第361話 ないすフォロー
個室の扉を開けば、部屋から溢れてくる煌びやかな照明に音楽。
喉を潤すドリンクに食欲を刺激するチープな脂の匂いを放つ揚げ物やデザートが置かれたテーブル。
何よりテーブルを囲む四人の麗しい女性。
落ち着いた大人の女性からスポーツ少女にギャルと幅広い球種。
ここがキャバクラやクラブだったら一晩で数万が消えそうなVIP待遇。
だが残念なことにここはVIPルームじゃなく、誰にも見られず未成年が出入りしても可笑しくない場所として白前との会合場所に選んだカラオケルーム。
俺がカラオケルームに一歩踏み込めば
歌は止み
和気藹々とした空間は凍り付き
四者四様の反応が返ってくる。
白前はいざとなったら生徒を守ろうとする母猫のような警戒心を漂わせ、白前が連れてきた二人の生徒の内一人は敵対心を露骨に表し一人はこの事態を見極めようと平然としている。
「へろ~少し遅刻よ~」
テーブルを挟んで三対一で着席し一人座っている栗林は馴れ馴れしい。
「すまない。これでも急いできたんだ許してくれ」
俺は取り敢えず空いているお誕生日席に座る。
「ゆるすゆるす~料理一品で許しちゃう」
「分かった」
あっさり認めてやる。
スポーツ少女とギャル、水と油のような関係で1人距離を取られても場を暖めて繋いでいてくれた事に対する感謝とこの場唯一の味方の機嫌を損ねるのはまずいとの下心。
高いの頼んでも文句は言わないからフォロー頼むぜ。
流石に三人の女性、いや大人なら利害だけで話を進められるがお年頃の思春期の少女二人を相手にするのはしんどい。何が癇に障るか分からない上に、最初から印象は良くない敵対心ありと来れば尚更で、下手して感情的に転がったらめんどくさいことこの上ない。
地雷原を歩くが如く言葉を一つ一つ選んでいかないとな。
「やっりーふとっぱらじゃん。流石社会人」
栗林が軽く滑らせた社会人の言葉に残り2人が怪訝な顔をする。
一応俺は学生の教育実習ということになっているんだが、早速味方から軽く背中を撃たれた。
「それで聞いたけど大久を殴り飛ばしたって本当?」
栗林が軽く聞いてくる。
「とんだデマだな。発作を起こして倒れたので病院に連れて行っただけだ、好青年だろ」
それはナイスだ。そういう悪評は最初に払拭してこそいい取引が出来る。
「なんだつまんない」
栗林は関心を無くしたようにメニューを開くと料理を選び出した。
「先生どうして噂の実習生が来るんですか?」
露骨に不審感を表す少女の一人が白前に尋ねている。
「その二人が協力者か?」
俺も白前に尋ねる。
「いいえ、協力してくれるかも知れない生徒よ。
あなたの言う通り取り敢えず理由は説明してないわ」
「それでいい」
下手に事情を話して大久みたいに発狂しだしたら大事になるからな。
白前のことだから下手なカラオケにでも行こうという嘘は言ってないだろう。ただ来て欲しいとだけ告げたはず。それで来てくれるんだから白前の人望は流石だな。
「取り敢えず君達にも何か驕るから好きな物を頼んでいいよ」
まずはその敵対心を解そうと二人の少女に笑顔で言う。
太っ腹の男性が嫌いな女性はいないだろ。
「キモイからいいです」
早速癇に障ったようだ。
白前が連れてきた二人の内目つきがきつい方にキモイと言われ驕らせてくれさえしなかった。残る一人はメニューを一応手には取ったようだ。
「それよりどういうことか説明して下さい」
一息付く間も与えず俺にきつい方がぐいぐい詰め寄ってくる。
「分かった説明する。
もう知っていると思うが俺は野上と敵対している」
「ええ、知ってるわ」
白前が連れてきた少女二人、あの日野上との勝負を観戦していたことだろう。白前が連れてきたということは野上に思うところはあるのだろうが、それでも俺を助けてはくれなかった。
つまり野上に積極的に敵対する気は無いということなのか、ただ単に軟弱な男が嫌いなのか。
「俺と野上の勝負を見てどう思った?」
柔道部にいる以上多少なりとも強さに価値観をおいているはず。ならが勝者である俺をリスペクトしてくれていると話が進めやすい。
「卑怯者」
おっと尊敬からはほど遠いお言葉が飛び出てきたぞ。
「ちなみにどっちが」
「どっちもよっ。あんなの柔道じゃない」
卑怯者なのにどっちも自分より強い事実が苦々しくてたまらないのか叩きつけるように叫ぶ。
「ありがとう」
俺は兎も角やっぱり野上も色々と犯則技使っていたんだな。そしてそれに対して憤慨しているところを見ると白前の薫陶を受けているスポーツ少女。でも試合を止めなかったところを見ると野上には逆らえない力関係あり。
柔道部全員が野上の子分になっているわけじゃない、力さえあれば下克上を狙う者が目の前にいる。
つまり潜在的にはもっといる。俺が野上を倒せると示せれば同調者は増えるか?
「私何か感謝されるような事言った?」
「つまり、え~と」
「橘井 知。名前呼びは止してよね」
自意識過剰なのか俺が軽い男を思われているのか。まあ初日の栗林とのやり取りの噂を聞いていたら後者かな。
「橘井さんは俺なら野上と対等に戦えると思ってくれて訳だ」
「どうしてそうなるの?」
俺を見る目が益々きつくなる。
性格はこの歳の少女にありがちな強気できつそう。なるほど野上とは反りが合わなさそうだ。
「目には目をというじゃないか、ダーティにはダーティだと思わないか。
その点君達が尊敬する白前は少々潔癖よりだ」
「先生を呼び捨て」
よほど癇に障ったのか俺を殺しそうな目付きになる。
「俺も先生だ問題ない。あっでも俺より年上か・・・げふんごほん」
白前の目つきも鋭くなったので辞めておいた。
「君も野上には思うところがあるんだろ。
どうだ俺に賭けてみないか、うまくいけば野上を柔道部から追い出せるぜ」
「そ・・・」
「白前先生はそんなことを望んでません。だから私達も我慢してきました」
俺の提案に橘井は一瞬食い付きそうになったが、もう一人の女生徒が突然割り込んできた。
見た感じ上級生で橘井よりは用心深く聞き耳立てて様子を伺っていたようだが、核心に触れたタイミングで急襲してきた。
これは俺に言っている訳じゃない。隣に座る白前に聞いている。
綺麗事を辞めるのかと。
今まできっと白前に何度もそれとなく具申していたんだろが、その度に高潔な白前に却下されていたんだろう。
野上だけじゃ無く白前にも忸怩たる思いを抱えていそうだ。先程のは白前への質問で無く糾弾なのかもな。
恨み深く、それでいて決裂を避けて直では聞かないしたたかさ。
怖い怖い。
「えっと名前は?」
「柔道部主将黒井よ」
三年間白前と共にいた生徒か。
「白前。綺麗事と自分どっちを取るかだと。
答えてやれよ」
それを白前から答えさせるのは酷というものだが、白前自身の口から言わせた方が納得するだろうし、これも白前の成長のため。何てたって今の俺は先生。
「私は果無に協力すると決めたわ」
白前は愛する柔道部部員達の前できっぱりと宣言した。
これでもう無かったことには出来ない、正真正銘の俺の協力者。
「本当!? どうして? 私があれだけ言っても拘っていたのに、どうして? まさかっその男に脅されているとか」
黒井は本気で驚いている。
忸怩たる思いはあっても尊敬する高潔な先生が俺みたいなクズに協力することにしたのは認めがたいようだ。
まあ俺に脅されたと考えるのが一番納得できるのは分かるが、失礼だな。
俺は脅してなんか無い啓蒙してあげただけさ。
「犠牲が出たことで白前も考えを改めた。
全ては救えないと悟ったんだよ。
だから君達を俺に引き合わせた」
「えっ犠牲って?」
さて言うかどうか?
言えば今までの例外に漏れず堰き止めていた感情の激流に晒される。下手をすれば大久のように入院してしまうだろう。
この二人は行方不明となった望月とどのくらい親しかったんだろう? 苦楽を共にしている部活の仲間ならそこらの友達よりは縁が深いだろう。
流石に夜のカラオケで女生徒と会って入院させたら問答無用でクビだろうな。
「知る覚悟はあるか?」
俺は迂闊に動いたら殺すとばかりに二人の少女を睨み付け告げた。
二人に恨みは無いが、仕事の為と割り切ったプロの殺気。
本気で殺す気はないが限りなく本物に近い殺気、二人が不用意な行動に出れば不用意な反撃をしてしまうかも知れない。
二人の性根を見極めるため、二人の性根が据わっていれば何も起こらないで仲間に迎え入れられる。
逆に相応しくなければ口封じを兼ねた多少の入院もやぶさかではない。大丈夫、帝都警察病院に入れて家族も国家権力で脅せば、数日くらい隠蔽できる。
そうバレ無ければ問題には成らない。
「えっそれってどういう・・・」
「ぐっ」
殺気に当てられどこか上から見ている態度だった黒井が狼狽え、橘井の方は負けん気で必死に俺を睨み付けてくる。
「お代は働き次第ってことっしょ」
栗林が俺達の間にいつの間に持ってきたのか山盛りのチキンナゲットをドンと置いた。
「ほら女の子を睨まない、怖がっているっしょ」
「あてっ」
栗林に頭を軽く叩かれた。
「なんでウチがいると思っているの?」
栗林は二人に問い掛ける。
「そう言えば、あなたは初日に実習生と揉めたって聞いたわ」
黒井はやはり情報通のようで知っていたようだ。
「だったら、どうして? そんな男の味方をするの」
橘井は信じられないとばかりに栗林に詰問する。
「知ったことにそれだけの価値があったからよ。忘れたままだったら後悔していた」
栗林が滅多に見せない真面目な顔で橘井の目を見ながら答えた。
「忘れた? 白前先生やあなたがこんな男に協力するほどの価値があるようだけど、それはなんなの?」
「だから、知りたかったらまずは働きを見せなきゃ」
栗林は黒井の追求にウィンクして返した。
ナイスフォローだ。
俺は仲間にする条件にしようとしたが栗林は報酬にした。あと一品追加しても許してしまう働きだ。
栗林、頭の切れはいいな。
「そんなの騙されたら働き損じゃない」
「まだ人ごとか」
黒井から漏れた言葉に俺は追求した。
「えっ、どういう意味?」
「これは柔道部の主導権争いだ。
お前達の大将は覚悟を決めたんだぞ。
勝てば白前の手に戻り、負ければ白前は追い出される。白前はこっちについて勝負をする覚悟を決めた以上後戻りはない。
お前達は野上と白前のどっちに付く?」
さて俺は見捨てられても白前は見捨てられるかな?
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