満漢全席

第328話 満漢全席

 夜の帳は降りて闇に包まれ闇を散らす看板が煌めいている。

 一次会も終わり千鳥足で次の店を物色している者達で溢れる繁華街を一人しっかりとした足取りで歩いている。

「今日も遅くなったな」

 最近俺は無能なんじゃないかと悩むほどに帰りが遅い。自分では合理的に無駄なく処理しているつもりなんだが、何か無駄があるのだろう。

 その無駄が分からない。

 だから改善が出来ない。

 故に無能なのだろう。

 己が無能であることを認めるのは忸怩たる思いがあるが、このままでは仕事漬けで大学を留年してしまいそうである。

 己が無能であることを認め、五津府に頭を下げて補佐を付けて貰うか、いやそれだと俺が退魔官に永久就職するのが確約してしまいそうで怖いな。

 出費を許容して個人的に秘書を雇うという手もあるが、今はいいが暇になった時に一気に持て余してしまう。それにどうやって募集する? 魔を退治する笑顔が絶えない職場ですとでも言うのか、来るわけ無い。そうなるとスカウトしか無いが、今のところ心当たりは無い。

 悩ましい。合理的に考えても答えは容易に出ない。

 そして何よりも腹が減った。

 そもそも何か食ってから帰ろうとこんな騒がしい繁華街に足を向けたんだ、悩むのが常の俺だが今は食べる事に悩もう。

 ぐるっと繁華街を見渡し、心惹かれる店は無いかと探し出せば、ちょうど中華の匂いが漂ってきた。

 たまにはこってりしたものもいいか、こんな夜遅くに脂っこいものを食べるなんて不健康の元だが、今は健康なんか糞食らえだ。

 匂いの元を手繰っていくとこじんまりした中華料理店に辿り着いた。

 中華らしい赤い格子の扉は清掃は行き届いている。中華は汚い店の方が上手いという奴もいるが、俺は汚い時点で食欲を無くす。その点この店は合格。味については中華ならそう大外れすることもないだろう、ここにするか。

 俺は店と店の間に挟まれ縦長に押し潰されているような中華料理店の中に入った。

「いらっしゃいある」

 入って直ぐに、熾烈な競争を生き抜く営業努力か長い髪の両脇にお団子をあしらいチャイナドレスを着たステレオタイプ中華娘のウェイトレスが出迎えてくれた。

「一人だ」

「今空いてるからテーブル席にどうぞ」

 笑顔でチャイナ娘が言うように店内には俺以外に客はいないようだ。

 これは外れか?

 可愛いチャイナ娘がいてこの時間帯でゼロとはいえここで180°反転して店を出ようと目論んでもチャイナ娘がしっかりと俺を捉えて店の奥へと案内していく。

 まあいいか、たまたま他の客がいないだけかも知れないしと取り敢えず席に着く。

「メニューある」

「ああ、ありがとう」

 笑顔で手渡されたメニューを開くと中華定番は一揃えある。

 初めての店だ奇抜なものより取り敢えず無難なのを選ぼう。

 チャーハンか?

「はい、スープある」

 注文を決める前に頼んでも無いスープが来た。

 お通しという奴なのだろうか。

 折角だ冷める前に呑むかと、一口啜れば薬膳なのか上手いだけで無く疲れた体に活力が染み渡っていく。

 これは期待出来る店かも知れない、無難で無く上手そうなものを頼むか。

「はい、シュウマイある」

 俺の目の前に小籠竹包に入ったほかほかのシュウマイが置かれた。

「頼んでないが」

「初めてのお客さんにサービスあるよ。

 気にしないで楽しむある」

 中華娘はウィンクで答える。

 流行ってないからこその営業努力のサービスか、万が一ぼったくりでもその時は俺も職権乱用の国家権力を行使すれば何の問題も無い。

 俺は力を入れれば箸で切れてしまいそうなシュウマイを優しく摘まんで食べる。

 肉汁が溢れ出し幸せな気分になる。

 ゴクッと呑み込んだところで、次の皿が置かれた。

 今度は蒸し餃子。

 うまい。

 続いてエビチリ。

 うまい。

 続いてピータン。

 箸が止められない、まるで椀子そばのように途切れなく口に運んでしまう。

 だが、こんなにサービスして貰っていいんだろうか?

 おかしくないか、これじゃあ赤字もいいところだろ。

「おにーさん、箸が止まったあるよ。

 もうしょうがないな~、遠慮してたら幸せになれないぞ」

 中華娘は出来の悪い弟を叱るように言いながら俺の膝の上に座った。

 中華娘の柔らかく暖かいお尻を感じていると中華娘自ら箸で料理を取って俺の口元まで運んでくれる。

「はい、あ~~ん」

 パクッ、餌を貰うひな鳥のように食べる。

「いい食べっぷりね。はい」

 パクッ、条件反射のように食い付く。

「はい」

 パクッ。

 はいぱくはいぱくはいぱくはいぱくはいぱく。

 食べられる時に食べる野生動物のように歯止めが効かない。

 そろそろ俺の腹の許容量を超えるのだろうが、止まらない。

「はいはい、食べるのに邪魔そうなそれ脱がしてあげるね」

 中華娘が片手で箸を操り、片手でまるでベテランの娼婦のように俺の服を脱がしていく。

 気が付けば裸になった。

 そして見て分かる勢いで腹が膨れ肉がぶくぶくと脂肪で膨らんでいく。

 何をやっているんだ俺は? 

「は~~い、もっと幸せになりましょうね~」

 中華娘が片手で箸を操り、片手でまるでベテランの娼婦のように俺の局部を愛撫しだした。その手管は絶妙にて刺激を与え快楽を与えつつも絶頂には到らせない。

 絶え間なく美食を頬張り。

 終わりなき快楽を貪る。

 くってねてやる。

 三大欲求のうち二つを満たされ、俺は辛かった人生に抗い生きてきた人生にご褒美が与えられ、俺は幸せだ。

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