来るだけ早く、それこそ明日か明後日の昼休みには新聞部員とコンタクトを取れるようにしてくれ。場所は新聞部室がいいな。

 できるか?」

 栗林に頼んでいた仕事だが、鮎京に頼んだ方が早いという合理的判断なんだが・・・、何か臍を曲げられそうな気がするのでフォローはしておこう。

 はあ~世の中合理だけでは上手くいかないな。

「きゅっ急だな」

「時間をかければ誰でも出来るような仕事だ。自分の有能さを示したいならこういう時にこそ見せて貰わないとな」

 此奴の女生徒からの人気なら可能だと算段してのこと。

「挑発するじゃ無いか、いいぜ乗ってやるよ」

「頼むぜ」

 俺は俺で別の調べるべき箇所の捜査を進めていくとするか。


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