第364話 ドンファンと犬
このっ女。
ムカッとしたが抑えろ、この女は俺をからかって楽しんでいる。ここで切れたら俺の負けだ。
そもそもどんな思惑か知らないが涼月が敵である俺に簡単に目的を教えるはずが無い。
だから、これは想定内。
何もむかつくところなど無い。
怒ったら負けならと逆を行け。今こそ感情を切り離す仮面スキルを活かすとき。
「お茶目な奴だ」
俺が笑って涼月の方に顔を向ければ、涼月はふふん頑張るのねとばかりの挑発するような目を向けてくる。
「女の秘密を何でも聞きたがるのは、野暮よ」
涼月はその細い指で俺の唇を押さえる。
抑えろ抑えろ、今の俺はこの怒りを可愛いと変換するドンファン。
「ふわああっ」
俺は敵意も悪意もお茶目な子猫ちゃんを眺める微笑ましさに反転させて突き立てられた涼月の指をぱくっと甘噛みしたら、涼月から耳を疑う可愛い嬌声が漏れた。
攻め時とばかりに調子に乗って外国人がよくやるように親愛のハグをしようとしたが涼月は俺の両腕を回潜りするりと逃げた。そして俺が振り返って涼月の姿を再捕捉くしたときには近くにあった木の枝の上に座っていた。
本気で雌豹のようにすばしっこい奴だな。
「どうしたんだい? 処女じゃあるまいしこの程度で照るような君じゃないだろ」
俺は外人がよくやるように両手を広げ笑顔で好意を示す。
「少し調子に乗りすぎじゃ無いからしら」
俺を見下ろす涼月の目は冷たかった。今の涼月なら依頼に関係無く個人的な怒りで俺を殴り殺しそうだ。
だが、涼月の掌の上で遊ばれていたペースを俺に戻した。
次の一手をどうする?
しくじれば再び涼月のペースになる。
まず考えるべきことは駆け引きの根底、涼月の目的は何だ?
涼月はこの学園が複数の女生徒が失踪しそれが騒ぎになっていないことを知った。そこから涼月は何かの為にわざわざこの学園に情報収集に来て、あわよくば俺を巻き込んで利用しようとした。
何かとは何だ?
ターゲットがこの学園の教師とかなら俺を巻き込むメリットは無い、寧ろ退魔官である俺に知られるのはデメリットでしか無い。
わざわざ俺をいや退魔官を巻き込むというなら、当然魔か?
退魔官でも無いこの女が何の為に?
考えるまでも無い、雨女が動くなら当然女の復讐を果たす為だ。
つまりこの女は俺でもまだ掴んでいない少女を失踪させる何かについての情報を持っているというのか?
この推理は無理な飛躍は無い筋が通っている。ならばこの推理を基礎にして涼月への対応を検討する。
涼月だけが掴んでいる情報は是非提供して貰うとして、涼月の最終目的がこの学園に潜む魔だというなら協力して損は無い。涼月の思惑通り掌で踊ることになったとしても最終的にこの学園に潜む魔を解決できるなら仕事を果たせて俺としては万々歳だ。
プライド?
魔の退治といったところで、所詮俺では魔を退治することは出来ない。情報を集め魔の正体を掴んだところで旋律士を雇うことになる。
俺は所詮他人にやらせるのが仕事。
金を払って旋律士に魔を退治してもらうのも、プライドを売ってダークヒロインの太鼓持ちになって魔の退治に同行しようが、魔がいなくなったことを確認できれば結果は同じになる。
寧ろ金を払わなくて済む分合理的にお得だ。
そうだこのなんとも言えない感情を無視すれば実に合理的だ。
「それについては君には過失があるんじゃないか」
「どんな?」
涼月は開き直るセクハラ親父を見るような視線を俺に向けてくるが、ここでそんなものを感じて怯むようじゃドンファンじゃない。
「モテナイ男に不用意に近付きすぎだ。あれじゃ誤解してもしょうが無いじゃ無いか」
「開き直るの?」
涼月は満員電車で手が当たっただけと言い分けする痴漢を見る視線を向けてくるが怯んじゃいけない。
「開き直るも何も君がチャーミング過ぎるのは事実さ」
ウィンクした俺を見る涼月の目に冷たさを超えた殺意が籠もった。
「私物理攻撃でも強いわよ」
「君に殴り殺されるなら本望と言いたいが、嫌われたままというのは死んでも死にきれないな。俺はどうすれば君に許して貰えるのかな?」
あくまでドンファン、笑って言う俺にとうとう涼月の目から感情が消え無言。
「すいませんでした、調子に乗りすぎました。
どうしたら許して貰えますか」
これ以上の進撃は被害を拡大させるだけだと悟った俺は方針を一転させて誠実に頭を下げて謝って聞く。
「ふ~ん、私に許して欲しいだ」
おっ涼月の凍り付いた表情が少し和らいだ。
もう少し押せばいけるか。
涼月の目的も俺に何をさせたいのか分からない。だったら下手な頭で推理するより向こうに言わせるのが一番合理的だ。どうせ向こうだって何時かのタイミングで俺に要求するつもりだったんだ、問題はその際に何処まで情報を引き出せるかだ。
「はい是非許して貰って、微笑んで欲しいです」
プライドなんて捨て去って犬になって尻尾フリフリ。最後に笑えればいいのさ。
「しょうが無いわね。ならこの学園であなたが調査している情報を私に定期的に報告して貰えないかしら」
まだ目的は悟らせないつもりのようだが、女子生徒にいたづらをしている男性教諭の情報を寄越せとかの具体的な情報で無く俺が調査した内容を要求されたことで俺の推測が大筋で間違ってないことは分かった。
「あなたに定期的に会えるなんてご褒美ですね」
「あらいいの? おまわりさんが悪の美少女と密会なんかして。
私としてはレポートをメールで送って貰えればいいんだけど」
それじゃあ俺が情報を一方的に提供するだけになる。少々面倒でも会って表情や会話から此方も情報を引き出さなければリターンが無い。
「そんな悲しいこと言わないでくだいさいよ、あなたに会えないなんて拷問です」
下手下手、俺はご主人大好きな犬。会えないなんて犬にとって死と等しい。
「そう魅力的過ぎるのも罪ね」
涼月も髪をさらっと掻き上げたりして乗ったふりをしている。
「でも確かにあなたがいう取り、あなたとの密会を誰かに知られたら問題になってしまいますね。そうなるとあなたに二度と会えなくなってしまう。
何かいい策は無いですか?」
ご主人大好き純粋無垢な犬はご褒美を期待する目で涼月を見上げる。
「あなたに迷惑は掛けられない。レポートだけで私は我慢するわ」
流石にそこまで涼月もチョロくはないが俺もこの取引では引けない。
「あなたに会う罪を帳消しにするほどのメリットがあれば堂々と大義名分を振りかざすことができます。
何か無いですか?」
俺はここで最後のレイズアップ、ここで涼月が降りるなら俺もあっさり降りる。
賭は熱くなって執着した方が負ける。一応最低限の小島の行方についての情報は手に入ったんだここで降りても今なら損は無い。
さあ、涼月は乗るか降りるか?
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