第372話 重いのに軽い
「なるほど三目が言っていた前から潜入していた特殊案件処理課のエージェントがお前か」
「さっき三目の旦那からメールが来てな、お前の指示に従えだってよ」
鮎京は取り出したスマフォをひらひら見せながら言う。
「そうかそれはありがたいな」
本当にそれだけなのだろうか? 俺の監視をしろと命じられていても驚きはしないが、まあ無理に波風立てることはないと社交辞令の礼を述べておく。
「それでわざわざ授業を抜け出して待機していてくれたのか」
「んにゃ。
それとこれとは別。ただ単にサボっていただけだぜ」
鮎京は悪びれた様子も無く教師である俺の前で堂々とサボっていたと言う。
まあ俺を出迎えるならあそこで待っている理由は無いからな。
・・・
まあ気にしてもしょうが無い、教諭としては注意しなければならないんだろうが流そう。
「そういえば、先程の名乗りで気になったんだが臨時とはどういう意味だ?」
「ああ、あたしは期間限定のバイトだから」
鮎京はあっけらかんと言う。
「バイト!?」
「あたしは元々ここの生徒だったんだけど一ヶ月前くらいにここの学園の内部調査をしたいから臨時学徒捜査員に成らないかって三目の旦那にスカウトされたんだ。
いや~あたしも少し迷ったんだけどバイトの時給も良かったんで引き受けた」
鮎京はファミレスのバイトを決めたかのように軽く言う。
バイト、バイト!?
確かに正規の捜査員をいちいち転校させるのは手間が掛かるし、怪しまれる。更に言えば長くて三年くらいしか在席できない学生捜査員を維持するのは大変だろう。
そう考えれば現地採用は理に適っている。
だがそれが許されるのはせいぜい不正調査や虐め調査くらいまでだろう。
「そうか。何かあったら連絡するから頼むな」
バイトの学生に命を賭けて魔と戦えとは言えない。バイトの方が使い捨ての駒にはピッタリだが俺にだって心は多少あるし常識を考慮する頭もある。
でもよく考えれば俺も学生の退魔官か、似たようなものか?
まあそれでも自分で危険を承知で選んだ以上違う。この女は精々校長派と野上父との不正を調べるように言われたくらいだろう。
「まった」
「なんだ?」
立ち去ろうとした俺の肩を掴んで鮎京が呼び止める。逆ならセクハラ案件だ。
「お前、あたしを馬鹿にしてないか」
「どういう意味だ?」
馬鹿にしているどころか大事にしてやっているのに酷い言われようだ。
「連絡すると言いつつ連絡先すら聞かないてどういうつもりだよ。あたしは金は貰う以上しっかり働かないと気持ち悪いんだ」
鮎京は胸を叩いて主張する。
働かないで貰える金は普通においしいと思うがな。世間じゃ不労所得を得る為に血眼になっている、これは俺の方が常識側で間違いない。
それともやはり三目に監視を命じられているのか。
「出会ったばかりの変態にメルアドを教えてくれるのか? そして俺は変態呼ばわりしてくれた女にメルアドを教えたくない」
「男の癖に過去のことグチグチ言うなよ。そんなんじゃモテないぞ」
鮎京は俺の背中を叩きながら言う。
「お前は女のくせに大雑把だな」
「そんな時代錯誤なこと言わないで、ほら~ほら教えてよ~。キッチリ仕事をするからさ~、それでご満足頂けたらリピートしてよね」
急に可愛くねだられて、まるでギャバ嬢に営業を掛けられている気分になる。
「なんでそんなに金がいるんだよ。ブランドもののバックでも欲しいのか?」
「親が事業を失敗して蒸発しちゃってさ~。
自分で金を稼いで学費を稼がないとあたしは高校に通うことすら出来なくなるんだよ。特にここ学費が高いしさ」
女が金を欲しがるなら男かファッションだろという軽い揶揄の気持ちで尋ねたら、思ってもみなかったヘビーな話が返ってきた。
大丈夫なのか?
親が逃げたら娘に払わせようと風俗に沈められるのは良くある話だが。何とかして切り抜けたのか、それとも明るいからそう思わないだけで、既に沈んでいるのか。
・・・
・・・
・・・
知り合った程度で深入りしていいような話じゃ無いし、出会った不幸少女にいちいち深入りするようないい人じゃ無い。
それにだ。例え風俗に沈んでいようとも、魔と遭遇して命を失ったり再起不能の心の傷を負うよりは、よっぽどマシだろ。
「パパ活でもしろ。
お前みたいなボーイッシュな感じなら、ドストライクの変態金持ち親父なんて探せばいるだろ。ツテが無いのなら袖振るも多生の縁だ紹介してやってもいいぜ」
我ながら最低の男だ。時雨には知られたくないな。
「いや~それも考えたんだけどよ、あたし媚び売ったりするの苦手なんだ」
俺の結構嫌な台詞を鮎京は軽く流した。
「そこは努力しないのか?」
本当かついさっき媚びたじゃ無いか。
「無理なものは無理」
変なところで頑固な奴だ。上手くすれば一発当てるがプライドで損をするタイプか。どうせ社会人になれば嫌でも売ることになる、その社会人も死んでしまっては成れないが、よく考えたらそんな無理して成らなくてもいいのかもしれない。
しかしこの軽い感じうまいこと風俗に沈むのは逃れたようだが、バックに強力な後ろ盾、それが文部省なのか?
こういう訳あり少女の弱みに付け込んで、助けてやるとかの甘い言葉で危険な特命学徒捜査員をやらせる。もしそうなら初対面の印象通り三目も俺に匹敵する官僚ということになる。
既得権益拡大と蹴り落とし合いは官僚の本能、ゆめゆめ気を許して隙は見せられないな。。
「なら俺が使うとして何のスキルがあるんだ?」
旋律を奏でろとは言わないが、ヤンキーならばの裏ネットワークを持っていて俺では手に入らない裏情報が手に入るとかメリットが欲しい。
残念ながら俺は相手が可愛い女子高生なら無条件で雇うようなスケベ店長じゃ無い。
「根性はあるつもりだ」
鮎京は拳をぐっとして答える。
「それは無能と言っているようなもんだな」
少年漫画じゃ無いんだ、根性万能論は通用しない。
そもそも何を為すにも根性があるのは必須で、その上でスキルがいる。
「しょうがないじゃん、あたしまだ高校生だよ。そんな凄いスキル無いよ」
ここでじゃあ「死ぬ覚悟があるか」と問えればいいんだが、言ったところでどうせ本気とは思わないだろう。
軽い気持ちで仕事を引き受けさせて本当に死んだら、やっぱ俺の説明責任を問われるのだろうか?
それとも雇用主である三目の責任になるのか?
まあどっちの責任にしろこんな少女に死なれたら俺でも目覚めが悪いし、何より知られたら時雨に嫌われてしまう。
ここはほどほどの仕事を与えてお茶を濁すか。それならパトロンの三目に切られることも無いだろ。
「なら、まずは情報収集を頼もうかな」
「よっしゃ、任せろ」
鮎京はサムズアップして答えるのであった。
なんかヤンキーと言うよりお調子者だな。
俺は鮎京に集めて欲しい情報を伝えるのであった。
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