第363話 ひ・み・つ
「お前」
絶句した訪ねてくるだけでも何なのに、まさか校内に入ってくるなんて。
こんな場面を誰かに見られたら、俺が仕事をさぼって生徒と逢い引きしていると悪意ある誤解をされる。速やかに追い返さないと。
「来ちゃった」
涼しい声のままに淡々と可愛い恋人が訪ねてきたような台詞を言う。
「何を考えている?」
この女が俺の居所を知っていたことに関しては驚かない。この女は何かしらの情報網を持っていることは察しが付いていたからな。
だがわざわざ何しに来た、それが予想出来ない。
俺をからかうためだけに制服まで用意して来たのか?
涼月が来ているのは間違いなく音畔女学園の清楚さをイメージした白地が水色っぽいセーラー服。由緒ある女学校の制服とあってマニアの間では人気があるようで、生徒以外が手に入れるならそれなりの値段がする。そこまで金と暇を持て余してるのなら羨ましいことだ。
「あら、約束を果たしに来ただけよ。
約束を守らない女は嫌いでしょ?」
そう言って涼月は胸のポケットからUSBメモリを取り出して俺に差し出した。
そう言えば小島の行方についてチンピラから聞き出して報告すると約束していたな。 色々あってすっかり忘れていた。
小島に不幸が襲い掛かったまでは分かっている。問題はその後どうなったのか。もしあのチンピラ共に売春組織とかに売られたとかなら小島の失踪に魔は関係無いことになり、知り合いの刑事にリークしてやれば事件解決。小島も助かり栗林も友達が見つかって喜び俺も刑事に恩が売れる上に4人に割いていた調査のリソースを3人に集約出来る。仮に違ったとしても確実に今よりは小島に何が起きたのか分かるといいことしかない。
あのチンピラがどうなったか何て考えてはいけない。
「これで契約終了だな。
わざわざ自ら届けてくれるとは意外と律儀だな。跡を付けるなんて無粋な真似はしないから早く帰るんだな」
魔の力を使った復讐代行。
本来なら退魔官である俺が追わなければならない案件であり、黒星案件。
キャリアに付いた傷を払拭するためにも死に物狂いで追いかけて解決しなければならないが、フォンの事件のどさくさに紛れ何となく放置していた。
こうしてみると雨女事件、ポニーテールの女と一季節も経たずに俺の経歴に黒星が既に二つも付いている。キャリアの出世競争を早々に脱落しそうな成績。
ただ幸か不幸か退魔官のブラックを超えたダークぶりは業界に知れ渡っており、新規の成り手がいないのが現状。ある意味俺の寡占独占、独占禁止法に引っ掛かりそうなほどである。俺の努力で業界の待遇が向上でもしない限り、安泰の職業。その代わり命がいつでも風前の灯火だがな。
「嫌よ」
涼月は俺の誠意をあっさり拒否した。
「何!?」
「折角だから校内を案内してよ」
素っ気ないようで何処か甘えた猫のような口ぶりに、恋人ならメロメロで二つ返事で了承するだろうが、何処が折角なんだよ。そういうのは久しぶりに再会した恋人にでも頼むもんだろ。俺とお前は官権と犯罪者の宿敵だろうが。
「断る。校内を見たければ勝手にしろ。どんな思惑があるのか知らないが、今日一日は義理で黙認してやる」
会話の流れからの俺への嫌がらせならいいが、それにしては制服を着てきたことが引っかかる。
最初から校内に入るつもりだったと考えれば筋が通る。
次のターゲットの下調べか?
単純に悪さをした教員の下調べなら、俺の知ったことじゃない。馬鹿が自分でしでかしたことの報いを受けるだけ。校長なり誰なりの水死体が上がったところで、調査命令が来なければ俺には関係無いし、来たところで引き受ける気もない。
だが敢えて俺を呼び出して案内させようとしているのが気になる。
まさか俺に会いたかったなんて思うほど俺は頭ハーレムじゃ無い。ならば俺を巻き込むのが目的か。だが俺を巻き込んで何をするつもりなのか、現時点では情報が少なすぎる。もう少し化かし合いが必要なんだが、正直関わり合いたくないな。
「冷たいのね。見捨てないでって縋り付いて泣き叫んであげましょうか?
良かったわね。あなたも女をやっと泣かせた一人前よ」
明日の大勝負を前にしてそんな醜聞を晒すわけにはいかないと表情に出てしまった俺の顔を見て涼月はクスッと僅かに微笑んだのを俺は見逃さなかった。
笑った涼月の天使の笑顔を見て俺は確信した。
この女は俺を困らせて楽しんでいる。
俺は深読みしすぎたようで、純粋にこの女は俺を困らせて楽しんでいる。
そういう事なら俺もこのまま引き下がれない。
「そうかそうか、それは嬉しいな」
「えっ」
澄まし顔の涼月の目が少し見開いた。
「澄ました顔しているから分からなかったが、お前俺のことがそんなに好きだったのか」
小賢しい策は馬鹿が天敵、柄じゃ無いが馬鹿になるのが一番この女には効く。
「何を言っているのあなた」
小鳥のように小首を傾げる涼月は可愛いが本気俺が何を言っているか分かってないようだった。
「だって俺と少しでも一緒にいたいんだろ。だからそんな口実まで作って可愛い奴だ」
「頭大丈夫?」
世界は主観の数だけ見方は変わる。
俺がそう思えばそれが正しい世界。
「照れなくてもいいぜ。しゃーないそこまで言うなら案内してやるよ。
さあ行こうぜ」
涼月の横に並び恋人のように肩を組もうとしたら、するっと逃げられた。
「面白くないわね。
冗談はここまでにしましょうか」
「なら本題を早く言えよ」
絶対主目的は俺をからかうことだったと思うが俺は問い掛ける。
「小島さんのことで違和感を感じたの」
「違和感?」
「誰も小島さんのことを騒いでない、両親すら捜索願を出して終わり。
警察が家出と断定して本腰を入れないのはいつものこととして、普通女生徒がこれだけ行方不明になったら学校とかマスコミがもっと騒がない?」
用心深いことに俺に報告する前に涼月はこの学園のことを調べたな。そして小島の他にも失踪している女生徒がいるのに騒がれていないことに気付いたんだな。
「そこに気付くとは流石巷で噂の雨女。
だがお前に何の関係が?
お前は金で復讐を果たす悪女だろ。今更正義の魔法少女には成れないぜ」
「それはね」
涼月は俺の耳にあのイチゴのような唇を近づけ擽るように囁く。
「ひ・み・つ」
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