第342話 憩い
今までと打って変わった静寂が支配し筆が走る音が風鈴のように響いてくる。
これが男が本来想像する女子校だよな。
整然と並べられた机に十数名の女子高生達が姿勢を正して座り、墨を付け半紙の上に筆を走らせている。
静かだが集中力は運動部に匹敵している。
「あっ果無先生」
丁度一枚書き終わった水永が視線を上げたところで俺と目が合った。
「部活動の見学でな。少し見させて貰っていた」
書道部に行方不明の生徒はいない。気張る必要は何も無いので、柔道部で疲れた分書道部はのんびりとさせて貰おう。
「そうなんですか」
「水永さん、綺麗だったよ」
「えっえっ、ちょっちょっと」
水永は困惑している。まあ、親しくもない男に褒められても困るか。
「背筋も真っ直ぐで筆運びにも迷いがなかった。大会とかでも入選とかしているんじゃないか?」
他の部員から一線を画す声を掛けづらい神々しさというか一流の職人がもっている空気の片鱗を女子高生にして既に纏っていた。
これだけの空気を纏える高校生がそうはいないと思う。それとも俺の目が節穴か。
「そっそれは、まあその」
奥床しいのか俺の賞賛に俯き加減に返答してくる。
「先生、かおりは大会でも金賞とか取っている音畔女学園の誇りなんだから」
会話を聞いていた他の部員が入ってきた。
「ほう、凄いな」
俺の目に狂い無し。芸術を見る目もあり。
「どうです。折角ですし我が部のエースに手ほどきして貰ったらどうです」
他の部員がにやにやしながら言うが野上と違って悪意ははなく悪戯心を感じる。
俺がこの程度でしどろもどろになると思ったか、っというか俺そんなに女性に縁が無いように見えるの?
「そうだな。未来の大書道家に会えた記念に一枚くらい書かせて貰おうかな」
「もう、先生煽てすぎです」
痛い、水永に肩を思いっきり叩かれた。
取り合えず書道の道具は水永に借りることになり、まだ体温が残る水永が座っていた席に着席する。
「じゃあ、先生まずはこれを書いてみましょうか」
水永が手本にしている本の中から手本を選んでくれる。それは達筆すぎて読めないことは無い字で『自由』とあった。
なかなか初心者向きだな。
半紙を置き文鎮で押さえ、筆に墨を付け背筋を伸ばす。
習字なんて小学生以来だな。
「へえ~様になってますよ、格好だけは」
「厳しいな。
先生の字を見て惚れるなよ」
手本をよく見て、その通りに書く。
分析と解析は理系の本領、マネくらいなら出来る。
流れるように描いた字は、そこそこいいんじゃないか?
「う~ん味はあるけど駄目。我流過ぎます」
「うっ」
俺はいつも邪心無く手本を真似ているのに言われてしまう。
似ているようで何処か違う。
まっ今更なので気にしないけど。
「払いは、こう」
どこか俺から半歩引いていたように感じる水永だが習字となれば職人魂に火が付くのか俺の筆持つ手を上から包むように握ってガンガン指導している。
人間好きなことをしている時ってこうなるよね。
「違います。こうです、こうっ。
なんで余計なところに力入れるの」
「だから、独自解釈しない」
「力抜く」
「背筋伸ばす」
「水永さん、そのくらいで」
見かねた嘉多が割って入ってきたときには30分ほど経っていた。
「えっもうそんなに」
「かおり、書道のこととなると鬼になるからね」
「ちょっと、鬼は酷くない。ねえ、先生」
「ああ、水永はこんなに可愛いのにな」
「えっえっえっ」
水永は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
もしかしてしくったか?
最近の俺の周りにいる女性陣はこれくらいのリップサービス戯れ言と流すような連中ばっかりだったから加減を間違えたか。
ここで下手に引いた方が勘ぐられる。セクハラになってしまう。
押す、軽く押しまくってジョークの雰囲気になるまで。
「水永は可愛いな~、顔真っ赤じゃないか」
「もう先生、かおりは純情なんですからあんまりいじらないで下さい」
「悪かった。悪かった。え~と」
「三輪 匡子です。ちなみに私に関しては幾ら褒めていいですよ」
三輪はグラビアアイドルのように腰を捻ったポーズで髪を掻き上げる。
ノリがいいな。
「言うだけあってヘアピンのワンアクセントがおしゃれだな」
丁度髪を掻き上げたときにヘアピンが光ったので目に付いたので褒めておいた。
「おうお目が高い。先生童貞っぽいけど意外と女性慣れしている~?」
「ご想像に任せるよ」
最近仕事関係の女性陣が増えたことで、ほんと目を配らないといけなくなった。
ほんのちょっとの些細なこと、そこに気付くか気付かないかで彼女達のご機嫌は変わってしまい、一日が変わってしまう。
正直、獅子神のオッサンの方が金は掛かるが気楽でいい。
さてそろそろ潮時かな。
「いや~書道も気持ちが落ち着いて結構楽しいもんだな」
「なら入りませんか。私がしごいて上げますよ」
まだ朱が走る顔を上げ水永が怒り気味に言う。
「それは怖いな。
じゃあな。可愛い水永さん、また明日な」
「もう、困っても助けて上げませんよ」
水永の可愛い罵倒を受け流して去って行く、よしよしギリギリ好青年風で終わることが出来た。
正直仕事と関係無いところで人間関係こじらせたくない。
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