第340話 柔道部
体育館とは別にある平屋一階建ての柔道場に連れてこられた。歴史ある女子校らしく柔道場の他弓道場などもあるらしい。
野球の内野ほどの道場内ではちょうど乱取りが行われていて、二十名近くの年頃の女子の熱気に包まれ蒸発した汗の臭いで充満している。
男も女も関係無い、女だからフローラルないい匂いとか俺は感じない、汗臭い。
見渡せば、それぞれ真剣に取り組んでいる様子で此方に気付いた様子も無い。それでもこれだけの人数が集まれば多少不真面目な奴がいるはず。そういう少し集団の主流から外れた者をなんとか見つけ出しておいて後で接触を試みたい。
「あれ、果無先生じゃん」
俺が見つけるより先に乱取りをしていた女子の一人が俺に気付いたようだ。乱取りを一旦中止して此方に近寄ってくる。
確か栗林の近くにいた、あのグループの仲間。セミロングの髪をサイドテールにしていて釣り目がちな気の強そうな女子。あのグループに属しているから、こんな汗臭いことをしているのが意外だった。てっきり放課後はおしゃれをして合コンして男漁りでもしているものだと思っていた。
「野上さんは柔道部だったのですね」
「そうよ~。折角だし体験してみない」
素敵な笑顔で善意を演出し、裏にこちらを弄ってやろうとする悪意がひしひしと伝わってくる。
女慣れしていない奴だったら一発で騙される。鼻の下を伸ばしてほいほい勝負に乗るだろう。俺も女慣れはしていないが悪意には敏感なので気付けた。
勝負中にセクハラをでっち上げて陥れるつもりなのか、それともまさか俺を力で叩き伏せるつもりなのか?
野上は嗜虐心と自尊心が漏れる笑顔のままに此方の出方を伺っている。
その笑顔に一応青年である俺に対する恐れが全く感じ取れない。自分の体を一瞬でも自由にさせてやる気配は無い。
両方か。
弱者を嬲って愉悦に浸る典型的サディスト。俺を物理的にも精神的にも屈服させるつもりのようだ。
ナンパしてきた男をホテルの部屋で返り討ちにするのが趣味とかありそうだな。調べれば色々とありそうだ。
「先生素人だぞ」
如何にも弱々しくなよなよとしつつ怯えた態度で一度は断っておく。
「いいじゃん。
それとも援交は出来ても女子と勝負は出来ないって」
餌に食いつき野上の嗜虐心に火が付いた。絶対に逃がさないという悪意が剥き出しになって此方睨み付けてくる。
それに野上の子分か、さり気なく俺の背後に回って逃走路を塞いでいる。
この柔道部の体質が垣間見えた気がする。
時間も無いことだし長くいたくない。
様子見なんてしないで、初日で柔道部を制してやる。
「分かったよ。
ただ負けたからって逆恨みするなよ」
「へえ~勝つ気なんだ。縁交でもしなきゃ女の子に相手にされないヘタレ君が」
「好意の無い女を力尽くで屈服させることは出来るぜ」
アクセルを踏み込み録音されていたら一発アウトの台詞を放って、煽る煽る。
「面白いじゃん。やってもらおーじゃん。負けたらあんたの女に成ってやるよ。その代わり負けたらどうなるか分かってんでしょうね。
奴隷よ」
この女のことだ冗談じゃ無いんだろうな。
「あり得ないことを考えるほど俺は妄想家じゃ無いぜ」
「泣かしてやる。
嘉多先生、告げ口は辞めて下さいよ。したらどうなるか分かっているでしょ」
「・・・」
野上は一緒にいた嘉多をさり気なく脅しておく。
今の台詞、こいつただの生徒じゃ無いのか? 後で調べておくか。
「じゃあ、始めましょうか?」
「道着はどうするんだ? お前が汗臭いのを貸してくれるのか?」
「ちょっと、誰か更衣室にあった見学者用を持ってきて」
おーおーかっかして煽りに乗ってくれたのはありがたいが、笑ってられない。
俺も野上にむかついて自分の煽りに乗ってしまった。正直、俺は柔道が得意じゃ無い。細かいルールもよく知らない。
柔道の勝負とは一言も言ってないと、いつものように理屈をこねて実戦技を使えば、腐っても死線を潜り抜けてきた俺がいきっているだけの小娘に負けはしないだろうが、それでは意味が無い。
野上が得意な柔道で真っ向から叩き潰してこそ、その性根をへし折れる。取り敢えず様子を見つつ柔道でも使えそうな柔術の技を使うしか無いか。
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