第370話 淫行

 帝都警察病院で予定外の時間を食った分急いで学園に戻った俺は教頭に大久の状態を報告しなければならないが、報告しに戻ったらまた雑用を言いつけられ放課後まで拘束されてしまう。なら職員室に帰る途中で、ちょいと寄り道をするくらい許されるだろ。

 俺は何だかんだで部室にすら行ったことが無い新聞部に立ち寄ってみることにした。後で栗林の手筈で部員達と会うとしても、その前に見ておいて損はあるまい。


 新聞部の部室は音楽室などの特別教室などが多く入っている西校舎にある。丁度授業中ということもあって誰に見咎められることも無く辿り着けた。

 綺麗に清掃された廊下があって、部室へ入るドアが閉まっている。ドアの上にある札には新聞部と書いてある。

 流石に部室の前に来ただけで何か新しい情報が手に入ってインスピレーションが爆発することは無い。

 せめて中に入らないとな。

 無断で入ったのがばれたら問題になるかも知れないが幸い周りには誰もいない。運を天に任せもしドアノブが回ったら天の采配と中に入ると決めてドアノブを握った。

 あん

 空耳じゃ無い、微かな吐息を部屋の中から感じた。

 中に誰かいる?

 珍しく運がいい。今は授業中、中に生徒がいるなら注意するのが先生の役目で何も可笑しいことは無い。先生だったとしても気になったからと言い訳をすればいいだけのこと。

 もはや躊躇する必要は無くなった。

 伝統ある学校も結構だが、鍵は新しい方がいいな。こんな古式な鍵、理系の俺にとって道具一つで簡単に解除出来る。

 俺はドアノブを回して中に入った。

「誰がいるのか?」

 一応注意する為に入った教師の体裁は整えておく。馬鹿らしくてもこういった小芝居は大事だ。

「んっ」

 一歩踏み込めば鼻を擽る甘い匂いが僅かに漂っていた。

 香水か?

 カーテンが閉めてあり薄暗かったので、壁にあった部屋の灯りのスイッチを押した。

 明るくなった部室の中をざっと見渡す。

 部室にはパソコンにプリンター、壁にはびっちりと棚が置かれ乱雑に雑誌が入れられている。資料か?

 ざっと見誰もいないが、部屋の奥に別の部屋へと続くドアがあるのが見えた。ドアには現像室とプレートがある。

 昔の名残か? 今時の女子校生がネガフィルムの現像が出来るとも思えない。

 誰かいるとしたらあそこしかない。だが別に授業をサボる生徒を注意したいわけじゃ無い。現像室で息を潜めてくれるのならそれでいい。その間に俺は気になったパソコンをちょいと見させて貰う。

 学校の部活用の共用パソコンだ。パスワードなんて無い可能性が高いのに比例して失踪した原因があるなんて都合が良いことがある可能性は低いが、試すだけならただ。

 俺は部屋の奥の方にあるパソコンに向かって行く。

 ぴちゃ。

「ん?」

 何か液体を踏んだような音がし足下を見れば先程まで無かった水飴のような透明で粘っこい液体が奥のドア方から流れてきている。

「うっ」

 そして濃厚な百合の花のような甘い匂いに包み込まれた。

「なっ」

 足下から顔を上げればいつの間にか奥のドアが開いて裸の少女がいた。

 別に凄い美少女でも躰付きがグラビアモデルのようでもない、ごく一般的な女子校生らしいものだと思う。

 だが肌が異様に白かった、まるで真昼の幽霊のようでいて死を連想させる。

 まずい。

 数々の修羅場を潜った本能が告げる逃げろと。そして俺の理性はそれに逆らうことなく素直に従い後ずさる。

「うわっ」

 ズルッとすべって尻餅をついてしまった。

 別に恐怖で腰の力だ抜けたわけじゃ無い、後ずさろうとした足がグリップを失ったのだ。

 兎に角逃げようと手を床に付けて立ち上がろうとするが、その手も滑ってしまい俺は床にべちゃっと仰向けに寝転がってしまった。

 ???

 冷静になって見渡せば、すーーーと床一面に百合の香りがする液体が広がっていく。そしてこの液体が粘り気があるようでいて実際には摩擦を無くして滑りをよくする潤滑油だったようだ。

 爪を立てても床に引っ掛からない、本気で摩擦が0になったようだ。

 これでは立ち上がれない。

 これでは這って逃げることすら出来ない。

 なのに眼前の少女はその液体の上をぴちゃぴちゃと普通に歩いて来る。それによく見ればこの液体少女の股間の間から滴り落ちて床に広がっている。

 これって愛液なのか!?

 うえええええ、知らない女の愛液なんて気持ち悪い。今すぐシャワーを浴びたいが今の俺は床でみっともなく手足をムカデのように動かしているのみ。

 まずい、まずい、まずい。

 油断した。

 心のどこかに、精々辛い記憶を忘れるくらいだと高を括っていた。

 よく考えれば、少女が4人も行方不明になっている大事件、決して油断できるような事件じゃ無かった。

 万が一にも見られたらまずいと銃や爆弾等の火器は装備していない。あるのはスタンガンとワイヤーくらい。

 クソッ、やはり小型の銃くらいは携帯しておくべきだった。

 今この時こそ銃を一発ぶちかませば、目の前の少女を吹っ飛ばしついでに俺も反動でここから脱出出来る。

 後悔や希望を妄想しても現状打破には繋がらない。

 どうする?

 前向きになって策を模索しても敵は待ってくれない。

 寧ろ敵のとっての好機。

 両手を広げ胸や性器を恥ずかしげ無く晒した少女が淀みなく迫ってくる。

 俺の視界には少女の裸だけが映り込み、青いリンゴのような少女の胸が倒れている俺に覆い被さってくる。

「くっ」

 咄嗟に俺は右手でガードして顔が少女の柔らかい双丘に覆われるのを防いだ。

「ぐっ」

 少女は少女らしい力で俺を抱き締めてくる。この程度ならと、押し返そうと少女の胸を押すがむにゅ~と俺の手は少女の胸にめり込んでいく。

 なんだこれはスライムかよ。

 PRGでは雑魚中の雑魚では、現実ではこんなのを顔に押しつけられたら隙間無く口を鼻を塞がれ窒息してしまう。

 なんとか少女を押し返そうと足搔けば、溶けたバターのように少女の肌が俺の顔に垂れてくる。このままだと少女の肌で俺の顔が覆われて窒息してしまう。

 どうする?

 幸い少女の力は少女そのもの転がって俺の方が馬乗りになれば何とかなりそうだが、摩擦が無い所為で体勢をひっくり返せない。

 摩擦さえあれば起き上がって何とかなる、ならば、この摩擦を消す愛液を何とかすればいいのか。スタンガンの高圧電流を流せば硬化とかしないか。いやいや下手に硬化したら床に貼り付けられて益々脱出出来なくなる。

 だが現状の摩擦が無い状態でも未来がない。

 少女の肌がべったりと俺の顔を伝ってくる。ひんやりとして絹のように滑らかな肌触り命が懸かってなければ堪能したい少女の肌触り。

 やはり一か八かでスタンガンを使うしか無いか。それ以外に摩擦ゼロから逃れる術が思い付かない。

 ・・・。

 摩擦が無い!?

 俺は右手で抵抗しつつ左手で咄嗟に鉄板入りの靴を脱ぐとドアと反対側に投げた。

 作用反作用、すーーと俺は少女諸共床を上をドアの方に向かって滑り出した。

 普段なら摩擦があるので靴の質量くらいの反作用などなんてこもないことだが、摩擦がゼロなら宇宙空間と同じで僅かな反作用で動き出す。

 よし。

 僅かづつちょっとづつ動いていく。

「むごうごっごご」

 垂れて口に入り込んでこようとする少女の肌。白身魚の擂り身のようで滑らかで気持ちいいが呑み込んだから終わり、歯を食い縛って阻止する。

「うごぺっぺっぺ」

 とろろのように歯の隙間から口内に入り込んでくるのを舌と息を吐き出し防ぐ。

 気管支に入り込まれたらもう終わりだ。

 傍から見れば授業中に教師が少女といいことしているいに見えるが、文字通りの必死の攻防。

「ぐぼごぼっぼっぼお」

 喉元まで侵入を許し、息を止めての攻防が始まる。

 くぞが。

 最後の手段俺は胃の中のものを吐き出した。

「がはっはははああはあ」

 ゲロと共に少女の肌も一旦俺の体から吐き出せたが、直ぐさま少女の肌が再度俺に侵入しようとしてくる。

 もうこの手は使えない。

 さっきの繰り返しでは俺は窒息死する。

 だが、勝った。

 粘り勝ちだ。俺は愛液の水たまりから滑って飛び出した。

 くっく、止まる止めるぞ。

 摩擦があるって素晴らしいな。

 俺は摩擦が戻ると同時に体勢をひっくり返して俺が少女に上に覆い被さると俺の顔に伝っていた少女の溶けた肌は下に落ちていく。

 だがここで手を緩められない。暫く立てばここも少女の愛液で床が覆われ先程と同じになる。その前に俺は今まで押しのけようとしていた少女をベアハッグで締めると立ち上がった。

 ぐにゅ~と粘土を締めているように少女の腰に腕が食い込み少女の腰が細くなっていく。

 その感触。少女の滑らかでひんやりとした肌触りは、男なら浸りたくなる官能。風俗嬢になればその日のうちに男を虜にしてNo1になれる。

 だが俺は官能を切り離し、これ以上細くなって鰻のように逃げられる前にとプライドを投げ捨てる。

 俺は廊下に出ると少女を締めながら近くにあった女子便所に駆け込んだ。

 幸い授業中、誰もいないはず。女子トイレに侵入した変態とレッテルを貼られないで済む。恥を己の心の内にのみ潜めておける。

 入れば誰もいない。

 俺はドアの開けられた空の個室に駆け込むと力を振り絞って少女の下半身を便器の中に突っ込んだ。

「汚物は流さないとな」

 俺は片手で少女の頭を押して便器に押し込みつつ、片手でトイレのレバーを引いた。

 流れろ流れろ流れろ。

 必死になって少女を押し込んでいけば、少女はズズッと下がっていく。

 少女も流されまいと必死に便器に手を掛けて水流に抵抗しようとするが俺は容赦なく少女の頭を便器に押し込みつつ、スタンガンを取り出し少女に最大出力を放った。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」

 少女は絶叫を上げつつ、水流に押されて大便のように下水に流れていった。

「はあはあ、何とか勝った」

 本当は捕らえたりした方がいいのだが、そんな余裕は無かった。魔と出会ったらまずは生き残ることを優先する。

 そして俺は生き残れた、だがまだ気は抜けない。誰かに見られる前に女子便所を出ないと社会的に抹殺されてしまう。

 そう思い個室を出ると出口には少女が仁王立ちしていた。

 そして冷たい視線を俺に向けたままに言う。

「変態」


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