第367話 けいおん
へえ~ただの思い違いやろうかと思えば、それなりではあるようで古川が顧問を務める軽音部の部室には、5~6人ほどの女生徒が集まっていた。
「折角の昼休み緊急ミーティングと言うから来てみたけど、一体何なの?
何か関係無い奴もいるし」
少々蓮っ葉な口調の彼女は六弦、黒髪ロングストレートで清楚系かと思えばればライブの時には長い髪を生かしたロックな髪型になるギター兼ボーカル。
「まあまあ、俺の為と思って協力してよ」
「なんで俺がお前のために」
「きっつ」
「まあまあ、先生にはそれでも一応お世話になっているし」
古川と六弦を取り持っているのは絹坂、ふわっとした髪型のバンドのキーボード兼潤滑油担当。彼女がいなかったら個性派過ぎるメンバーはあっという間に空中分解するらしい。
「まあ顧問になってもらった恩か。義理を欠いたらロックじゃ無いか」
六弦は古川の言うことは聞かなくても絹坂の言うことは渋々ながら聞くようだ。
「それでなんの用なんだよ。時間が勿体ないから要点だけ言いな」
言葉通り六弦は間をすっ飛ばして古川で無く俺に直接尋ねる。
「どんなことでもいい野上の情報が欲しい」
俺は無駄を嫌ってストレートに野上と関係の深い者達から情報を収集して野上の人物像を構築していった。
だが、あまりに無駄なく一直線に迫った予想は得てして視野狭窄の偏った願望に陥りやすい。もしかして野上はいい奴で、女子柔道にノコノコ来たスケベな男性教諭を懲らしめ、時代錯誤な指導をする顧問と対立しているだけかも知れない。
俺は初対面の印象から野上を悪者に当てはめようと、都合の良い情報を集めているだけのマヌケの可能性も大いにある。
評価は相対、別の座標が必要なときもある。そういった意味では野上とは全く関係無いような軽音部は丁度いい別指標だ。
「はっ大の男がコソコソ裏で女の粗探しかよ」
まあ、確かに格好良くは無いことは自覚しているよ。だが、格好付けていたら負けるだけ。勝利を掴むために足搔いて何が悪い。
綺麗事も勝ってからの話さ。
「裏工作は向こうもやっていることだ。対等だろ」
今頃野上も柔道部の子分共と口裏をキッチリ合わせ込んでいることだろう。もしかしたら柔道部以外にも証人を作り上げているかも知れない。
そもそも初手で不意打ちの上に親の権力を躊躇無く使うような奴は醜いが強い。こちらも勝つ積もりなら綺麗事は言ってられない。
「その梳かした態度が気に入らないね。ロックじゃ無い」
この娘はロックに対する拘りがあるようだな。
思春期だな~、微笑ましく思う。こう思ったことを言えば拗れるので言わないが。
こういう女ほど意外と白馬の王子様を夢見たりする純情。ようするに憧れに染まりやすい、分かりやすく言えば中二病。
ここは話を合わせてやるか。
「ロックねえ~。
なら俺こそロックだろ」
「はあ、何言ってんだ古川に頼るような軟弱者が」
六弦が蔑む目を俺に向ける。
「権力者である校長や野上家に挑むんだぜ。これがロックじゃなければ何だよ。
権力者に刃向かう反骨心こそロックの神髄。
お前こそ色々言いつつお利口さんしているだけじゃ無いのか?
ファッションロックか、まあ女学生だしな」
「言うねえ~。
こう見えても女がてらロックバンドなんかやってんだ、馬鹿な男共から身を守るために俺等強いよ」
絹坂が六弦の後ろで私は違う違うと手を振っている。
「なるほど力尽くがお望みか。ロックじゃ無くてマゾか」
ここは本当に由緒ある女子校なのか武闘派の女性ばかりに出会っている気がする。まあ古川が言う通り女子校のイメージが崩れ去っていくな。
まっ影でコソコソ悪口を叩かれるよりは気持ちいいか。
「てめえ」
「確認だが俺が勝てば犬のように尻尾振ってくれるんだな?」
彼女がこの場に集まった女子のリーダーで間違いないだろう。ならばリーダーを落としてしまえばあとは楽になる。
「おもしれ・・・イタッ」
六弦の頭を後ろにいたもう一人のショートカットの少女西鼓がスティックで叩いた。
「痛いよ~西鼓」
「お馬鹿な口は閉じなさい」
涙目で振り返る六弦を西鼓が一喝する。
「むーーーーーーーーーー」
頬をハムスターのように膨らます六弦に先程までのロックは消えた。ただの馬鹿だ。
もしかして俺はリーダーを見誤った?
「先生、馬鹿が申し訳ありませんでした」
西鼓は六弦の頭を抑えて下げさせる。
「いやまあ気にはしていない、協力してくれるんなら・・・」
「でも馬鹿が言うように私達に野上さんを売る理由がありませね」
大人のような態度で大人のように立ち回る。
西鼓が言うように、柔道部の覇権争いと違って此奴等には利害関係に無い。なのに下手に手を出して火傷をしたくないと思うのは、実に合理的で結構。
だがそれならロック少女の方が手強かったな。合理は俺の土俵だぜ。
「おめでたいな」
「どういう意味です」
「明日俺が負ければ、即ち理事長の権威失墜を意味する」
「何だよお前も権力の犬じゃ無い・・むぐぐぐぐぐ」
六弦が横から茶々と入れようとして絹坂が口を塞ぐ。
「校長が実権を握れば、真っ先に目障りな連中はリストラするだろうな」
俺は古川を指差しながら言う。
「えっ古川ちゃんクビになっちゃうの?」
絹坂が驚いたような声を出す。
「当たり前だろ。ちゃらんぽらんな古川が先生やってられるのはギリギリ一線を越えてないのと、教育には毒も一興と考えている理事長の差配だよ。
これに異を唱える校長が実権を握れば古川はクビ、由緒ある女子校に相応しくない軽音部も廃部だな」
嘘八百とは言わないが全部俺の憶測、だが筋が通っているだけに信憑性がある。
「えっ部活無くなっちゃうの!?」
古川がクビより数倍驚いた声を出す六弦。
「ロックなんだろ、寧ろ部活動なんかするなよ」
ロックなら部活動じゃ無くて放課後勝手にやった方がそれっぽいだろ。
「そんなこと言うなよ」
「えぇえ!?」
六弦が泣きそうな声で俺に訴え、みんなの前で泣くものかと必死に涙を堪えている。
「先生、琴は先生と違って繊細なんですから虐めないでください」
え~俺が泣かせたことになるの?
「そんなみんなと一緒にいられなくなっちゃうの?」
「そんなことないから、泣かない」
「・・・」
「おい、謝っておけよ」
古川が俺の背後に回って肘で突きつつ小声で言い、六弦の回りに集まった生徒達は俺を非難する目で睨んでくる。
なんか知らないうちに俺は女の子を泣かす悪党になったようだ。
不合理すぎないか?
「いや先生ちょっと言い過ぎた。まあ、そういう可能性があるってことで確実じゃないから。
いや、そもそも先生負けないから、そういう事にならないから」
くそっなんで俺がこんな事を、ロック少女ちょっと繊細すぎないか。
「分かりました、先生と利害の一致と言うことで協力します。
何をすればいいのですか?」
西鼓が腹を決めたように言う。
「いいのか? 意外と息を潜めていれば見逃して貰えるかも知れないぞ」
何か彼女達を巻き込むことに罪悪感が出てきた。打算無き少女の涙は卑怯過ぎる。
「そんなのロックじゃありませんから」
おーおーラスボスこそロック少女だったか。
だがなんかこのままだと気分が良くないな。
「いい返事だ、今から俺達は一蓮托生と行こうか。そうなるとお前達にも勝ったときのリターンが無いとな。
何か希望はあるか?」
当初はちょっと情報を貰えればいいやくらいだったのに、なんか自ら泥沼にはまり込んでしまったな。
「別に私達はそんなつもりで協力するわけじゃ・・・」
まあロック少女としてはそう言わないと面子が立たないよな。つまり即物的な物、金ではまずい訳か。
「よし、報酬として勝ったらライブをセッティングしてやろう」
ライブなんてやったことも見たことも無いが、当てはある。
「ほんとかっ?」
「ちょっと琴」
西鼓を押しのける六弦から涙は消え去り、笑顔で問い掛けてくる。
そうそう、利益誘導餌で釣ってこそ俺。協力者にはやる気が無いとな。
ロック少女だろうが、欲望こそ原動力。
「約束は守る。それでお前達には野上の情報を集めて欲しい」
野上のことだ、俺の勘違いでいい人だったなんて事が無い限り親の権力を嵩に柔道部だけで悪さをしていることは無いだろ。絶対に他でも悪さをしているはず。
「それだけでいいんですか? この際ですから遠慮は無しでお願いします」
西鼓も覚悟を決めたようで何よりだ。
「できるなら実際に野上の悪行の被害者、もしくは目撃者に会わせて欲しい」
女子校の百合じゃ無いが、女だけしかいない園ではよくあることで格好いい彼女達は女生徒達の間で人気があるらしい。彼女達が声を掛ければそれなりの効果も期待できる。
「証人ですか」
「噂だけで人を陥れるわけにはいかないだろ」
「分かりました」
「それと出来ればこっちがメインかな」
この娘なら多少踏み込んで大丈夫だなと見切り俺は意外と純情な六弦に聞こえないように耳元で囁いた。
「えっちょっとそんなこと」
流石に買い被りすぎたか西鼓も顔を真っ赤にしているが今更引けない。
「見付けるだけでいい、後は此方でやる」
「あなた何をするつもり?」
「やるからには徹底的にやるだけさ。
相手の牙を残したら反撃される」
「怖いのね」
「裏切るか?」
「いえ。あなたを敵にしたくないわ」
嫌われて味方に成るとは実にけっこう、俺らしくていい。
「よし、行動開始だ。
お前達のロックに期待しているぜ」
彼女達はライブが出来ると聞いてやる気に溢れ部室から出て行き、俺が残される。
くっく、野上お前の心ぽっきり折ってやるぜ。
俺は混み上がる歓喜に見られたら裏切られるような悪党顔で笑むのであった。
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