第331話 幸せとは?
「なら殺さなきゃいいだろ」
俺から見れば実に簡単な解決方法だ。
「それは無理よ、私は世界で一番幸せ、いえ人類が到達したことが無い「彼幸」に到らなければいけないの」
答えてくれたが予想通りの言葉の意味は分かるが内容は意味不明。
だがここで切れたらディスコミュニケーション、異文化交流は根気が必要だ。
「それが何で殺しに繋がるんだ?」
「だって人が不幸になる瞬間こそ自分が幸せを実感する瞬間でしょ」
幸せの先導者はあっさりと己が見付けた真理を言い切った。
「死こそ生物にとって究極の不幸、その究極の不幸を前にすれば人は幸せを実感せざる得ないわ」
なるほど、その理屈は理解出来るし実感できる。
積極的に関与して弱い者を虐めて不幸を生み出す、関与しなくても不幸な噂話に花を咲かせる、人は誰しも意識無意識を問わずに実践している。
だからこそ人の不幸は蜜の味という有名な格言もある。
うんそこまでは理解出来たぞ、もしかして俺人類学者に成れるかもな。
一歩づつコツコツだ。
「ならなぜそこまでしてお前は世界一幸せになりたいんだ?」
これこそが一見理解不能に見える女の行動原理に筋を通すはず。
「それは世界を幸せで包む為よ」
おっと大きく出たなこの女。
それにしてもこの仕事を始めて知ったが世界救済を目指す聖者は知らないだけで意外と大勢いるんだな。
彼等は人知れず世界を救うため己の正義によって活動をしている。出来れば常識をまず身に付けて欲しいが、そんな奴が世界を救済しようとは思わないか。
世界救済、成功すれば偉人で失敗すれば狂人と称えられる。
うんうん、目的は分かったが筋は通らなかったな。
根気よく会話を続けるしか無い。なにこの手の奴は語りたがりが多い、こっちが投げ出さない限り会話は続くもの。
「お前が彼幸とやらに到ると、俺も幸せに成れるのか?」
「そうよ。
あなた学はありそうだから知っているでしょ、どんな分野でも先駆者、先導者、道を切り開く者がいるわ。自分で道を切り開けない凡人は切り開かれた道に続いていくだけ。
ブッタしかり、キリストしかり彼等は人類の先の思想を切り開き皆続くことで確実に人類は人として先に進んだわ。
それと同じ、世界の人々は先導者たる私の背中を見て幸せに続いていくの」
誰も彼も幸せ求めて殺人鬼、そんな世界は嫌だな。それとも俺は意外と割り切って合理的に順応するかな。
方法が正しいかは後の人類に委ねるとして、理解は出来た。
「なるほどね。
それで恨まれたくないとは?」
死んだら終わりが唯一絶対の真理。
なのに幽霊にでもなって化けて出てくるのを恐れているのか、この人を殺すのも虫を潰すのも区別が付かないような女が?
「幾ら世界を幸せにする為とはいえ、何万何十万何億、あとどのくらいの死を積めばいいのかしら」
世界に蔓延する哀しみに憂う聖女のような顔で語り出した。
「私が彼幸に到れば救われていたはずの魂達。私が未だ到らないばかりに救えなかった魂。
世界救済の為なら切り捨てる覚悟を持った、それでも少しほんの少しだけど彼等の恨みの顔を見たら、やっぱり私も女、憂うの。
一つ一つは大したことない塵みたいなものでも、積もり積もって山の如く業となって私にのし掛かってくる。それじゃあ彼幸に到る前に私は潰されてしまう。
だからそんなことにならないように、彼等には幸せな顔で死んで欲しいの」
ふむふむ、何処までも自分本位だったな。ある意味安心する。
「彼等は私の意思で殺すんじゃ無い。私が手を出さなくても誰かが殺す。だったら苦しんで他人に殺されるより、私によって幸せに死ねるなら恨まれるどころか感謝される。それが世界救済の為の活力になる」
ファンの声援がエネルギーですのアイドルみたいな笑顔で言うな。
そもそも人の不幸を見ると幸せになるんじゃ無かったのか?
「だが人の幸せなんてそれぞれじゃ無いのか?
お前にそれぞれに対応出来るのか?」
「男なんて生物、食う寝る女が満たされれば幸せでしょ」
言い切られたが、違うとも言い切れないのが悲しい男の性。
確かに俺もちょっと幸せを感じていた。
俺の二度と人に屈しないと誓った性が無ければ逃れられなかったかも知れない。
「ねえ、納得したらもう一度私の手で幸せに包まれない。
ここで私の手を逃れても別の者が来て、今度はこんな幸せを味わえないで無残に殺されるのよ。
だったら・・・」
「断る。
悪いが俺は他人に屈しない。その前にお前の雇い主を潰してやるよ。
どうせ人吉ホテルの顧客名簿にあった上級国民の誰かなんだろ?」
特定できなくても端から潰していけばその内行き当たる。そういう根気作業は俺は得意だ。
幸い、協力者もいるしな。
「悪いけど彼幸に到るにはお金も大事なの。ここで私の信用を失うわけにはいかないわ。
どんな手を使ってでもあなたにはしあわせにしてあげる。
何ならいつもはそこまでしないけど、手じゃくて入れてもいいのよ。
腹上死させてあげるわ」
「悪いが俺が腹上死したい女は決まっているんでな」
彼女になら殺されてもいいかもな。
「残念ね、あなたが了解すれば、依頼人よし、あたな良し、私良しの三方良しなのに」
「知るか」
「悪い子にはまずはお仕置きね。
まずは手足を砕いて動けなくした後に、時間を掛けて拷問してあげる。どうかしあわせにしてくださいと泣かせてあげる」
うっとりとした顔で言う幸せの先導者を見ると本当に世界を救済したいのか疑問になる。
「やってみろ」
言葉による相互理解は終わり、ここからは拳による相互理解が始まるのであった。
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