第348話 新しい朝が来た
初日からかなりハードだったが朝日は昇り出勤時間は迫ってくる。
遅刻したい気分だが教育実習生の身分でそんなことをしたら益々先生方の反感を喰らってしまうどころか、だらしない奴と舐められ出すかも知れない。今後何があるか分からない、信用は出来るだけ減らさないようにしないと。
朝食は諦めて歯を磨き髭を剃り冷水で顔を洗って出掛けた。
始業時間30分前には学園へと続く道に到着した。音畔女学園は丘の中腹を切り開いて建設された学園で学園に入るには坂になっている道を上っていく必要がある。
緩やかに上に伸びていく先に校門があるのが見える。
だんだんと眼下に広がっていく風景を楽しみながら坂を上っていき、坂を登り切り校門を潜れば、視界が真っ直ぐ抜けた。
舗装されていない土の道の両脇には伸びた枝が道を覆う並木が植えられ、さながら緑のトンネル。望遠鏡のような緑の筒の先には学園の外に拡がる森が見える。
この学園は校門からまっすぐ学園の中央を通過する一本のメインストリートがあって、その道を中心に校舎、講堂、武道場、部活塔、柔道場、プール、グランドなどと数多くの設備が配置されている。この道をまっすぐ行くと学園に裏手のまだ残っている森に通じている。
このメインストリートこそ学園の背骨。清掃が行き届いていて、まるで由緒ある神社の参拝道のようである。やがて登校してきた女生徒達で中から姦しい雰囲気になるだろうが、今は日の光を受け止め下界の喧噪を遮り厳かな雰囲気が満ちている。
一歩、一歩と歩く度に心が洗われていき神とでも対面する心持ちになっていくが、この道を真っ直ぐ進めば対面すべき生徒がいる校舎に着くどころか外に出てしまうというのは、何かの意図を感じてしまう。
もしかしたらこの道の先にこそ大事なものがあるのかも知れない。一度調べてみる価値はあるな。
昨日の心の澱など取り除かれ清々しい気分で職員室に入る。
「おはようございます」
声に出してきちんと挨拶をしたのだが、先に職員室に来ていた先生方はさっと俺から視線を逸らして、挨拶は返ってこない。
おいおい、二日目にして虐めかよ。虐めを無くす方の先生がこれでこの学園は大丈夫なのか?
別に虐め撲滅が仕事じゃないので気にせず俺は仮りに宛がわれた席に着くと、今日の授業用に準備した資料等を出していく。
取り敢えず形だけでも授業をしないと話にならない。教えるのは苦手でもマニュアル通りに手順を進めていく、そう台本のある演劇でもする感じでやればいい。どうせ俺の担当科目など女子高生が真面目に聞くはずが無く、隠れてスマフォでも弄っているだけだろ。形だけでも整えれば何とかなる。
この時ばかりは仕事のことを忘れて授業の進め方について真面目に考えている教育実習生だというのに俺の姿を見た教頭が近寄ってきて告げた。
「果無君、急いで会議室に来なさい」
「えっ授業の準備があるんですけど」
「そんなことはいい。早く来なさい」
授業がそんなこととは先生とは思えない発言だが、俺は教頭の剣幕に押され出勤早々会議室に連行されていくのであった。
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