第355話 悪魔
「そもそも何で私は望月さんのことを忘れてしまったの?
あなたは何か知っているんでしょ」
やはり気が強いようで錯乱から立ち直れば直ぐさま白前は俺に食らい付くように問い糾してくる。
まっこのぐらいじゃなければ役には立たない。ようは俺が御せればいいだけのこと。
「落ち着けって。
それを調べるのが俺の仕事だ」
「あなた、やっぱりただの教育実習生じゃないのね」
俺の言葉に入れ食いの如く食い付いてきていた白前が僅かに腰を引く。
警戒させたようだが仕方ない。トラブルメーカの理事長の隠し子と色々デコイを撒いておいたが、白前の協力を得るためにも此方も情報を提供しなければなるまい。
「そうだぜ。理事長の威を借りる狐さ」
流石にまだ俺が退魔官であることを公表するのは早い。今は思わせぶりな台詞で精々深読みをしていて貰おう。
その付かず離れずの距離感と緊張感がいい仕事を生む。
「理事長が公私混合で隠し子を送り込んでくるなんて可笑しいから、少し深読みして校長派の不祥事を探るために理事長が送り込んだ探偵かと思っていたけど」
言葉を俺にぶつけつつ俺の反応を伺う白前。
「もしかして噂に聞く文部科学省の捜査官かしら?」
俺は図星を突かれたような演出として一瞬顔を顰めておく。
ふ~ん、そんな噂があるんだな知らなかった。だが、それはナイスな情報だ。そのアバターはミステリアス且つ公的機関っぽく且つ的外れで都合がいい。
「まあ、あなたの正体が何だろうと今はどうでもいいわ。好みじゃないし」
何かさらっとひどいことを言ってないかこの女?
別に俺だってこの女にもてたかったわけじゃ無いから悔しくは無いが、俺に気があれば献身的に仕事をしてくれたかも知れないと思うと惜しい。
まあ、いい。元々そう言うのは俺に合ってない、即物的報酬で釣るのが俺のやり方だ。
「私はこの事件を暴くためなら悪魔とだって手を組むわ。私はどうすればいい?」
「いい覚悟だ。
悪魔と手を組むとまで言ったんだ、ハニートラップでも拒否するなよ」
どうにもならなくなったら最終手段として栗林か大原に野上父を美人局で嵌めて貰うことは考えているが、白前にやって貰う積もりはない。
軽い意趣返しだ。
「なっ」
白前の朱に染めて言葉に詰まった顔は、とても男の俺と互角に戦った女傑とは思えない。
ふふん、初めて白前に可愛い反応をさせてやったぜ。こうなると年齢的にも年上の可愛いお姉さんって感じだな。
「あはっは、無理無理。潔壁で名高い静香ちゃんそんなこと無理だって。
安心して野上のオヤジはウチがキッチリカタに嵌めてあげるから」
栗林は何が可笑しいのか腹を抱えながら笑っている。
「ちょっと栗林さん、自分が何をしようとしているか分かっているの」
教師に戻った白前の栗林を見る顔は厳しい。
「ウチこーみえてスパイ映画とか見て女スパイに結構憧れていたんだ。
ふっふ~ん、ウチの若さ溢れる可愛さと手管でメロメロにしちょうよ」
栗林は腰を捻ったグラビアアイドルのようなポーズを取る。
「ちょっとあなた自分を大事にしないと」
「ウチも先生と同じなんだ」
「えっ」
「先生に指摘されるまでダチのことすっかり忘れていたんだ。
こんな魔法みたいな事してくる相手だもん、悪魔と手を組まなきゃ勝てないっしょ。
そして悪魔と組んだら躊躇ってられないよ」
この女能力は兎も角思い切りと肝は本物だ。こういう人間を甘く見ると足下を掬われることになる。
そして女二人揃って人を悪魔認定か。作戦に手心を加える必要は無さそうだ。必要とあれば悪魔らしく何だってやらせてやる。
「でっでも生徒にそんなことさせるなんて」
あの栗林を前にしてまだ抵抗できるとは白前もなかなかだな。
「へーきへーき、レイプとかだと流石にショックだけど、自分の意思でやるんならウチのキャリアに一人加わるだけ」
そして此奴は軽いな。
「そんなことを誇るのは辞めなさい」
白前は先生らしくきつめに栗林に注意する。
「立派なスキルなんだけどな~じゃあ静香ちゃんはこんな事出来るの?」
栗林が白前の耳に何かを囁くと白前は顔を真っ赤にして固まった。
「静香ちゃん可愛い~。
そんなんじゃ誘惑なんて出来ないね、ウチにまかせるっしょ」
どうだろうな?
手慣れたJKと清純女教師、世間一般なら後者にたどたどしく誘われた方が男は萌えるんじゃ無いか?
「だからってあなたがそんなことをしなければならない理由にはならない」
そう別に白前が出来ないからと言って栗林がやらなければ成らないことは無い。さも選択肢がそれしか無いように思わせる詐欺の常套手段を躱すとは栗林に言いようにあしらわれているようでやるな。
「しなければならないじゃないよ、やるんだよ。
ウチはダチの行方を掴むためにウチに出来ることは何でもやる気だよ」
この時の栗林が放つ気迫は一流のアスリートに匹敵し白前を一瞬だが怯ませた。とても昨日までお気楽女子高校生をしていた者とは思えない。それだけの覚悟を持っているということで、それは白前にも伝わったようだ。
「あなたの覚悟は分かったわ」
白前は栗林を認め教師として上から言うことを諦めたようで、この件に関しては白前は栗林を同格として扱うだろう。
「でもその馴れ馴れしい口調は辞めなさい、私先生なのよ」
「ウチも静香ちゃんも悪魔の下僕になったんだから同格っしょ。
それともウチの方が下僕としては先輩だから敬語使う?」
「くうううううううううううううううううううう」
にやにやする栗林に声を詰まらせる静香、体術じゃどうか知らないが口じゃ栗林が白前を圧倒しているな。
「時間が無い。女同士のじゃれ合いはそこまでだ」
「何よ~無愛想で愛嬌の一つも無い先生の代わりに静香ちゃんを和ませて上げてたんじゃん」
「はいはい、ご苦労ご苦労。後で駄賃でもやろう。
ハニートラップが必要になるかどうかは、あなたの働き次第でもある。
まずは野上を好ましく思ってない部員と秘密裏にコンタクトを取って下さい」
「他の子達を巻き込むの?」
白前は歯切れが悪い。
「他の生徒を巻き込むことに躊躇いがあるようだが、望月の失踪を調べるというなら野上との確執を調べるのは避けて通れないことは分かっているはずだ」
「でっでも」
自分のことなら最悪体を売る覚悟だって出来ているんだろうが、他人、生徒を巻き込むまでの覚悟は無いようだな。
だが俺は違う。
元より俺は外部からでは知り得ない情報を得るために学園に教育実習生として潜り込んだ。俺は誰を巻き込もうとも秘密が暴かれ生徒の運命が狂うことになっても躊躇わない。
そうでなければこんな女学園なんていうパンドラの箱を開けること何てできやしない。
それが真実の代償。
他人の覚悟に巻き込まれる生徒にしたら迷惑千万だろうが、それが人生というものあきらめて貰うしか無い。
自分で言ってなんだが俺は悪魔と呼ばれるに相応しい嫌な奴だな。
「悪魔に魂を売ると言った割にはお優しいことで。
だったら今まで通り臭い物に蓋、望月のことは忘れるんですね。それで元通りの平穏な学園生活を送れますよ」
ここで当てにしていた協力者を1人失うのは痛いが強制は出来ない。強制した者は何処か大事なところで裏切る。この追い詰められた盤面から裏切られたら挽回が効かないからな。
「それはできません」
ここだけは躊躇せずに言いきって俺を睨み付けてくる、まるで俺が生徒を破滅させる悪魔かのように。
「なら悪魔に魂を売って貰おう」
「売りません」
「なら去れ」
「去りません」
「そんな我が儘が・・・」
「あなたが動けば学園は揺れ、多くの生徒が傷付くでしょう」
白前は雛を守る親鳥のように俺の前に立つ。
「なら俺を止めるか」
白前の気迫に俺は自然と口を開いた。
なるほどそれはシンプルで分かりやすい。ここで俺を再起不能にすればそれも可能。
さっきの続きとなるなら、今度は俺も加減はしない。
「でも、このままだともっと酷いことになることも分かっています」
先送りするほどに悲惨な結果を招くことが分かっていて放置出来ないが、それでいて過程で犠牲も出したくない。
そうやってなまじ責任感のあるいい人は動けなくなり、結果先送りする政治家と同じになる。
だからこそ嫌われ者が必要となる。
「痛みのある改革って奴だ。
それで結局どうするんだ? 俺は神じゃ無いんだ全てを丸く収めることは不可能だぜ」
後処理とか今度の評判も有るから俺だって出来るなら穏便に済ませたい。だが、そんなこと会っただけで女子校生が真実を話して協力してくれる超絶イケメンでもない俺には不可能だ。
嫌われるのは得意な俺はどうしたって臭い蓋を開けていくしか無い。
「悪魔に私の魂は売ります、ハニートラップでもあなたが弄ぶでも好きにすればいい。
でも魂を売った代償に、あなたの傍にいて少しでも傷付く人が減るように尽力させて貰います」
煌めく宝石のように透き通って輝き堅い意思を感じる瞳だ。
綺麗事を、だが自分の手を汚す覚悟があるだけ好ましい。合理的に犠牲を諦めている俺なんかより、よっぽど人間としてマシだ。
この人も時雨と同じだな、誰かが悪意から守ってやらないと壊れてしまう。まあそれは未来の恋人に任せるとして、今回は大丈夫。
なぜなら全ての悪名は俺が引き受ける。
「ご随意にどうぞ、邪魔にならないなら別に止めはしませんよ。
では協力してくれるということで、早速動きましょう。正直俺もあんまり時間的余裕がない。直ぐにでも野上を追い詰めるネタを手に入れたい」
望月の失踪に野上が関与しているか不明だが、野上が調査を続ける上での障害なのは事実。排除は必然。
「先生が生徒を追い込むというのですか」
自分にとっての疫病神野上ですら生徒なら守ろうとするのか。
本物だな。この人は先生であることを棄てられない。まあ誰しも俺のように割り切れるものじゃないことは知っているし、元よりそこまでは期待はしていないさ。
「生徒を改心できるなんて思い上がらない方がいいですよ」
「なっそれが仮にも教職を目指す者の言葉ですか」
この人は真っ直ぐでいい先生だ。相手も性根が同じなら共振し楽器の如く響き合うだろう。
だが相手は俺同様この先生とは性根の生えどころが違う。響き合うことは無い。
それでも響かせようなんてすれば不協和音が酷くなるだけだ。さぞや野上にとってこの先生はうざかっただろうな、ちょっとだけ同情するぜ。
「協力すると言った以上、従って貰うぜ。
それとも早くも望月のことは諦めるか?」
どっちか一つしか選べないこの状況で、先程の格好いい台詞をどう実践する?
俺はまるで好きな女の子とを虐めるような感じで答えを待つ。
「まずは望月さんを助けます」
その後で野上か、とことん甘いが優先順位は付けられる。
ギリギリ合格だな。
「なら放課後、学園の外で会う段取りを願いします」
奇襲は相手に知られず警戒されないほどに効果が高まる。学内ではどこで人の目があるか分からない、外で会うのが一番だ。
「分かったわ、痛いっ」
栗林が笑いながら静香の背中を叩く。
「そう悲壮にならない。うちら学園に蔓延る悪を倒すヒロインっしょ」
「あなたって人は。
分かったわ。でもみんなの前では敬語を忘れないでね、レイナ」
「オッケー静香ちゃん」
案外いいコンビかもな。
こうして反抗の一手は打てたが、まだまだこれから。何せ本丸には一歩も近付いていないんだからな、この一手から怒濤の流れを導いてみせる。
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