第368話 同族嫌悪

「教頭外出許可をお願いします」

「外出? 何の用事かね」

 教頭は作成中の書類から目を離さずに尋ねてくる。

「一度大久先生の様子を見てきます」

 とんぼ返りになってしまうが、魔の解明がどの程度進んだのか確認しておきたい。この大事な時にと思うかも知れないが、此方こそ俺本来の仕事で優先すべきこと。

「大久先生、そういえば何の連絡も無いですね。どうしたんですかね」

 教頭はここで書類から顔を上げて言う。何だかんだで大久のことは気掛かりだったようだ。

「大久先生は独身ですし、検査で連絡が取れない状況なのかも知れません」

 帝都警察病院において、魔に汚染された患者はほぼ例外なく検査が終わるまで外部との連絡を絶たれる。検査の結果、万が一魔が感染するとか判明すれば連絡どころか調律されるまで隔離されてしまう。万が一にも感染するタイプだったら俺も同じ目に合うが、辛いことを全く忘れてないところを見ると感染はしないのであろう。

 辛いことを忘れることが出来たら、俺はどうなるのだろう?

 壊れた心と辛い過去の経験があって今の自分があるが、辛い過去の経験が消えれば壊れた心だけが残るのか思想の元となる辛い記憶が消えれば壊れた心もリセットされるのか。

 実に興味深い。

 そういった意味では大久は今どうなっているのやら、今後の方針を決める上でも個人的興味からでも、この目で確かめておきたい。

「なるほど」

「病院に付き合った縁もありますし、丁度時間も空いてますしね」

 少々当て擦り気味に言うが、実際俺は教育実習生なのに未だ授業をしたことが無い。したいかと言われれば、面倒臭い。

「確かに授業の予定などもありますから様子が分かれば助かりますね。いいでしょう許可します」

「ありがとうございます」

 俺は頭を下げて礼を言う。

「しかしあなたは思ったより律儀なのですね」

「そうですか?」

「ちゃんと私の許可を貰いに来てますし。そもそも電話でもすれば済むでしょう。あなたもそんなに猶予ある身分じゃ無いでしょ」

 まあ確かに電話で済むのかも知れないが、やはり大事なことは自分の目で確認しないと気が済まないというか、情報は所詮情報に過ぎない鵜呑みにすれば誤認する。

「これも好感度上げる作戦ですよ」

「私は中立です」

 教頭は苦笑しながら言う。教頭の立場からしたら俺に力添えできるギリギリだろう。そもそも教頭に俺に味方するメリットは何も無い。問題児の教育実習生がクビになろうと教頭には関係ないだろうからな。あくまで教育者としての矜恃で動いている。

 こういう人がいるならこの学園も捨てたもんじゃ無いな。

「それで十分ですよ。放課後までには戻ってきます」

 俺は教頭に一礼して外出するのであった。


「どうなんだ?」

 一面がガラス張りの集中検査室で大久は体中にセンサーを取り付けられた半裸でベットの上に括り付けられている。これが美女なら背徳感ある淫靡な絵になるが、毛むくじゃらの腹の出たオッサンでは醜いだけだ。

「めんどくさいわね。覚醒させる度に錯乱よ」

 俺の隣に立つ鈴鳴がうんざりした顔で愚痴を吐き出す。

 大久は相当溜め込んでいたみたいで、まだ感情を処理し切れてないらしい。散乱するがままにさせれば俺同様心が壊れるかもな。それも面白いと思うが、医者としては俺のような人間が生まれるのを放置するわけにはいかないようだ。今は壊れないように少しづつ発散させていくしか無いようだ。

 それにしても大久と比べれば栗原が如何に切り替えが上手いのかが分かる、それが若さなのか、友達言いつつドライな関係だったのか。まあその後の行動を見ればどちらかは明白だがな。

 だが生徒の中には大久より繊細で栗原のように切り替えが上手くない生徒もいるかも知れず、そういった生徒の感情が一気に解放されたら・・・。

 目に見える被害が出る魔では無いと楽観していたが、意外とやっかいかもな。

「効果的な治療は出来そうか?」

 ちょいと強めの薬を飲めば直ぐに直るみたいなのを期待して聞く。

「今のところ睡眠療法で気長にやるしか無いわね。

 でも逆に言えばそれで直ってしまうとも言えるわね」

「そうか、魔と関われば命を失うか生涯治らない後遺症を背負うのが大半だからな。手間を掛ければ直るなら上々だな」

「そうね。だからといって大量にここに運び込まれるような事態は避けてよね」

 患者にとっては幸運なことでも、医者にとっては幸運なのかは分からない。大量に運び込まれても手間を掛ければ直る以上見捨てるわけにはいかず、ひたすら身を削って手間を掛けることになる。

「善処するよ」

 果たして魔を退治したとき学園の生徒達はどうなるのだろうな?

 倒すべき時と場所を吟味する必要があるのかも知れないな。

「それでこれからどうするの?」

「ああ学校に戻るよ」

 一応大久の様子は分かったしな。教頭には一週間は復帰できないと伝えておこう。

「そう。じゃあ私は他にも仕事があるから」

「一応最悪の事態も想定しておいてくれ」

 最悪ここは野戦病院のようになる。そういった事態を避ける為には、予め他の受け入れ先を確保するのがベストだが、もしかしたらそういった事態は避けられ確保したベットが無駄になるかもしれない。その時に無駄になって良かったねと言ってくれる優しい世界なら俺は世界は素晴らしいと大通りで宣言してもいい。

 ほんと仕事は難しいもので、俺は官僚なのでそういった難しい判断はプロの先生に一任しよう。

「鎮静剤を大量に用意しておくわ」

 さて、鈴鳴が購入した鎮静剤を無駄にさせないためにも俺も急ぎ学校に帰って裏工作を進めないとな。

 何にせよ、野上の心をへし折れなければ始まらない。


「失礼ですが、一等退魔官の果無さんですね」

 俺が病院の受付ロービーに戻ってくると、愛想笑いの仮面を被ったような男が話し掛けてきた。

 まるで鏡を見ているようだ。

「あんたは?」

「これは失礼しました。

 私は文部科学省特種案件処理課の三目 七鏡といいます」

 三目が腰を折り両手で名刺を恭しく俺に出す。新人サラリーマンの手本書に乗せたくなるような見事さ。対して俺は生憎名刺を携帯していないこともあるが三目の名刺を片手で受け取るサラリーマンなら失格ものの態度。

 この場で無礼者と怒って帰ってくれてもいいが三目の笑顔は崩れない。

「文部科学省?」

「はい」

 やっかな予感がする。関わるとめんどくさそうだな。

「悪いが人違いだな」

 あー名刺を渡さなくて良かった、人違いで押し通して逃げよう。

「あなたの越権行為について五津府さんには既に話を通してあります」

「ちっ」

 普通の病院と違って受け付けロビーにあまり人はいないとはいえ、あまり人に聞かれて愉快な話ではなさそうだな。

「上の会議室で話しませんか、取ってありますので」

 こうなることを予想した良すぎる手際が頭にくる。

 同族嫌悪とはこういうのを言うのか。

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