第366話 憎めない男

 小鳥のように木々の上を駆け抜けて行く涼月の後ろ姿を見送りつつ思う、禍転じて福と成す。終わってみればいい取引だった。

 少々プライドを削って太鼓持ちをしなければならないが、ある意味事件解決に向けて最適な魔人を雇えた、しかも無料で。浮いた金で給料も出せる。

 俄然気合いが入ってくる。

 明日俺の思惑通りにことが進めば、予想を覆して短期決戦になる。長期戦を想定して多少ブレーキを掛けていたが、その必要も無くなった。

 あらゆる手を使って明日は勝ちにいく。

「お安くないね~」

「!」

 気合いが入ったようでも、やはり涼月が帰って気が抜けていたのであろう。気配に気付くこと無かった背後から不意に声を掛けられた。

「古川!?」

 振り返れば古川がいた。

 油断した。

 いつからいた涼月との会合を見られた?

 会話を聞かれた?

「女子生徒と逢い引きとは羨ましいこって」

 古川はニヤニヤ嫌らしい笑みを浮かべながら近付いてくる。

 涼月との会合は少なくとも見られたか、金か?金を強請る気なら問題ない。惜しいが必要経費で落とせる。

 だが万が一にも校長派に寝返るというなら。

 ぐるっと見渡せば幸い誰もいない。

 ちょいと行方不明になっても、今の学園なら問題にならないかも知れないな。

 可哀想だが、俺も先程の涼月との取引で後には引けなくなっている。

「そんな羨むようなことでは」

 嘘じゃ無い。ニトログリセリンを取り扱うような交渉をしていただけ。そんなスリルが欲しいなら、今すぐにでも味合わせてやる。

 俺はゆっくりと腰を落としておく。

「なあなあ、今の子すっげえ美人じゃん」

「はあ?」

 あまりに意表を突くマヌケな台詞に俺も気が抜けた声を出してしまった。

「おたくの彼女?」

「違うっ」

 思わず口調が強くなった。

 あんな怖い女が彼女なんて何の冗談だよ。仕事を一緒にする分にはまだいいが、一緒に日常は送れない女だ。

「なら紹介してくれよ」

「本気か?」

 素で問い返してしまった。

「本気本気、あんな美人さん独占したい気持ちは分かるけどさ。ちょっとくらい幸せをお裾分けしてくれてもいいじゃん」

「付き合いたいのか?」

 俺は演技で無く本気で恐る恐る尋ねた。

「男ならあんな美人さんと付き合いたいに決まってるじゃん。せめてお友達でもいい、男は美人さんと話すだけでも幸せになれる」

 嘘や演技をしているようには見えない。

 男の本能に忠実な奴。こういう奴は女にもてるために俺には信じられないような影の努力をしている場合がある。

 此奴はどうかな?

「いや~でもちょっと彼女は」

 俺にとって利があるわけじゃ無いが袖触れあうも多生の縁、誰もが腫れ物を触るように扱う中どんな思惑があるか知らないが一応俺の味方をしてくれると言った男、俺は善意で古川に忠告する。

「ちっなんだやっぱり彼女なのか」

「いや今の彼女は・・・」

 LoverじゃないSheなのだが古川は俺に最後まで言わせてくれない。

「幾ら俺でも人の女には手を出さないよ。

 まあしゃあないか、なら代わりにコンパでもセッティングしてくれよ。お前根暗そうな顔して意外といいコネもってんじゃん」

 悪かったな。

「それで今のことは黙っていてくれると」

 合コンをセッティングするのと此奴を数日行方不明にするのと、どっちがコスパいいだろうか?

 合コンをするなら下膳に頼めばセッティングはしてくれるが、金が掛かる。

 古川を気絶させて牢屋にでもぶち込んだとして、経費は掛からないとしても関係各所への根回し上司へのお伺いなど手間が掛かる。

 金か手間か、どっちを取るか?

「おいおい、見くびるなよ。告げ口なんかしないって。

 そもそも俺校長嫌いだから、そこ重要よ」

 古川は俺の胸を指しながら言う。

「そういえば何で俺の味方に成ってくれるんですか? 校長に睨まれたら学園にも居づらくなりませんか」

 俺はどんなに嫌われてもやがていなくなる旅烏、だが古川はこの学園に就職している正規の教師。この後も学園に勤めるのなら波風は立たせない方が無難なはず。それとも大久同様に俺を通じて理事長に取り入ろうという野心家なのか。

「あっそれ、俺もう辞めるつもりだから」

「えっ」

「女子校って言うからもっと華やかで楽しいと思っていたのに何か違うんだよな~。

 俺が生徒と楽しく会話すると校長も教頭もうるせえし、老害の嫉妬だぜ」

 肩を持つわけじゃ無いが、なんとなく校長や教頭の方が正しいような気がする。下手に仲良くなると不祥事の巻き添えを食わされる男なんじゃ?

 俺がもしここの教師だったら距離を置くな。

「辞める前に一泡吹かせてやるぜっと思っていたらお前だ。

 俺は喜んで協力するぜ」

「そうですか」

 喜色に満ちた顔に嘘は覗えない。本気で校長教頭が嫌いなようだ。

 しかし愚かだ。立つ鳥跡を濁さず。次の就職するときのことを考えてないのか?

「だから合コンは合コン、協力は協力、別ね」

 手でジェスチャーしながら古川はしゃべる。

「分かりました」

 なんとなく憎めない男に俺は折れた。仕方ない金は掛かっても合コンを開いてやるか。

「おっし。それで俺は何をすればいいだ」

 正直何も考えてなかった。だがやれることは全てやると決めた以上、使えるコマは使い潰す気で行く。

「そうですね。もてるようなので合コンでも開いて貰いましょうか?」

「はあ?」

 ふっ意表を突かれてばかりだった俺だが、やっと古川の意表を突いてやったぜ。


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