第354話 サイテー

 錯乱していても技が染み込んだ体から繰り出される踏み込みの速さ正確さ、そして力強さ。どれをとっても野上とは桁が違う。

 手加減無しのカウンターで出したジャブは叩き落とされる。

 胸元に入り込まれ衿を掴まれた瞬間白前の顔が歪む。

「うわッ女の腹を蹴ったサイテーー」

 横で見ていた栗林が呆れながら言う。

 うるせえ、女相手だからと余裕見せて手加減したらこっちが殺られる。

 だが俺の衿を掴む握力は弱まらない、白前も俺のカウンターの膝蹴りを腹筋を固めて防御したようだ。綺麗な顔して柔道をスポーツとしてやってないな。どちらかというと柔術に近い。

 このガチの武闘派が、野上といいこの学園の柔道部にはスポーツマンはいないのか。

 衿を掴まれたまま揺さぶられ体勢を崩される。

「はっ」

 俺の体勢が崩れると同時に懐に潜り込んできた白前の腰が跳ね上がり俺の腰が抵抗する間もなく浮いた。白前は手加減してくれそうもなく、このままコンクリートに叩き付けられたら病院送り。

「こなくそっ」

「うわっ超サイテー」

 無我夢中必死になった俺は白前の長いポニーテールを掴んでいた。

 武道家にとって長い髪は掴まれたりと何かと不利になる要因。白前は日々武術家として鍛錬しているようだが、女は捨て切れなかったようだ。そしてそこに付け込む俺は確かに最低の男だが、格好付けて背骨を砕かれてやるほど大きい器は持ってない。

「きゃっ」

 このまま無理矢理投げれば髪が抜けてしまう可能性がある。

 こんな平和な時代に一つの勝利の為に明日を棄てられるもんじゃない。女性的な心理抵抗が技を鈍らせ白前は体勢が崩れた。

 その隙を逃さず足を絡め白前を床に潰す。そのまま体重を掛けて覆い被さり絞め技を掛けようとして離れた。

「なんのつもり?」

 起き上がって一旦離れる俺に白前は質問する。

「いやこれ以上やり合ったら服がボロボロになって強姦されたみたいになるぞ」

 俺は兎も角白前は午後の授業もある。そんな格好じゃ授業どころじゃなくなるだろうし、

着替えたら着替えたらで、ここは女性の園これまた憶測が流れる。

 そして確実に俺の悪評が広まることになる。

 白前は慌てて俺を睨み付け乱れた服を直し始める。

「昼休みも残り少ない。ストレス解消なら放課後にでも付き合ってやるから、まずは俺の話を聞いてくれないか」

 幸い何処も破れてなかった白前の服装が整ったところで俺は提案をする。

「いいわ。決着は後で付けさせて貰うとして、前払いで話を聞いてあげるわ。

 でも野上を何とかしろ言うなら無理よ。私でも抑えきれないわ」

 俺が朝一で野上関係で吊し上げを食らったことを言っているのだろう。白前も多少堰き止められていた感情を吐き出して本来の冷静な思考が戻りつつあるようで良かった。

「そんな小さな話じゃない。この学園を覆っている不可思議な現象についてだ」

 本来の目的は小さいことで野上と望月の部内での確執とかについて聞くつもりだったが、栗林白前と立て続けに発生した現象を見て考えを変えた。

「面白そうね」

 白前も根性は座っているようで、俺の提案に笑みを返すのであった。


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