第327話 胸に秘めた誇り
「皆さん、お疲れ様でした」
会議室に居並ぶ50名近くの男達を前にして労いの言葉から始めた。
「けっ本庁なんかに持っていかれやがって、偉そうにするのは俺達にだけか」
早速元辻から野次が飛んでくる、まあ今回に限って甘んじて受けよう。
一日市ホテルでぼや騒ぎになり、消防車に混じってなぜか近くで捜査をしていた杉本達がいの一番で一日市ホテルに乗り込み惨状を目撃するのであった。まるで紛争地域にでも紛れ込んだような衝撃を受けた彼等だったが、通報を受けた署からの応援部隊と合流してきぱきと仕事を処理していった。
攫われた人達を保護し、逃亡を図った組織の人間を拘束し、負傷者の搬送が終わった頃には日が明けていたが、彼等に眠気なんか無い。彼等から連絡を受けた俺も現場に到着して、ここからが捜査の本番、人身売買組織の全容解明と俄然やる気が出たところで本庁から来た刑事達に現場を追い出されたのであった。
その際の俺のヘタレ具合は見事だった。俺はほとんど抵抗らしいことをすること無く引き下がったのだから、彼等が俺に失望して面白くない心情は理解出来る。
「それについては弁明はしません。
ですが皆さんの地道な捜査が人身売買組織を追い詰め、自滅を誘う事になりました。
公式記録上には残りませんが、皆さんが誘拐された人々や未来の被害者を救ったことは確かな事実です。
そのことは胸に秘め誇って下さい」
俺の言っている本人すら聞いていて寒気がする繕うような綺麗事に集まった刑事達の中には目頭を押さえる者ややり切った誇りに笑む者もいた。
まあ人身売買組織を潰したのは本当で嘘も言ってないんだが、そういうのを見ると利用した身としては心苦しい。
「けっ綺麗事を」
元辻だけが的確に俺を罵ってくれる。
「その批判も受けましょう。
これだけのことをやり遂げても手柄にならないのは、正義に憧れる子供じゃあるまいし面白くないのは分かります。
ですのでこういうものを用意しました」
ドサッと俺は机の上に用意しておいた紙袋から茶封筒と名刺を取り出して左右に並べた。
「なんですかそれ?」
杉本が先輩刑事達の無言の圧力に押されるように訪ねてくる。
「ボーナスですよ。こちらの茶封筒には少なくて申し訳ないですが十万入っています」
「おおおっ」
やはり10万でも嬉しいもの刑事達に間に歓声が上がる。
「その程度で俺達のご機嫌取りのつもりか、第一そんな金どこから・・・。
上からの口止め料か」
「ボーナスですよ」
元辻が俺を睨み付けてくるが、俺はさらっと言う。
しかしそう取るか。これは俺の悪評を広められたら今度の仕事に支障が出ると俺が自腹から出した詫び料なんだが。
別に一日市ホテルのことは広められても俺は困らない。口止めされるなら別の口から圧力という形でくるだろう。
「其方の名刺は?」
杉本が空気を変えるつもりなのか再び訪ねてくる。
「此方もボーナスですよ」
「名刺がボーナス?」
「ええ、こう見えて私はブラックとか借が嫌いでして、この名刺を持っている方とは一度だけ相談に乗りましょう」
「警部に相談???」
刑事達一同元辻すら困惑の表情を浮かべる。
「そうです。どんなことでもいいですよ。一度だけ相談に乗ります、まあ私が力に成れるかどうかは内容次第ですが、それでも真摯に対応しますよ」
上司のパワハラだろうがセクハラで訴えられたであろうが対応するつもりだ。
「女でも紹介してくれるのかよ」
「それでもいいですし、上司に相談できない仕事上の問題でもいいですよ」
俺の言葉に刑事達の顔が一瞬変わった。
上司からのパワハラを上司に相談出来ないだろうというつもりで言ったのだが、今回のことで色々と闇に触れた彼等は上司に相談できない意味について予想以上に深く捉えたようである。
まあ、それでもいいけどね。
「口止め料を貰うか子分になるかの2拓ということか」
またまた元辻が俺が思ってもいなかった解釈をする。俺にそんなつもりは無いって。
なぜ純粋な詫びをそう捉えられてしまうのか、まあ昔から悪意で捉えられるのは慣れているはいるけどね。
「さあさあ、皆さん申し訳ないですが時間が無い。
ボーナスはどちらか一つです。
まあ、元辻刑事が言う通り選ばないという選択もありですが、私として10万貰って家族や恋人とおいしいものでも食べた方がいいと思いますよ。名刺を選んでもそうそう相談事なんて無いでしょうし、第一その頃私が健在かも分かりませんしね」
上手くいけばお役御免で時雨を片手に大学生に戻って青春をエンジョイしている未来もある、是非そうなっていて欲しい。こんな商売長く続けるものじゃない。
「・・・」
明るい未来を想像して気楽に言ったつもりなのだが、なぜか刑事達は悲壮な表情になってしまう。
まさか俺が殉職するとか想像したのか?
「さあ、選んで下さい」
沈黙していてもしょうが無い、これ以上曲解されると収拾が付かなくなりそうなので俺は刑事達をせっつくのであった。
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