第356話 疑似青春

 さて仕込みは終わり、放課後まで時間が空いた。

 このまま空を見上げているのも一興だが、一つの策だけに頼るのは失敗したときのリスクがデカイ。リソースがないならまだしも動けるときにはもう一つくらい仕込んでおくべきだな。

 そうなると未だ接触をしてないのは新聞部。帰宅部は男関係、柔道は部内虐め、バレー部はセクハラで家出と予想したが、新聞部は何だろう? 

 陰謀物の定番なら知ってはいけない秘密を知ってしまったが故に消されたとなるが、この学園に知ってはいけないような秘密なんてあるのか?

 校長と野上社長との癒着とか。それなら一度新聞部の部室に何が手掛かりがないか侵入して調べたいところだ。新聞部の部室に忍び込んでパソコンのデータを探り、失踪した少女が残した学園の秘密を暴く。

 探偵小説の見過ぎだな。

 何かあったのだろうが、これは無いな。やはり他の部同様人間関係のいざござなんだろうな。本来なら今日の部活動見学で新聞部と接触できるはずだったのに潰れたのは痛い。

 残った新聞部部員との接触の段取りは、栗林に動いて貰うしかないか。あんまり活躍させると調子に乗りそうだが背に腹は代えられない。バイト代くらいは出すか。

 そうなると、他に放課後までに出来ることといえば大久に探りを入れるくらいか。

 体育教師兼バレー部コーチの大久は職員室より体育教師にグランドと体育館に近いところに宛がわれた体育準備室にいることが多い。そこでなら校長の目が届かないし、幸い今の俺なら会いにいく口実もある。

 外見からの決めつけ通りの悪徳教師だったら金でバレー部員との間に何があったかしゃべってくれるかもしれない。その際口外しない約束はさせられるだろうが、なに俺の仕事は行方不明の原因を探ることで悪徳教師の告発じゃない。

 行かない理由がないな。


 屋上から体育準備室に向かう途中の廊下でふらふらと歩く水永の背中が見えた。

「サボりか?」

 背後から気配を消してひょいと話し掛けた。

「うわっっっと。脅かさないでよ」

 水永は重そうな段ボール箱を抱えていて、これがふらふら歩いていた原因か。

 つい話し掛けてしまったが、今朝の出来事は学校中に広まっているだろう。いや寧ろ今朝で俺を仕留めきれなかったことで、悪知恵の働く野上なら自分に有利な世論を形成するために都合が良いように脚色して積極的に広めることくらいはしているだろう。

 ほぼ全校生徒が敵に回ったと見ていい。

 話し掛けたのは迂闊だったか。

 敵に回った女子の対応として、俺を汚物を見るような目で見て無視が優しい方で、悲鳴を上げて逃げ出して後で先生にチクって仲間内で陰口三昧が普通、その場で泣き出して俺を窮地に追い込むのが上級者の対応。

「悪いことして干されている先生とは違います。

 他の先生に頼まれて資料を運んでいるんです」

 澄まし顔で言う水永はやはり今朝の出来事を知っているようだが、それでいて案外普通に対応してくるな。

「委員長は大変だな」

 普通の対応をするのは委員長としての義務感か?

「先生と違って私は真面目なんですよ」

 水永は実に高校生らしい慎ましい胸を張り蹌踉けて後ろに倒れそうになる。

 しょうがないなと片手で背中を支えてやる。

「えっ」

 俺が嫌だからと、頬を染めるな。まあ悲鳴を上げないだけマシか。

 幾ら俺でも倒れそうになっている女性がいたら支えるくらいはするさ。邪念など無いが、それでもこのワンシーンだけを見られたらセクハラしていると誤解される。誤解される前にさっさと段ボールを水永から奪い取ってしまう。

「軽々と持てるんだ」

 水永が驚いた顔で俺を見てくれる。

「これで手柄は俺の物だな」

 こういう顔で見られ、男の自尊心が擽られる感覚は悪くない。

 なんせ最近の俺の周りにいる女性は俺より強い奴ばかりだからな。こういう普通の女性を前にすれば俺も早々棄てたもんじゃ無い。

「着く直前で奪い返すから問題ないです」

 水永は俺と並んで歩き出す。

「ちゃっかりしているな」

「生きていくのは大変なんです。

 先生は何処か浮き世離れしてそうだから気を付けた方がいいですよ」

 まあご指摘の通りだな。

 だから時雨に一目惚れなんかして退魔官なんかやっている。俺が普通だったら時雨をいい思い出にしてエリートコースに乗るため学生をしている。

「これでも大学生やってんだ。ちゃんとやってんよ」

 理系エリートの道を歩いているはずが、どこをどうしてオカルト調査。

「そうだったね。私も成れるかな~」

 水永が少し遠い目をして言う。

「お前なら成れるよ。

 ちゃっかり推薦狙ってんじゃないか」

「もう、そこまで打算的じゃないよ」

 いてっ背中叩かれた。

「ほらよ」

 段ボールをそっと水永に手渡す。

「えっ」

「ここだろ。

 じゃあ授業頑張れよ」

 話している内に丁度教室の前に着いていた。

「開けてくれないの?」

「ノックして開けて貰いな。戸が開く前に俺は消えるよ」

「そんなこと気にしないよ」

 水永は少し寂しそうに告げる。

「気にした方がいい。これは先生からの助言だ」

 俺はそのまま去って行く、学園一の悪役である俺と水永が一緒にいるのは見られない方がいい。

 水永は普通っぽいからもっと周りに同調するタイプかと思っていたが、意外と自分の価値観を持っているタイプなんだな。こういう娘はうまくいっているときはいいか、何か躓いて誤解されると一気に転げ落ちる。

 俺がその切っ掛けになるなんてご免だね。

 俺がずっと傍にいて守るわけにはいかないが、せめて学園に潜む魔だけは突き止める。それが俺が高校時代味わえなかった青春の爽やかさを疑似でも味合わせてくれたささやかな礼だ。


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