第359話 事後承諾

「うわあああああああああああはわあはははは、はひゅーーーーーーー」

 大久は絶叫を上げ続け過呼吸気味になって俯き蹲った。

「おっおい落ち着け」

 俺は大久の丸まった背中を摩ってやる。

 あんな大声を出したら誰かが様子を見に来るかも知れない、早いとこ大久を落ち着かせてこの場を離れないと。流石にこれ以上の悪評は拭えなくなる。

「俺は俺は期待しただけなんだ期待したから厳しく接しただけで期待したから励まそうと肩を叩いて期待したから怪我をして欲しくなかいとマッサージもしただけで」

「そうだ。分かる分かるぞ」

 大久の人柄を知った今なら邪心がないことは分かる。例え相手が男子でも同じ態度を取っていただろうし、男なら問題なかったかも知れない。

 だが時代は変わり相手は思春期の女子。

 バレーに真摯に取り組む熱血監督もボタンを一個掛け違えばパワハラセクハラオヤジに成り下がる。

 イケメンなら兎も角小太りのオッサン相手では女子高生は第一印象でボタンを掛け違えてしまうかもしれない。

 そして掛け違えたんだろうな。

 厳しく指導すればパワハラ。

 肩を叩くなんてセクハラ。

 マッサージなんて論外なんだろうな。

 ここのバレー部に入るような娘はバレーに人生を賭けている。そうでなかったらとっくに訴えられているだろう。

 もしかしたら柔道部以上に抑圧され歪んでいるのかも知れない。

「うわっ」

「なのになのに、なおにーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 大久が海老反りになって急に立ち上がった。

 まずいぞ。

「セクハラじゃない、スキンシップなんだ、選手になりたかったら我慢して触らせろなんて要求してないマッサージなんだ。昔はこれで上手くいっていたんだ~」

 あんたは同じ生き方を貫いていても時代は変わったんだよ。

 腹のように分厚い面の皮をしていれば苦しむこともなかっただろうが、意外と繊細で空気を察する若い感受性があってしまった。自分が合わなくなってきていることを感じつつも、下手に成功体験があるだけに今までのやり方を棄てられない。

 感じるズレを埋められない焦りを誤魔化すために居丈高に振る舞い孤独に追い込まれていく。ここ最近成績が低迷していたのも若い娘と感性が合わなくなってきたこともあるのかもな。

「分かる分かるぞ」

 兎に角今は居酒屋で愚痴るサラリーマンを慰めるように肯定してやるしかない。

「にゃにゅがわきゃりゅん。にゃらどうしてしまむらはいなくなっちゃ、ゆるうしちぇくれ~」

 立ち上がって愚痴る大久の顔には血管が浮き上がり口から泡を噴き出した。

 まずいな、興奮し過ぎて頭の血管が破裂するかも知れない。

 元々あった部員との軋轢、それに加えて島村が失踪したことによる罪の意識が相当溜まっていたようだ。

 積み重ねた年の分だけその腹のように図太くなればいいものを、そこらの女子高生より乙女な奴だ。

 よく女子校のバレー部顧問なんてやってられる男子校の方があってんじゃないか?

 まあそこは仕事だ同情もするが、正直もうめんどくさい。

「寝ろっ」

 俺は大久の背後から頸動脈をきゅっと締めた。

 どさっ、あっさりと落ちてぐったりとした大久を俺は肩に担いだ。成人男性の上に小太りなのでズシリと重い。

 ちっとんだことで体力の無駄遣いだ。

 それでも優しい俺はスマフォを取り出し救急車を呼んで上げるのであった。

 大久はこれで暫くは入院、明後日の決戦には役に立たないだろう。だがバレー部においても異常が起きていることを確認できた。

 これで三例目。

 サンプルが三つもあれば、何が起きているか推測できる。

 皆親しい者がいなくなったというのに、気にしないどころか忘れてしまっている。だが本当に忘却しているようではなく、無意識下ではずっと気にしている。ダムに水が溜まるように心労は溜まっていき、何かの切っ掛けがあればダムが決壊するように思い出す。後は溜まっていた量に応じて泣き出す暴れ出す錯乱する。もしかしたら精神崩壊まで到る者もいるかも知れない。

 生徒が行方不明になるのにも関与しているのかはまだ不明だが、精神を操る魔の力が働いていることだけは確信できた。

 しかしまいったな、このままだと俺が行方不明の生徒に訪ねて回ると大久のような犠牲者が大勢出ることになり、魔を突きとめる前に俺の方が捕まってしまう。

 原因よりもまずは対処法を掴む必要がありそうだ。

 どうしたものかと悩めば、ずっしりと重い肩に答えがあった。


「すいません」

 体育館の扉を開けて入ってきた俺を見て中で体育の授業をしていた女達が一斉にぎょっとした顔をした。

 幾ら俺がイケメンじゃなくてもその反応は無いんじゃ無いか?

「あっあなた果無君。それに、・・・大久先生をどうしたの?」

 体育の指導していたらしい女性の体育教師が駆け寄って来て、腫れ物に触るように俺に尋ねる。

「心労で倒れたようです。もう救急車は呼んでありますから心配しないで下さい」

「そっそうなの」

 俺は嘘は一切言ってないのに体育教師は声を上擦りながら答える。

「取り敢えず俺が付き添いますので、校長か教頭にその旨を伝えといて貰えますか?」

 幾ら教育実習生とはいえ長時間学外に出るなら上司に一言言っておくのが社会人として嗜み。これで俺の評価も少しは上がるかな。

 許可?それについては緊急時につき事後承諾。

「えっえええそれはいいけど、あなた意外と力持ちなのね」

 女教師は俺を見て担がれている大久を見ておろおろしている。人が倒れる緊急時に浮き足立つのは分かるが、先生たるもの生徒の前なんだから落ち着かないと。

「若いですから、これくらい普通ですよ。

 いや~丁度俺が通りがかって良かったですよ。女性では大久先生を運ぶのは大変でしょうからね」

 しょうが無い。少しでも落ち着かせようとイケメンほどでは無いが爽やかスマイルを浮かべた。

 ただでやってやる大サービスだぞ、少しは落ち着けたか?

「ええ、そうね」

 ますます顔が引き攣っていく教師だけでなく、後ろにいる女生徒も怯えた顔で俺を遠巻きにしていく。

 今更ながら、今のは人を殴って気絶させ肩に担いで平然と笑うサイコパスそのもの?

 もし大久が女性だったら、完全通報ものの絵柄。

 ・・・。

 いればいるほど誤解が深まっていくような気がする、早々に立ち去るとしよう。

「ではお願いしますね」

 俺は女教師にお願いして体育館を後にするのであった。


 大久を担いで校門で待っていると程なくして救急車が来た。救急車が停止すると救急隊員がきびきびと降りて此方に来る。

「呼んだのはあなたですね。患者は・・・」

「この人です」

 俺は肩に担いだ大久を示す。

「患者をそんな持ち方してっ」

 少しでも早く救急車に乗せようと気を利かせたのに怒られてしまった。

「まあこの際ですからこのまま運んでしまいましょうよ。後部ドアを開けて下さい」

「いやっ・・・」

「今更でしょ、急がないと」

 俺の提案に苦虫を潰したような顔をした救急隊員は救急車の後部ドアは開けてくれたので、俺は大久と共に乗り込んだ。

「私が付き添いますので、このまま出発して下さい」

「・・・分かりました」

 救急隊員は完全に諦めたような顔で言うのであった。


「患者の様子は?」

「完全に気絶している。呼吸は落ち着いている。脳梗塞の恐れもないようだが・・・」

 後部乗り込んだ救急隊員が大久の様子を調べながら言う。

「そうか」

「一応の脳を調べた方がいいだろう、近くの空いている病院は?」

「ここからだと」

「ああ、それなら指定の病院があるのでそこにお願いします」

 救急隊員達が入院先を検討しだしたので割り込んで言った。

「そうなのか、どこです?」

 搬送先を図々しくも指定する俺にムッとしながらも救急隊員は聞いてくる。

「帝都警察病院」

「そっそこは普通の患者は診てくれないぞ」

 帝都警察病院は、一般の患者は受け付けていない。

 政治家、逃亡犯、亡命者、特殊感染病者etc 国家に関わる患者しか受け入れないし、一般患者もそんな人達に関わりたくないと敬遠される病院。

 そんなところに行けと言われれば、この救急隊員の反応は正しい。

 どう見ても大久は国家の要人には見えないもんな。

「大丈夫ですよ。

 この患者を帝都警察病院に搬送して下さい」

「君、悪ふざけは・・・」

「悪ふざけで帝都警察病院の名を言えると思います」

 救急隊員の台詞を遮って俺は威嚇する。

「しっしかし」

「これは命令です。

 生憎極秘任務中なので警察手帳は携帯してないですが、帝都警察病院に公安99課 果無警部で照会して下さい。

 悪ふざけだったら、帝都病院について俺はそのまま牢屋行きですよ」

 冗談でなく、関係者以外がそんなマネすれば確実に牢屋に入れられ背後関係を徹底的に洗われる。

「わっ分かった。

 いえ分かりました。果無警部の命令通り帝都警察病院に搬送します」

 若造と思いつつも万が一公安で警部だったことを恐れて姿勢を正して救急車を発進させる。

 街のお巡りさんが親しまれるなら、街の公安は関わらないに越したことはない疫病神。

「出来るだけ急いで願いします。患者が目を覚ますと厄介ですからね」

「あの~その人テロリストなんですか」

 後部座席にいる救急隊員が尋ねてくる。

「魔に魅入られとだけ言っておきます。

 目を覚ましたら俺が対処しますから手は出さないで下さいね」

「はい」

 文字通り魔に魅入られたんだが、救急隊員はどうとったんだか。俺達から体を心なし離すとその後は救急隊員が話し掛けてくることは無くなった。

 瓢箪から駒だったな。

 魔の正体を掴むために栗林や静香に帝都警察病院で調べさせてくれと頼んでも、十中八九拒否されるだろう。

 説得するには魔のことを詳細に説明する必要があるが、一般人が魔のことを知っていいことは何も無い。知ってしまったが故に普通なら見逃す魔を認識してしまい碌な事にならない。

 だが気絶して意思のない大久なら説明する必要も無く調べられるので都合が良い。

 大丈夫メッセージはちゃんと俺がじいさんに伝えてやる。

 だからお前も大事な生徒の行方を掴むためなら、いや行方不明の島村を見付けバレーを続けるためその身を捧げるがいい。

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