第345話 男と女の化かし合い

 酒と香水の匂いが漂う夜の繁華街。

 女は男を誘う擬態でフェロモンを撒き散らし、男が誘われればひらっと躱して釣り上げる。躱されて釣り上げられても食らい付けば男もさるもの隙見てとんずらする。

 道歩く男と女の化かし合い。

 不純だふしだらだ言われるだろうが、私はこういう雰囲気が好きで愛して面白い。

 それに何だかんだで、肌を触れ合い求め求められてこそ生を感じられる。


「なあこの後ホテル行かない」

 横を歩く男は馴れ馴れしくウチの肩に手を回してくるが、触り方も囁く声も色気が足りない、ウチの体は乾いていく。

「いいホテル知ってるぜ」

 ウチが振り払わなかったからもう一押しと勘違いさせちゃったみたい。

 はあ~、しらける。

 売らないわけじゃないが安売りはしない。

 学校で嫌なことがあった憂さ晴らしに急遽参加した合コン、外れたっしょ。

 この男、顔とトークは並み止まりで躰は鍛えているのかいい線いっている。格好はモテを意識したのかホストもどき。

 甘く総合すれば並みを越える逸材なのかも知れない。現に合コンでは一番人気で参加した女子全員がフェロモン全開で誘いを掛けていた。

 ウチも最初は掘り出し物とテンション上げ上げでフェロモンを漂わせた。

 でもいざ寄ってきた男の臭いにフェロモンが引っ込んだ。

 飛び入りなのに掻っ攫って悪いことをしたかもしれないが、申し訳ないですが全く濡れません。

 理屈じゃないっしょ。

 ウチの子宮が拒否ってる。

 曖昧に塩対応をすれば駆け引きかと男は返って燃え上がり、他の男は早々に離脱していった。

 品定め交渉が終わり合コンはお開き一斉に夜の街に放たれた男女だが、歩くに連れ散りじりになっていきウチの傍には馴れ馴れしい此奴と少し後ろを付いてくる男が一人のみ。

 はあ~今日は寂しく一人諫める夜か。

 うまいこと断りたいが、そうなると気になるのが後ろの男。あの男は何? まさかの為の暴力要員ってことはないよね。

 ・・・出来るだけ穏便に行かないと。

 そんなことを考えていると丁度目の前にあの教育実習生が表れた。

 ひらめいちゃった。


「あれ先生じゃん」

 ちっなんでここに栗林が。

 嬉しそうな顔で肩なんか組んで男連れかよ。男は大学生くらいで俺と同年代か。格好はホストもどき。夜の繁華街でホストもどき男とデート、間違いなくこの後お楽しみコースだろう。

 栗林が盛ろうが盛らなかろうがどうでもいいが影狩達は見られたか?

 まあ見られていたとしても大学の友達とでも言えばいいだけのことだが、追求されるのは面白くない。

 先手を打つか。

「栗林か遊んでないで早く帰れ」

 先生らしいことを言ってしまったが、何も可笑しくない。今の俺は先生なんだから。

 俺の注意に栗林は意外とそうでもないが肩を組んでいる男の方が顔を顰めた。

「な~に説教? 先生だって呑んでんじゃん」

 栗林が何処か演技じみてぶーたれた顔で反論してくる。

「俺は成人だ、道徳的にも法律上も何の問題もない。

 お前は学生だろ、もう帰れ」

 夜分の繁華街徘徊、間違いなく酒を飲んでいるだろうし、男とホテルにも行くだろう。チクってやれば一発退学でも可笑しくない。

 そういったこと全て見ない振りしてやっているんだ、さっさと察してさっさと俺の前から消えろ。

「援交持ちかけた先生には言われたくないんですけど~」

 俺の仏心の一切を鼻息で吹き飛ばす勢いで栗林が言う。

「そうだったな。でっ教育委員会にはもうチクったのか?」

「はあ、ウチがそんなセコイことするわけないっしょ」

 栗林が心外とばかりに素で怒気を露わにした。

 意外だな、こういった輩は自分がチクられると恨むが自分は平気でチクる人種だと思っていたが、猫の額ほど見直した。

「それはありがとうな。ならこれで貸し借り無しにしてやるよ」

「なによそれ、なんか台詞がライバルっぽいんですけど」

 何がツボにはまったのか栗林が腹を抱えて笑いながら言う。

 理解不能だ。

 もしかして俺が見逃してやろうとしていることを分かってない?

「へいへいへい、先公だか何だか知らないが、俺達が楽しくトークしていたのに割って入ってこないでくれますか。

 ねーねーそこんとこ分かってる」

 俺が自分と変わらない若造と見て栗林と一緒にいた男が嫉妬剥き出しで俺に突っかかってくるのが、滑稽だ。

 別に取りゃしねえよ、逆に消えて欲しいだけだ。だがいい呼び水かも知れない。

「それは済まなかったな、なら俺は去る・・・!?」

 去ろうとしたが男を振り払った栗林がいきなり抱きついてきた。

「そんなつれないこといわないでさ、ウチ達秘密を抱える共犯しょっ」

 栗林はサブミッションの達人かという無駄のない動きで逃げる俺の腕を絡め取る。

「よくそんな難しい言葉知っていたな」

 俺が見逃そうとしてやっているのことは理解していたのか。地頭はいいとなればこの行為の狙いは何だ?

「ウチを馬鹿にしてる。こう見えて成績いいんだから」

 ちらりと見せたその顔は女郎蜘蛛を彷彿させた。

「そうか、それは悪かったな。

 じゃあ俺はここらで遠慮させて貰う」

「照れちゃってくわぁいい~」

 引き抜こうとする腕に巧みに絡みついてくる、タコかよ。

「どうでもいいが彼氏がお冠だぞ」

 そりゃ狙っていた女がいきなり現れた見ず知らずの男にかっ攫れようとしたらこうなるだろうという顔をしている。

「ウチ先生とちょっと楽しむから。ご免ねもう帰っていいよ」

 それで素直に帰る男がいるのか?

「もういい、お前ちょっとこっちこいよ」

 男は栗林の反対に回り、がっしりと俺と肩を組む。

 初めて気付いたが後ろにいた仲間の男に男は目配せすると力尽くで俺を路地裏に引きづり込もうとする。

「やめなよ」

 悲痛な声を上げて止めようとする栗林は、タコの吸盤のようだった腕があっけなくほどけ離れていく。

 なるほどね、しつこい男を振る口実に使われたか。

 なっやっぱり、雌狐じゃないか。

 一瞬の油断が命取り、俺は路地裏に連れて行かれるのであった。


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