第344話 一日はまだ終わらない

 ゴクッゴクッ。

 喉ごしの炭酸が心地いい刺激を奏でる。今まで呑んだ中で一番うまいビールかも知れない。呑むのを止められない。

 ドンッと空になったジョッキをテーブルに置くと同時に店員さんを呼んでしまう。

「生ビール大もう一杯」

「はい、よろこんで」

 近くを通りがかった大学生のバイト店員に速攻で追加を頼んでしまい、元気な声で応えてくれる。

 教育の行き届いた対応、こんな些細なことに嬉しさを感じてしまう。

 思った以上に俺はストレスを感じていたらしいな。

「そんな風に飲むなんて珍しいな」

 まだジョッキ半分ほどしか呑んでいない影狩が言う。

 音畔女学園から近い繁華街の焼き鳥屋。

 今日一日繁華街で行方不明の女生徒の足取りを追っていた影狩達の報告を受けるついでに夕飯もと入った店だが、平日とあって店内はそんなに混んでいなく、やすやすと四人掛けの個室を占有出来た。

「俺だって呑みたくなるときはある」

 アルコールに頼るなど合理的じゃないと分かっているが、アルコールで洗い流したくなるときもある。

「まあ、何となく分かるが。

 ここは気持ちを切り替えて、男なら一度は憧れる女の花園に入れたと喜べよ」

 ちっイケメン陽キャラが。

「世の中知らない方がいいこともあると実感したよ」

 何が花園だ。女の巣穴だよ。

 群れた思春期の猛獣どもは、気に入らない異物は一丸となって情け容赦なく苛烈な排除行動に出る。仕事でなければ近付きたくもない。

 この気持ちを気に入られる側である陽キャラのイケメンの影狩に分かるか?

 書類偽装の手間を惜しまないで、俺じゃなくて此奴を押し込めば良かったとさえ思ってしまう。

 やめよう、どうにも思考が暗くなる。

 賽は投げてしまったんだ、もはや後戻り出来ないなら走り切るのみ。

 愚痴は酒で洗い流して前向きに行こう。

 俺は既に来ていた二杯目を一気に飲み干す。

「ふう~」

「社長でも愚痴ることがあるんですね」

 大原が呆れたように言う。

 それは見せなかったでなく見る機会が無かっただけのこと。俺が女性社員が憧れるような出来た上司な訳ないだろ、二十代前半の若造に何を求める。

「最近忘れかけていたが、大人の女性の素晴らしさを実感したよ」

 JKが何かともてはやされるが、思春期の餓鬼の何がいい? めんどくさいだけだ。ロジカルにリスクとリターンでお話しすることが出来る大人の女性の何と素晴らしいこと。

 たかだが一ヶ月いるかいないかの教育実習生など放っておけばいい。それをおもちゃを手に入れた猫のように弄ぼうとちょっかいを出してくる。

 猫なら可愛いが彼奴等は可愛くない。

「あら、なら私の給料上げてくれます」

 大原が甘えた声を出してくるので、危うくぽろっと上げてしまいそうになる。

「そこはロジカルに仕事への貢献を評価してだな」

「それは残念。ならお給料が上がるように、先に仕事の話をしてしまいましょう」

「そうだな」

 これ以上呑みたいがこれ以上呑んだら判断が怪しくなる。

 普段呑んでいないだけに酔うのは早い。

「一応行方不明の女子高生達が夜のお店で働かせられたりしてないか調べているが、今のところ何の手掛かりもないな」

 自主的に家出をしたとしても金はいる。そして家出少女が手っ取り早く稼げるのはそういう店しかない。

「SNSの神待ちとかにも探りは入れてますが足取りは掴めていません」

「そうか。報告書はまとめておいてくれ」

 二人はこう見えて防衛大在席のエリート自衛官、ただの脳筋じゃない。その二人が一日掛かりで手掛かりすら掴めずか。

 いよいよ本命は学校なのだろうか?

「こちらも初日は仕込みだけで終わった。後日芽が出てくれることを祈るばかりだ」

 偉そうに言うが自然体でいるだけで色々種を撒けてしまったが正しい。だが一応雇用主として格好は付けておく。

 明日以降は今日以上に学校は荒れるだろう。そこまでして学校は関係無かった場合どうなるんだろうな。

「そうか、なんだかんだで相手はまだ高校生だぜ、手加減しろよ」

「そんな余裕はないな。彼奴等はもう立派な雌狐だよ。油断していたらこっちが喰われてしまう」

 事実野上は危なかった。もしあそこで負けていたら俺はどうなっていたんだろうな?

 考えただけで酔いが覚める。

「可愛い娘もいるだろうに」

「いるかも知れないが、残念ながらそんないい娘は今回の事件とは関係無いな」

 水永みたいのもいるから影狩が言うことも分かるが、俺は教師になる為に行くんじゃ無い。事件を解決する為に行く。

 必然小狡い雌餓鬼が対象となってくる。

「そりゃそうか。

 まっ頑張れ大将、愚痴くらいなら俺が聞いてやるぞ。

 それで俺達は明日どうすればいい? もう少し闇に潜るか」

 一応表に出ている店でなく、ヤクザ直営の地下営業の店か。未成年を扱ったり誘拐した少女を働かすならそういった店だが、この段階でヤクザと衝突か。

「まだ辞めておこう。もう少し範囲を広げて情報を集めてくれ」

 今の段階で、やたらと敵を作るのは得策じゃない。

「分かった。だけど普通の家出だとしたらもう他県とかに行っているんじゃ無いか」

「どうかな、やっぱり家出少女が身を隠すなら都会の方がいいんじゃ無いか。それに仮にそうだったら、俺達じゃなく探偵の出番だしな」

「私達は犯罪性の調査のみということなんですね」

 そっただの家出だったら俺達はさっさと撤収、薄情かもしれないが餅は餅屋に任せた方がいい。

「兎に角まずは方向性を掴みたい。

 たまたま家出が重なったのか、組織的な誘拐団が暗躍しているのか、はたまた俺達の本業なのか」

「二番目だったらどうするのですか? 退魔官は普通の事件には捜査権も逮捕権がないですよね」

「知り合いに情報を売るさ。警察の皆さんとは日頃から持ちつ持たれつ仲良くしておかないとな」

 正直1番目と2番目になるのが俺達にとっては上々、キッチリ働いて依頼料を貰って終われる。

「三番だとしたら私達の出番ですが、その場合学校が怪しくなります。社長は単独行動なんですから気を付けてくださいね」

「ありがとう、気を付ける」

 優しいな~大人の気遣いが身に染みるぜ。もう少し心を削られた後だったら惚れちゃってたかも。

「じゃあ、仕事の話は終わりですね。

 食事を楽しみましょ。

 焼き鳥追加にお冷や、社長はどうします?」

 大原がうきうきとメニューを見ながら注文する品を選び出す姿は女子大生のようだ。

 まあ年齢的にはそうなんだけどね。俺の一つか二つ上くらいか。

「そうだな~」

 明日に残らないようにほどほどに酒と食事を一時間ほど楽しんで店を出た。まるで大学の仲良しグループで呑んだようだ。

 影狩達と別れ一人歩き出して数歩だった。

「あれ先生じゃん」

 夜の繁華街で男達を引き連れる栗林に出会うのであった。

 どうやらまだまだハードな一日は終わらないようだ。


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