第337話 失踪事件
コンビニで俺が茶菓子を買っている横でじいさんは酒と肴をうきうきと買っていた。そしてコンビニからの帰り道じいさんと仲良く並んで歩いて行く。
なんかおかしくないか? なんで横にいるのが時雨じゃ無いんだ?
せまっ苦しい我が家のリビングの卓袱台にお茶を出してじいさんの対面に座った。
「儂は音畔女学園の理事長 三浦 導という」
随分と年上な上に偉いだろうに、俺のような若造に礼儀正しく頭を下げて先に名刺を出してくる。
「私は果無 迫。
帝都大学 理工学部 学生、警視庁 警部、公安管轄 一等退魔官、民間会社八咫鏡の社長。
どの名刺が欲しいですか?」
まあ五津府の紹介なら一等退魔官だろうがな。
「どれかと言われれば~。
そうじゃのう、強いて言えば帝都大学学生と八咫鏡の社長かのう」
意外なラインナップだが、それらに共通しているのは民間。如月さん経由で依頼が来ないのと関係ありそうだな。
「公にしたくない依頼か?」
思い付くのは、学校の評判が墜ちるのを恐れて隠蔽したいとか。まあどんな仕事でも前回やらかしたばかりだ。派閥の長がわざわざ直で回した仕事生半可なことじゃ断れない。
「まあ、そうじゃのう~。
公にならないと言った方がいいかの」
「微妙な言い回しだな」
「音畔女学園は思春期の女子が集うのでな、たまにあることなのだが生徒が失踪した」
「警察に行け」
こんなボロアパートの部屋で大学生と差しで話し合っている場合じゃ無いだろ。
「まあ普通はそうだな。そして普通なら家族が警察に行くのが筋だと思わないか?」
「まあ家に帰ってからいなくなったのなら、それが筋だろうな」
高校生とも成れば熱血教師でも無ければあまり家庭内の事に干渉しない。
「うむ。大事にしたくないのか何か理由があるのか、まだ動いていない」
これが小学生とかなら違うんだろうが、十分判断能力のある高校生の上に、今時の女学園だ。名家の子女が多いいのだろう、なら家の体面や生徒の経歴とか気にもするのもそんなに不思議じゃ無い。
くだらないという奴もいるが、経歴は大事、経歴が汚れると綺麗にするのに倍以上の成果がいる。
「大事にしたくなくて戻ってくるのを暫し待つというのも分からない話しでも無いな。
じいさんが言った通りたまにはあることなんだろ?」
「まあ思春期の少女は兎角思い詰めやすいからの~、一週間くらい家出して戻ってくるなんてこともある」
三浦は焦った様子も無く淡々と言う。
落ち着いている、こんな深夜に怪しい若者の家を一人で訪ねてくるほど追い詰められているようには見えない。
何か別の意図があるのか、理事長まで上り詰めた男だけにそうそう簡単に腹の内を見せないのか。
「ならなぜ俺の所に来た?」
その態度がフェイクで無いなら、俺の所になんか来ないで学園ででんと帰ってくるのを待っていればいい。
「勘じゃな。それこそ長年女子校の教師をしていた者の勘。
ただの家出事件じゃ無い」
此方を見据える目には力がある。耄碌したじいさんの被害妄想では無いようだな。
「事件性を感じるか、だがまだ足りないな。時間も遅く俺も早く風呂に入って寝たい。出し惜しみは無しにしようぜ」
俺はここが勝負とばかりにじいさんの目をぐっと覗き込む。
目の前のじいさんは理知的に感じる、そんな男が勘だけで動くとは思えない。動くに足る何かを掴んでいるはずだ。
「若いのに、いや若いからこそせっかちなのかの。そんなんじゃもてんぞ」
じいさんは若造の眼力など気にする風でも無く飄々と言いのける。
「ほっとけじいさん」
「確かに思春期の少女じゃ、色々と思い詰めて家出することはたまにある。だがそれがここ数日の間に四人立て続けてとなるとな」
ちっ、俺がせっかちなんじゃ無い、じいさんがもったいぶりすぎなんだよ。
「それでもたまたま重なっただけと言うこともあるし、学外で発生した以上警察への届けはあくまで家族が行う」
学園内で連続して少女が4人失踪すれば大騒ぎだが、それぞれが時期がズレ家に帰ってから失踪したなら、個別の案件として認識される。
何か火付けがあれば音畔女学院連続失踪事件になるだろうが、今のところ4人を結びつける決定的なものが無いのだろう。
「まあそこそこ筋は通っているが、だがそうなると家族でさえまだ騒ぎ立てないことなのに、なぜあんたは事を騒ぎ立てようとする?
学園を経営する側としては騒ぎにならないことは願ったりだろ」
少女が失踪して学園にプラスになることなんか何もなく、下手に噂が拗れれば評判は地に墜ちる。
「実は似たようなことが儂が教師をしているときにもあっての、その時は二名ほど失踪した。
今回と同じで、基本学校外で発生したことなのと儂もいつもの家出だろうと構えていたのが間違いだった。いつまで立っても彼女達が戻らず、やっと腰を上げて大々的に探したがついに彼女達は戻らなかった。
あの時はなぜもっと早く動かなかったのか、もっと出来ることがあったんじゃ無いかと後悔したものじゃ」
「ほろ苦い経験だな」
誘拐か自分の意思で出ていったか不明だが、じいさんが失踪を知ってから探し出したところで見付けられたとは思えない、結果は変わらなかっただろう。
客観は変わらない、ただじいさんの主観が変わる程度だな。
まあそんな経験があるなら、今回自ら動き出したのも分からないでは無いが、まだ俺の心にはしっくりこない。
「警察も調べたが事件性は無かったことから家出として処理された。
納得がいかなかった儂も独自に手を回して調べてみたが、分かったのは確かに彼女達は家に一旦帰った後に自分の意思で家を出たことだけ。その後の足取りは全く掴めなかった、まるで神隠しにでも遭ったようにな」
彼女達は夜食でも買いに自分の意思で家を出た後、たまたま犯罪組織に攫われて海外に売られたのかも知れない。それなら消息が掴めないのも理由が付く。二人連続でそんな偶然が起きるわけが無いと言うなら、二人とも誰かに唆されて家を出た後に攫われて海外に売られた。
神隠しなんかに頼らなくても、普通の人間が起こした事件として十分推理は成り立つ。
まあ、この程度の推理誰にでも出来ることだけどな。勿論目の前の老人にだって思い付くだろう。
口にしないのは、何の証拠もなく妄想の域を出ないからだろう。
「じいさんのほろ苦い思い出は分かったが、それでもだ。
じいさんが率先して動くことじゃないだろ。それこそ家族が真っ先に騒ぎ立てるのが筋だ。
それとも何か俺に隠していることがあるのか?」
ここが勝負、はぐらかしは許さない。
話の筋は一応通るが、どうしても失踪した生徒の家族を飛び越してじいさんが動くにはまだ弱い。
家族を飛び越してじいさんが動かざる得ない理由がある。その理由こそこの失踪事件の根幹であり、知らなければ致命的なトラブルを引き起こす。
別に妄想の海外少女誘拐組織を盲信して動いたでもいい、それならそれで此方もそのように対処すればいいだけのこと。
俺は殺気にすら匹敵する気迫でじいさんに迫る。
さあ、じいさんが動いた本当の理由を吐き出せ。
「静かすぎる」
やがてじいさんは観念したように重い口を開いた。
「静か?」
「そうだ。前の失踪事件も学園は率先して動かなかったが、それでも家族は三日も経てば狂ったように騒ぎ出したものじゃ。
なのに今回は誰も騒がない。教師はおろか家族や友人までも騒がない、今までの通りの生活をみんな送っている。
そこに儂はどうしょうもない恐怖を感じた。だからこそ自分で動くことにして、旧友の五津府君に相談したら、お主を紹介された」
なるほどね。
世は多数決、誰も騒がないことを独り騒ぐ者がいれば、その者は異端となる。
異端になる恐怖、それは普通の人間にとって耐えがたい恐怖。俺のように心が壊れてしまっても不思議じゃ無い。
だからこそじいさんも動かずにいられなかったかのだろう。
経験としてその恐怖はよく分かる、納得出来た。
ならばここからは仕事として今回の件を見てみるか。
誰も騒がない。なら警察やマスコミは動かない。ならば家族を飛び越えて警察を動かそうと警察で出世した旧友を頼った。その旧友は俺を紹介した。
どう見る?
断り切れない旧友の頼みに、情が動いてちょうど動かしやすいコマがいたから回したのか?
五津府がそんなタマか?
旧友の頼みだろうがばっさり切り捨てるのが五津府だ。ならば切り捨てられない利権がこのじいさんにはあるのか?
利権維持の為のポーズの仕事、それならそれでいい。割り切って仕事をすればいい。キッチリ期間内調査してキッチリ報告書を提出する。その代わり、これで禊ぎは済んだことにして貰う。
それとも、じいさんから五津府は魔が関連する何かを嗅ぎ取ったというのか?
五津府なら俺が知らない情報を知っている。それとじいさんの情報を合わせて何かを導き出したと可能性も高い。
見誤るな。
前者なら真面目にこなすだけでいい楽な仕事だが、後者なら一歩間違えれば命を落とす。
「お帰り願いたいところだが、帰らないんだろうな」
50%の賭なんて恐ろしい、やらないのが一番だ。
「儂ももう年じゃ金を持ってあの世には行けぬ。料金は弾むぞ」
「遺族が悲しむぞ」
金は持っていけないが残すことは出来る。色々と当てにされているんじゃ無いのかな。
「ふん。儂はこの歳であの世に持っていく後悔をこれ以上増やしたくないわ。
それに子供達は十分に大人じゃ、老人の金を当てにされても困る」
「なるほど。
その言葉に嘘が無いなら、調査期間を決めて全額前金で貰おうか」
大人しく引き受けるしかないにしろ、せめて貰うものくらいは貰わないとな。労働に意味を求めず、成果を求めるのはある意味健全なことだ。世の誰もが好きな仕事をしているわけじゃ無い。
「構わん。なんなら+成功報酬も付けてやるぞ」
おおっ太っ腹~なのか?
適当にお茶を濁す道を塞がれた気もする。
「外部で無く学校に原因があるということになるかもしれないがいいのか?」
このまま蓋をしていれば過去の事件のように波風立たずに風化していき、学校のブランドは傷付かないで済む。少子化の近年学校のブランドは大事だろうに。
「構わん。膿あらば出す、それが理事長の勤めだ」
「即決で結構。
だが公的身分を利用しないなら学校しかも女学校という閉鎖社会を調べる手段が限られるぞ」
行方不明になった少女達の追跡は普通の探偵のようにやるとしてもだ。少女達に共通する事件性があるとしたら普通に考えて学校内部に原因があるのだろう。だが学校内部の調査は警察の権力を使っても探りにくい。ただの探偵では尚更だ。空振りになるのが目に見えている。
唯一の手として腕が立って頭も切れる女子高生を潜り込ませる漫画のような手もあり、人材に心当たりもあるが、現状こんな漠然とした理由だけでただでさえ忙しく普通の高校生の青春を送れないでいる退魔士を転校までさせられないだろ。転校はそんなに簡単なもんじゃない。
せめてもう少し魔が関わっている明瞭な理由があればいいんだが、それを外部からの調査だけで掴めるだろうか? そもそも掴めたら転校させる必要も無いか。
こうなると現在既にいる職員の誰かを買収して協力して貰うしか無い。そんなことが出来る職員についてはじいさんなら簡単にピックアップ出来るだろ。
「それについては手を考えてある」
「ほう聞こうか」
俺が思案しているとじいさんの方から策を提案された。流石理事長まで上り詰めた男無策では来なかったかな。
「お主じゃ」
「俺?」
「帝都大学学生、学生ならばでの女子校へ自然に入り込める手がある」
「用務員のバイトか?」
「教育実習生じゃ。幸いお主教職課程も取っておるそうだな」
本気で無策では来ない男だな。俺が自己紹介するまでも無く大学の履修科目まで調査済みかよ。
確かに単位は取ってある。後は実習をするだけで中高校の教師になる資格は得る。だがそれはあくまで折角払っている大学の授業料を最大限に活用してやろうと思っただけのことで、俺は他にも卒業するのに関係無い単位も多数取っている。
「そうだが、だが急に教育実習生が来るなんて怪しまれないか?」
怪しまれたら地下に潜られたり逃走される可能性が高まる、まあ事件だったらな。
「そこはそれじゃ、お主を儂の知り合いの友人のドラ息子という風の隠し子風にしてねじ込んだ体裁を取る」
「はっは、それじゃなにか俺は将来の音畔女学園の理事長候補か?」
「そうじゃ。そこを上手く匂わせて大いにえばってもいいし謙虚を装って潜り込むも良しじゃ。これで内部から好きなだけ情報を収集できる」
ここまでお膳立てしてくれるとはなかなかの雇い主になりそうだ。手足に徹していいならそれはそれで楽でいい。
「それでもだ。内部の協力者が一人は欲しい。誰か信頼できる者を付けてくれ」
「ドラ息子らしくない慎重さだな。分かった一人当てはある手配しよう」
食えないじいさんだな。この感じ元々俺とは別口に調査する子分を用意しておいたな。
「それじゃ具体的な契約の話を詰めようか」
何か掌の上で踊らされた気持ちの分だけふっかけてやる。
「そうじゃの。酔ってしまう前に済ませてしまおう」
「おいっ呑む気かよ」
「当たり前じゃろ。なんの為にコンビニで酒とつまみを買ったと思っているんじゃ」
「持って帰っていいから年寄りは帰って寝ろよ」
っというかほろ酔い気分で俺が寝たい。もう本当に疲れているんだ。
「いい若いもんがなんじゃ。敬老精神で付き合え」
「めんどくせ~」
このじいさん絶対体育会系だ。
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