第362話 飛び込み
翌日、朝早く登校した俺は職員室で待ち構え、登校してきた先生に端から声を掛ける。
「お願いします。協力してくれませんか」
「悪いが他を当たってくれ、忙しいんだ」
まだまだ大学生、ケツの青い小僧の俺が頭を下げて年配の先生にお願いするが返ってきた答えは冷たい。
生徒を導く聖職である教師なら少しは情に動かされていい気がするが、校長に睨まれたくないという俺並みの合理的判断。
まあいいさ。所詮は陽動。
白前が仲間に成ったことは悟られてはいけない。悟られれば校長派はその権力を使って全力で妨害してくる。だからまだ協力してくれる先生が見つかっていないフリをするために、先生方に声をかけ続ける。
飛び込み営業並みの断られ方だが、行動が目的なので徒労感はない。
まあそれでも疲れるので、午前中一杯くらいで諦めたフリをして辞めよう。午後は外出許可を貰って大久の様子を一度見に行ってみるか。
「おはようっす」
また一人登校してきた。年は俺と大して変わらない大学を出たての感じで教師よりフリーターっぽい男。
服装も少し着崩した感じでだらしない。確か古川だったか。俺とは気が合わなそうな男だがどうでもいい。頼むのが目的だ。
俺は早速席に着く古川の傍による。
「なによ」
古川がぞんざいに言う。俺は校長派に睨まれている厄介者、協力したところでこの男に何の得も無いし俺からも提示できない。
実に予想通りの流れに、悩むこと無く次のステップに進んでいく。
「知っていると思いますが、俺に協力してくれませんか?」
「いいぜ。俺この後授業だからそれ終わったら手伝ってやるよ」
「そうでうか、えっ!? それって」
流れが狂わされた。
見た感じから、めんどくさいことには関わらないで楽に生きていくタイプだと思っていただけに予想を覆されたのが信じられない。
「おはようございます」
教頭が職員室に入ってきた。
「ほら行った行った。睨まれちゃうぜ」
古川が手をいけいけと振るので俺も大人しく従い席に戻った。
まさか協力してくれる先生がいるとは。
古川は行方不明になった生徒達との接点は何も無いので正直ノーマークだった。実際この男が味方に成ってくれても何か役に立つとは思えない。
それでもゼロだと思っていた味方が1人いた。
営業の数撃てば当たる理論は無駄の極みだと馬鹿にしていたが、犬も歩けば棒に当たるとは真理かもな。
「教頭先生、これでいいでしょうか?」
先生達が自分の担当クラスのHRに出掛け閑散とした職員室。担当クラスも授業もない俺はこれから放課後まで暇なことになっている。その時間を使って色々しようかと思っていたら、同じく職員室にいた教頭に捕まり書類業務を押しつけられた。
教師といっても社会組織である以上色々と書類業務がある。主に教頭が処理していたようだがそれの一部を押しつけられた感じだ。
嫌がらせかと思い反発してやろうかとも思ったが、暇な部下に上司が仕事を割り振っているだけと考えれば何も可笑しいことは無い。
こう見えて書類業務は退魔官の主業務とばかりに如月さんに鍛えられている。実際華々しい旋律士の影で俺は経費申請や関係各所への通達などなど書類業務を実働時間並みに使って処理している。おかげで上がった事務処理能力、ましてこれは各クラスの学力データをまとめるだけの仕事、理系の俺にとって手こずるわけにはいかない。
「うむ。いいじゃないか」
俺がまとめた資料にざっと目を通して教頭が言う。
拍子抜けだな。絶対に何かいちゃもんを付けてくると思ったんだが・・・。
もしかして授業も無くぼっちの俺に気を遣って仕事を振ったのか?
「ありがとうございます」
ついつい部下モードで返事をしてしまう。
「これは他意はないと断っておくが、君はこう言っては何だが教師には向いてないな」
「そうですかね」
そうだよ。
他人に言われるまでもなく、そんなこと俺自身が身に染みて分かっているよ。
他人を教え導き成長する姿を見て何が楽しい? 自分が成長する方が大事だろ。
「人に合わせるのとか苦手だろ」
「はあまあ」
これでも昔の失敗から空気を解析して推測して合わせる演技はしているつもりだが、自然で無く演技であることを見透かされてる?
「だがこういう仕事はここにいるどの教師より手際がいい。実際こんなに早く終わるとは思ってなかったよ。
だが普通の会社ならそれが評価に繋がるが、ここは学校で教師だ」
なんだろうな。事務的に淡々と流していた高校時代の教師より俺の適正に沿ったアドバイスをしてくれているような気がする。
「教師の仕事は生徒に教えることですからね」
「何が言いたいかというと、人には適正がある。
君は教師は諦めて、その分の労力を使って官僚とかエンジニアを目指した方がいいと思う」
流石教頭、現場のトップを務めるだけあって人を見抜く目がある。
実際自分でもそう思ってエンジニアを目指して大学に進学して、狂った運命に導かれて半分官僚になっている。
教頭が見抜いた通りなら俺は天職に就いているのかな?
「御忠告は肝に銘じますが、芸は身を助ける。資格は持っていた方がいいでしょう?」
今回は半端に持っていた教員資格のせいでめんどくさい仕事をやる嵌めになったが、前向きに考えればじいさんとのコネが出来た。エンジニアへの就活に失敗したら雇ってくれるかもな。
「まあそうだな。
教師への情熱は無しか」
教頭は何処か呆れたような感心したような感じて言う。
「ならば現実が見えている君になら言っておいていいだろう。
正直野上家については苦慮している」
「そうなんですか」
「援助はありがたいんで無碍には出来ない。結果媚びを売るような感じに成り生徒の増長を招く」
まあ誰だって好きで媚びを売りたくはないが、学園の指導部としてはそこを曲げて頭を下げなければならない。聖職者といっても霞を喰う仙人でもない以上、金が付き纏うのはサラリーマンと変わらない。
「だが君の対応も悪い。あの手の生徒はたびたび出会う。その度にこんな大事にしていては教師は続けられるものじゃないよ」
まあ何処に行ってもああいうのはいるだろうな、学校だろうが会社だろうが。
あの場の正解は適当なところで負けてお嬢様に華を持たせてやることだった。それを俺は思いっきり子分共の前で勝ってお嬢様の面子を潰してしまった。
そりゃ仕返しをしないとお嬢様の面子は保てないのはヤクザと一緒。
「ならどうすれば良かったと? 後学のために教えてください」
この老獪な教頭ならもっといい方法を知っているかも知れないと期待して聞く。
「まずは頭を下げろ。そうすれば何とかなるもんさ」
なるほど非が無くても頭を下げるプライドなんてクソ喰らえのサラリーマン戦法なのは教師も同じか。
「それにあれは会話が出来るだけマシな方だぞ。モンスターペアレンツとは会話にすらならないからね」
「その場合は」
「頭を下げて耐えろ。な~に幾らモンスターペアレンツでも無限にはしゃべれない」
事も無げに言う教頭を見ると俺は教師は出来そうにないと確信してしまう。
最後に勝つ家康でも、耐えて頭を下げる続けるには俺の器量は小さすぎる。
「参考にさせて貰います」
「意外と素直だな」
「それ・・・」
ピンポーンと教頭と大人の話をしていたらインターホンが鳴った。
「失礼します」
俺は教頭に断ると傍にあった電話をインターホンモードにして取る。校門に警備員でもいればこんな対応を教師がする必要が無いが、少子化のご時世私立でそこまで余裕のある学校は少ない。いないから来客対応は教師がせねばならず、当然下っ端教師の仕事になる。
「はい、お待たせしました」
『あら、意外。あなたが出るとは思わなかったわ』
耳に心地いい鈴の音のような声だが、俺の背中に汗が浮かぶ。
「どういったご用件でしょうか?」
『へえ~ちゃんと対応出来るのね。もっと破天荒な対応すると思ってた』
「はい、直ぐに伺いますのでお待ちください」
俺は電話を切った。
「教頭ちょっと面倒そうな来客が来たみたいなのでちょっと行ってきますね」
「そうか。手に負えないと思ったら呼んでもいいぞ」
「その時はお願いします」
俺は職員室を出て裏門に向かうのであった。
何を考えているんだ彼奴は?
このまま迂闊に会って誰かに目撃されれば、また余計な波風が立つ。これ以上のトラブルは流石に背負いきれない。誰にも目撃されないように、速攻であって速攻で追い返すしか無い。
出来るだけ人目に付かないルートを選び、遠回りに成るが体育館の裏を通って裏門に向かって行く。
「お急ぎね。そんなに私に会いたかった?」
横を見れば音畔女学園の制服に身を包んだ涼月がいるのであった。
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