第330話 かつて無いほどに汚い

 パク、もぐもぶもぐ。

 幸せだ。

 おいしいはしあわせ。

「はい、ちょっと大きいから気を付けて」

 中華娘が一口では食べ切れない大きさのタレ色に染まった肉の塊を持ってくる。

 満漢全席、多種多様中にはこういう料理もある。中華娘は落とさないようにいつもより箸に力を込めていつもより動きが鈍い。

 俺はまずは目の前で停止した料理に一口食らいつき。

 もぐもぐ、うまいがいつもなら途切れること無く口に放り込まれていくが、ここで少し間が出来る。

「こっちもよしよしね」

 箸に気を取られ少々覚束なくなった手で局部をさすり、少し快楽が薄まる。

「もう一口どうぞ、さあもっとあ~ん」

 中華娘が食って減った分俺の口に近づけてくる。


 間。

 空。

 途切れなかった食欲と性欲に空隙が生まれ、空隙こそがイノベーションのもと。

 満たされた物が満たされなくなった間に無から大爆発の有が生まれたように。

 ビックバン。

 渇望故に欲望が爆発する。

 もっと幸せに、旨い飯、いい女、同時に味わえばきっともっと幸せ。

 単純な欲望の増長。

 欲望の増長を止める理性はいらない。

 求めるがままに、渇望のままに。

 俺は食欲と性欲を混ぜ合わせ、人として持ってはいけない欲に昇華させる。

 つまり。

 俺の口はワニの如く開き、俺の首が女にそそり立つ股間のように伸びた。

「えっ!?」

 中華娘の顔が驚愕に染まった時には料理を呑み込み箸を砕き中華娘の掌に食らい付いていた。

「きゃっあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 中華娘の悲鳴に心地よくファンファーレの如く心を沸き立たせる。

 中華娘の綺麗ですべすべな皮膚、舌滑りが最高で舐めるだけでいってしまいそうになる。その最高の皮膚に包まれ肉まんのようにふっくらと膨らんで歯ごたえ柔らかくおいしそうな小指球。

 俺は人としての一線を越え、食欲と性欲が混在した性食の扉を開いて噛み千切った。

 ゴクンッ。

「ぎゃっああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 これにはたまらず中華娘も絶叫を上げ、海老のように仰け反る。

 悲鳴を上げ泣く中華娘の顔に興奮した。

 男が興奮すれば爆発させて出すと決まっている。

 もう我慢は入らない。

 俺は射精するよりエクスタシーにゲロを中華娘に向かって吐き出すのであった。


「ぐっぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 手足が仕えない俺だが、噛み砕いて呑み込んだ箸を喉に詰まらせることで発生させた汚い反撃の狼煙。

「げぼっぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 俺の口からマーライオンのようにゲロが吐き流され、食ったその場から脂肪になるのなら吐き出すその場から脂肪が減っていく。

 床を覆っていた俺の脂肪はみるみる縮んでいき、代わりに蹲る中華娘をゲロの海に沈めていく。

 このままならゲロに溺れて中華娘は溺死するだろう、死にたくない死因トップテンに入る惨めさだなと思って吐き出していれば、ゲロの山が盛り上がり中華娘が飛び上がり、テーブルの上に着地した。

「はあはあ、自ら幸せを放棄するなんて正気じゃないね」

 中華娘は怒りに染まった目で俺を見下ろしてくる。

 息も荒いが、食い千切られた掌を押さえる手から血が滴っていることから出血もひどいらしい。

 下手すれば失血死か? 可愛いのにおかわいそうに。

「悪いが俺は善意に慣れていないんでね、吐き気がしちまったぜ」

 すっぱだかのフルチンだが元の引き締まった躰付き戻ったのでゲロに塗れでも多少のかっこは付いているだろ。

「寂しい男ね。

 そこまでモテナイ男の僻みはなかなか無いあるね」

 怒りの果ての侮蔑の表情、そして憐れみに変わっていく。

「じゃあ今からでも優しく慰めて貰おうかな。誰かさんのおかげで滾ったまま何でね」

 実際焦らされ続けたのでどこかで出さないと頭が可笑しくなりそうで、丁度目の前にはなにをしてもいい女がいる。

「ゲロまみれの男なんてお断りね」

「スカトロは趣味じゃ無いか? やってみれば以外と癖になるかも知れないぜ」

 腰をスッと落とす、重心を誤ればゲロで滑って転んでしまい戦いどころじゃ無い。

「瀕死の女を犯そうなんて人間の屑ね」

「俺を殺そうとしたお前には、いや多くの人の命を奪ってきた殺し屋には言われたくないな。

 「しあわせの先導者」」

「・・・」

「沈黙は是と取るぜ」

 仕事柄勉強で、いや能力的に凡人の俺にとって情報が命を分ける必死に公安99課にある資料には目を通している。

 「幸せの先導者」と呼ばれる殺し屋。

 別に本人が名乗っているわけでも無く、性別不明、年齢不明、本名不明、顔不明。ただ此奴に殺害されたと思われるターゲットはいずれも幸せに蕩けた顔で発見されていることから、何時しかそう呼ばれるようになった殺し屋。

 そしてそのターゲットの不可解な死因から魔人では無いかと推測されていることから、公安99課の資料に記載されていた。

 今回自分がターゲットになったこの状況からそう推測したのだが、当たったようだな。

 まあ、実際あのままだったら食欲、性欲、睡眠欲の生物三大欲求が満たされたままに俺は幸せに包まれて、死んでいただろう。

「手口は、まあ俺にしたようなことをしていたんだろうが、なぜこんなめんどくさいことをする?

 普通に殺せばもっと楽だし確実だろ」

 俺が銃で撃たれても死なない魔人だったり銃弾を避ける超人旋律士ならともかく、俺なんぞ銃で頭を撃ち抜けば一発で死亡する。まあそれが出来ない余人には計り知れない拘りがあるからこそ共通認識を突き破り魔を発現させたんだろうがな。

 俺も学徒、不可思議があれば理由を知りたくなる。

「だって恨まれたくないもん」

 中華娘改め幸せの先導者は可愛く答えるのであった。


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