第326話 ろくでなしは笑顔で尻尾を振る
バンッバンッ。コーナーの壁に隠れつつ拾った銃で応戦するが早くも残弾が心許なくなってきた。
当たり前だが下に降りるにつれて敵の密度が上がってきている。一体上の階に退避するのも一時的にはありかも知れないが、それはそれで相手に時間を与えてジリ貧になるだけ。
ちっこんなことになるなら闇ルートでM16でも仕入れておくべきだった。ハンドガンで防弾装備した多人数を相手にするのは少々きつい。ワンキルヘッドショットを噛ませる腕があれば問題ないだろうが、まだまだ俺はその域に到達していないし、これからも到達することは無いだろう。
完全に俺の武器である機動性が殺された。ここで足止めされている内に背後に回り込まれ挟撃されたら俺に勝ち目は無い。
才能が無いことを嘆く暇は無い、そもそもそんな才能を欲したことも無い俺が嘆く資格すら無い。
ここは凡人らしく素直に人類の叡智に頼る。
残り三つだが、出し惜しみ無く俺は隠れたまま手榴弾を放り投げた。
「うわっ手榴弾だ」
「こんな所で何を考えているんだ」
慌てる声が廊下に木霊して伝わってくる。
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーン、「ぎゃあああああああああああああああ」
爆発音と悲鳴がミックスして奏でられる俺の旋律、美しくは無いが胸が竦む。
俺は相手が体勢を立て直す前にとコーナーから飛び出し、追撃戦に移行する。
「ううっ」
「痛い痛いよ~」
「おかあさ~ん」
廊下に倒れて痛みに呻いているボーイ達。遮蔽物の無い廊下だったこともあって無事な者はいないようだ。止めを刺してやるのが情けなのかも知れないが弾が勿体ない。もしかしたら助かるかも知れないし、今まで罪滅ぼしと痛みに耐えて貰おう。
ここで弾薬を補充しておきたいと近寄っていくと前方より新手が表れた。
おいおい、勘弁してくれよ。この様子じゃ本当に一日市ホテルの全戦力が俺に向けられているようだ。鎖府が少しドジって多少は其方に戦力が割かれるということは無しか。
「好き勝手やってくれたようだが、ここまでだ」
前方より樹吊が警備員の服を着た男を三人ほど引き連れてくる。
樹吊は鉈のように分厚く三日月のように湾曲したブレードが特徴的なクレセントマチェットナイフを持ち、警備員達はガバメント。ありがたいことに一日市ホテルとはいえマシンガンのたぐいは装備してなかったようだ。
これは俺にとって吉か凶か?
「奇遇だな俺もお前を生かしておく気はない」
俺の命を狙った奴を放置して生きていけるほど俺は剛胆じゃ無い。こういう輩の逆恨みはしつこいからな、怯えて眠れぬ夜を過ごすのも忘れた頃に復讐に来られるのも親しい人間に手を出されるのも御免被る。
不安の芽は、根からしっかり抜き取って根絶しておく。
「命を狙った者を許しはしないのは分かるが、だからって一人で敵のアジトに乗り込んでくるか?
狂人だな」
「逆だよ、冷静な計算。
お前等悪党が持っている圧倒的優位性が何か知っているか?」
「力だろ」
樹吊は得意気に言う。
「違う、お前等の力など表側の人間に比べれば脆弱もいいところだ。なのになぜ悪側は恐れられるか?
それは、いつでもどこでもどんな手段でも攻撃できる自由。
ただそれ一点だ。
正面から戦えばお前等なんか蟻に等しい、踏み潰してやるよ」
城攻めには三倍の兵力がいると言うが、そんな事が通用するのは正面から戦う時だけのこと。
自由とは無限の可能性を秘めた武器。
いつでもどこでもどんな手段でも選択できる自由は圧倒的アドバンテージで弱者でも強者に立ち向かう事が出来る。
故にテロは弱者の武器として無くならない。
「言ってくれるな。
此奴は俺が一人で始末する。お前達は逃げ道を塞げ」
樹吊は俺の言った言葉の意味を単なる挑発と思ったようだ。
まあいい、どっちにしろこの山は自力で越えなければならないようだが、山を越えた後の景色を想像すると活力が湧いてくる。
「はい」
バンッバンッ、俺は樹吊の意識が部下に向いた隙を突いて残った残弾全てを樹吊に向かって撃った。
全弾命中したようで樹吊の体はくるくる回ってステップを踏んで俺に迫ってくる。
防弾チョッキを着ている事で成り立つ銃弾を受け流す体術。
見事だな、精密な肉体操作無くして出来ない。俺なら銃弾の衝撃に呻いている。
見穫れている内に樹吊は間合いに踏み込み、鉈のようなクレセントマチェットナイフを振り払ってくる。
カキンッ、銃でその一撃を防ぐと銃はあっさりとバラバラに壊れた。防刃着を着ていても下手に受けたら骨が砕けるな。
樹吊は銃を砕いた勢いのまま更に一回転して勢いの乗った第二擊を放ってくる。
才能は無くとも努力次第で人並みには誰でも成れる。
銃が砕け咄嗟に握り締めた銃弾を樹吊の目に向けて指で弾く。
「小癪」
樹吊が咄嗟に避けたことで鉈の軌道が甘くなる。そこを前転で回潜り、直ぐさま起き上がれば俺を逃がさないとばかりに警備員達が銃口を向けている。
「くっく、小技で逃れたつもりだろうが状況は更に悪くなったぞ」
背後の回った樹吊の背後から二人ほどボーイが駆けつけてくる。
ふむ、予想より遅かったが追い付いたようだ。
「一つ聞きますが、あなたは部下に慕われてますか?」
「はあ、何を言っている?」
樹吊は俺の真意が分からないとばかりの顔をする。
自覚が無いようなので部下の皆さんに向かって尋ねる。
「貴方達は上司を慕ってますか?
こんな偉そうな奴ではさぞストレスがたまって大変でしょうね」
「攪乱の積もりか?
お前等はこの男の戯れ言などに耳を貸すな。包囲を固めて逃がさないことに注力しろ」
「はい。
って何で俺達がお前の言うこと聞かなきゃならないの~」
「何?」
樹吊の命令にボーイの一人が反抗した。
「あんたは殺しだけやっていればいいけど、俺達はホテルの仕事をしてるんだぜ」
「そうだそうだ、何で俺達がお前に顎で使われないといけないんだよ」
「そもそもこれはお前のミスだろ」
「お前達何を言っているか分かっているのか?」
樹吊は部下達の突然の反抗に戸惑いを見せる。
うんうん、やはりこういういざという時に日頃の行いは表れるね。
「ブラック上司への愚痴でしょ。
日頃横暴だとこういう大事な時に叛旗を翻されるんですよね」
俺も仮とはいえ組織の長として他山の石としてたまには影狩達を労おう。
「お前等俺にそんな口を効いて後でどうなるか分かっているのか?」
樹吊は部下達の犯行を押さえ込もうと脅しを掛け部下の皆さんが怯みそうになったので、ここは弱者の味方である俺は労働者の皆さんに助け船を出す。
「それもこのホテルが存在していたらでしょ。
退職金も貰えないでしょうし、皆さん逃げる前にお礼参りでもしたらどうですか?」
行きがけの駄賃とは真理の言葉、少しでも損失を少なくしようとする皆さんに俺は素晴らしいプランを提案する。
「そうだな」
「どうせなら」
「どっどういうことだ?」
ボーイや警備員達が一斉に樹吊を睨み付ける。
「ぎゃああああああああああああああああ」
会話に割って入るようにドアが開けられ血だらけの男が飛び出してきた。
「やっやめてくれ」
廊下に飛び出しへたり込む男を花瓶を振り上げた胸の薄い裸の少女が追っていく。
凄いな、こりゃ今頃ホテルの各部屋で凄惨な事故が起きているかも知れないが、まあ心神喪失は罪に問われないから止めなくていいか。
「一体何が起きているんだ、ん?」
呆然と乱入してきた男と少女を見ていた樹吊が気付いたように口元を手で覆う。
「やっと気付きましたか、遅い遅いですね」
まあ気付かれないようにかなり薄めて徐々に浸透するようにしたからな。おかげで下手したら首が飛んでいたかもしれない所まで追い詰められたが、感覚が鋭い樹吊に気付かれることもなかった。
ボイルカエル、徐々に変わる変化に人間は気付きにくい。
「貴様屋上の換気口に何か仕掛けたな」
「今更だな。俺が屋上から襲撃した時点でそれに思い至らないなんてマヌケだな」
鉄壁の要塞に換気口なんて弱点が晒されていて、俺が利用しないわけが無い。
攫われた少女達がいても別に即死性の毒じゃないからいいだろ、ただちょっとハイになって心に溜め込んだものを吐き出してスッキリするクスリ。
「誰がだっ。ここには俺達が攫ってきた人達もいるんだぞ、なのに遠慮無く毒ガスを放ったというのか。
お前警官じゃ無いのか?」
「警官?
いえいえここには「果無 迫」個人として来てますよ。
だからちゃんと税金は一円も使ってません、全部自費ですよ。公私混合はどっかの政治家のようにしてません。
清廉潔癖の男」
鎖府を雇った金は今まで貯め込んだ個人資産から出しているので、一切五津府に経費として請求しない。
そういった意味でも行きがけの駄賃で会員名簿以外にもお土産が欲しいところ。
「それこそ信じられん、お前は個人の責任でこんな事をしでかしたというのか?」
「組織の命令なら赤児だろうが殺すあなたには言われたく無いですね」
組織の命令だからと責任転換するような男には成らない、やる以上全ては俺が背負う。
「貴様っ、ぐわ」
バンッ、俺に飛び掛かろうとした樹吊を背後からボーイが撃つ。
防弾チョッキを着ていてもあれは痛い、暫くまともに息できないだろうな。
「おいおい、俺達を無視すんじゃねえよ」
床にへたり込む樹吊を見る部下達の目はぞっとするほど冷たい。
此奴日頃どれだけ部下の恨み買っているんだよ、クスリが無くても何時か刺されているだろ。
「皆さんこれがストレスを解消する最後のチャンスですよ、はりきってどうぞ」
「ああ、あんたも気を付けてな」
「嬉しいことを言ってくれますね。貴方達もストレス解消したら速やかに逃げることをお勧めしますよ」
まあ雑魚は見逃してもいいだろ。雑魚はいくら狩ったところで湧いてくる。
「ひゃっほーー」
「やっやめろがやあぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
俺は喜びの雄叫びと悲鳴をバックミュージックにこの場を去って行く。
俺が歩くホテル内のあちこちで大富豪の革命が起きていた。
普段虐げられていた者が後先考えずに反逆する。逆に日頃ここでストレスを発散していた上級国民の皆さんはただ逃げ惑うばかり。
時々上級国民に逆襲されている少女がいたらさり気なくサポートしつつ支配人室に向かい。辿り着いた支配人室にはタコのようになって生きている支配人がいるだけで、鎖府はいなかった。
壁には開け放たれた隠し金庫があるので目的の会員名簿を奪ってさっさと逃げたようだ。計画通り動いてくれたようで、そのまま裏切って逃亡しないことを祈るばかり。
俺は去る前に開けられた金庫を見ると色々とおいしいものが残っていた。鎖府は会員名簿だけを奪って逃げたようだな。欲の無い。
後は適当にぼやでも起こして署に待機させていた連中に匿名の通報をして締めくくりますか。
上級国民といえど火事だけは隠蔽できない。
「ほくほく顔ね」
煙が上がる庭園から逃げるように裏口から出ると鎖府がいた。
「待っていてくれたのかい」
「一応ね」
とびきりの笑顔で問い掛ける俺に素っ気なく答える鎖府。
俺が危なかったら助けに来てくれたりするつもりだったのか、だったら素直に支配人室で待っていればいいものを。
「ツンデレか」
「あんた馬鹿」
それはそれは冷たい目で睨まれた。
「テストよ。
自分で言った仕事すらこなせないような男に価値なんて無いわ。
ちょっと待たされたけど、まあ合格ね。
褒美に私のこと泉璃澄って呼ばせてあげる」
凄い上から目線のご褒美だな。
「それは嬉しいご褒美だ。
それでは泉璃澄、一緒に祝杯でもあげないか」
俺としても依頼した仕事を果たして裏切らないという最低ラインはクリアしつつ、時雨達じゃ出来ない汚れ仕事が出来る旋律士とのコネは確保しておきたい。
いくらでも尻尾を振ってやるさ。
「そうね付き合ってあげる」
泉璃澄はすっと俺の腕に腕を絡ませ、共に夜の繁華街に消えていくのであった。
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