第329話 幸せに蕩ける

 ぶくぶくどろどろとヘドロのように俺の体から脂肪が膨らんで垂れていき店の床をアメーバのように覆っていく。

「はい、あーーーん」

 パク、もぐもぐむしゃむしゃ。

 それでも中華女は嫌がることなく平然と俺の膝の上に乗り続け、俺が口を開ければの口の中に食べ物を入れてくれる。

 俺はただ口を閉じて咀嚼するだけ。親鳥に向かって首を伸ばす雛の方がまだ動いているありさま。

 こんな事直ぐ終わりが来そうだが、それが来ない。

 まず食べることに飽きそうだが、満漢全席のように種種多彩一度して同じものが出てこないので飽きることは無い。そして食った分だけ腹に溜まること無く直ぐさま栄養に変換され脂肪に成り代わる。

 おかげで無限に食を楽しめ、膨らむ脂肪で俺は芋虫のように手足は脂肪の中に埋没し動くことすらままならなくなった。

 だがそれがどうした?

 本来生物は、食べるために餌を求め手に入れるために手足を動かす。

 なら動かなくても餌が運ばれ食べられるなら動く必要が無く逆説的に手足も入らなくなるのは実に合理的ではないか。

 合理的だが野生の生物が持つ無駄を削ぎ落とした機能美からはほど遠くなり、無駄を継ぎ足していったような脂肪溢れる姿は醜い。

 醜悪の一言。

 芸術家が見れば唾を吐き掛け、女が見れば吐き気を催し逃げていく

 だがそれがどうした?

 芋虫とアメーバがミックスしたようになった俺でも嫌がること無く中華娘は俺の局部を丁寧にその細い指で慰撫してくれる。

 本来生物は性的快楽を得るために異性を求め、その為に様々な苦を背負う。

 人生を磨り減らして稼いだ金で、服を買い髪を整え美容院に行って外観を整え。

 誇りを切り崩して、甘い言葉で異性の気を引きもてなす。

 まさに命を削って異性を手に入れようとする。

 なら何もしなくても美女が絶妙の指使いで達することの無い永遠の快楽を与え続けてくれるなら、そんな苦労をする必要が無いではないか。

 しなくていい苦労をしなくて済む幸せ、宗教家が苦行の果てに愛欲を棄てさろうとするのが馬鹿らしくなる。


 何もしなくても食い続けられ快楽を得られる幸せに脳がどんどん退化していく。身に付けた高等数学や高度な科学技術が生きる知恵となる辛い過去の経験が脳の奥深くに沈んでいく。

 だがそれがどうした?

 脳とは効率よく餌を得るため、効率よく異性を手に入れる為に進化してきた。使う必要が無いのなら、眠くなる寸前の一番幸せな微睡みに浸っていればいい。苦を刻んで脳を酷使する必要が何処にある。

 

 くうねるおんな。

 苦労も無く三大欲求が満たされる。

 これが天国なのだろう。

 辛いこと無く快楽だけが与え続けられる。

 道を歩いていたら美少女に惚れられて告白される。

 そんな漫画の如き幸運で店に入ったらそこは天国への入口だった。

 だとするとこれは中華娘は道行く俺に一目惚れした天使なのか。

 ああ、このままぶくぶくずぶずぶと幸せに蕩けてしまいたい。

 俺の人生にこんな幸運が舞い降りるなんて、













 あり得るはずが無い。

 人生を思い返せ、俺に笑顔で近付く奴は悪意を秘めている奴だけ。







 でもこの中華娘がどんな思惑があろうが、こんな至福を味わえるならいいじゃないか?




 いいわけあるか、俺の人生を他人に預けられるか。

 二度と俺は人生を他人に譲らないと誓った。

 この誓いこそが俺の魂源。







 でも今更どうする?

 自分をよく見ろ、今の俺は溢れる脂肪に手足すら埋没して口だけ動かすアメーバのようになっている。

 もはや中華娘を押しのけることすらできない。

 唯一動くはこの口のみ。

 諦めて幸せに蕩けるか。

「はい、あ~んある」

 考えている間にも中華娘が料理を箸で摘まんで口元まで持ってきた。

 ああ、なんてうまそうなんだ。

 これは屈したわけじゃ無い

 疑っていることをばれない為に俺は一際大きく口を開けるのであった。


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