第353話 嫌われ者

 肩を怒らせながら此方に近付いてくる白前のポニーテールは左右に揺れている。その揺れる尻尾にじゃれつく子猫のように栗林が後から付いてくる。

 事前情報から知る白前は日本舞踊を嗜み柔道も有段者、そんな彼女が平常ならこんな重心が揺れる歩き方はしないだろう。

 栗林には昨日俺が達筆で書いた望月のことについて話があるので昼休みに屋上に来て欲しいと書いた手紙を白前に渡して何とか屋上に連れ出して来いと命じたんだが、何をやらかしたんだ?

 栗林がなんで俺の命令を聞くかといえば、俺の教師として生徒を思う愛に心打たれたというわけではない。栗林は仲の良かった友達のことを探すどころか心配すらしなかった自分に恐怖し、その原因を知り友達を探し出すために俺への協力を申し出た。丁度俺も女子が圧倒的多数を占める女子校での男の活動のしにくさを実感していたので渡りに船だった。そこで手始めと失敗してもまだリカバーが効く範囲の仕事を任せてみたんだが。

 見事に間違いだったか?

 いや、呼び出しには成功したんだ、栗林は仕事を果たしたとも言える。

 これで失敗したら俺の所為とも言える。

 栗林に言われるのは癪に障るな。

「こんな所にお呼びしてすいませんね」

 兎に角話し合いをするためにも、まずは怒りを静めて貰おうと俺は慇懃に話し掛ける。

「白々しい前置きはいいわ。これはどういう意味」

 白前は今時古風な紙に書かれた手紙を俺の方に突き付けてくる。

「すいません。不躾かとも思ったのですが、私は色々と目立ってるので職員室で話し掛けるのも迷惑かと思ったので」

「巫山戯ないでっ」

 白前は怒りで一歩踏み出し間合いに入り込んだことを察してか、自然と少し腰を落とし足先を俺に向ける。

 乱れているようで流石武道家か、無意識に戦闘態勢に入っている。言い換えれば無意識に俺に襲い掛かるつもりであるとも言える。

 どうしてこうなる?

 俺としては行方不明になった望月のことや望月の失踪に関与してそうな野上について話が聞ければと思ってアプローチをしただけで、決していつものように弱みを握って脅迫したり買収を持ちかけようなんて、まだ思ってもいなかったのに。

 そもそも無視される可能性の方が高かったというのに予想外の過剰反応だ。普通なら、よく知らない男に人気の無い屋上に来てくれ何て言われたら無視する。それが兎にも角にも来てくれたんだ、状況は悪いがトータルでは悪くない。

「この手紙の内容は何なの、事と次第によってはただじゃ済まないわよ」

 白前は決壊寸前のダムのようい追い詰められていて、必死に己を律しようとしているようだが口調が苛立ち白い肌から汗が滲み出ている。

 他人が見たら俺が脅迫しているみたいだが、俺はまだ何もしていない。

「別に書いてある通りですよ」 

「どうしてあなたが望月さんのことを知っているの?」

 白前は内から込み上げる不安恐怖を叩きつけるように俺に聞く。

 どうして調べるのでは無くて、どうして知っているかか。

 何かの鎌掛けなのか、まあ意図は分からないが話を進めるために素直に刈られてやろう。

「わざわざ聞くようなことですかね?

 だってごく最近あなたの柔道部で行方不明になった生徒でしょ、知らない方が・・・」

「うわーーーーーー」

 白前は狂ったような叫び声を上げ俺に襲い掛かってきた。

 女子校で陰口叩かれる嫌われ者になるとは予想していたが、二日で二人の女性とリアルファイトをすることになるとは予想出来なかった。

 俺の女からの嫌われ者ぶりも極まったかな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る