第314話 働き方改革

「いい香りだ」

 俺は引き立ての珈琲から立ちこめる香りを楽しみ、香りごと珈琲を呑む。

「旨い」

 ガラス一枚隔てた向こう側の通路を人々が忙しそうに歩き去って行く中、カフェ内部の二人掛けの席に一人座り文庫本を片手に優雅に珈琲を嗜む。

 これぞ出来る男を絵に描いたような姿。

 この余裕こそ仕事に求められるエッセンス。


 都会という生き物は人が廻ってこそ成長していく。その血にも等しい人を都会の隅々に血管の如く張り巡らされた路線に沿って電車が運んでいく。

 駅に集められ駅に吐き出され人が電車に運ばれ都会を巡っていく。

 だが中には都会内を巡らせるだけで無く、都会の外部とも言えるベットタウンに繋がる駅がある。

 ベットタウンから人々を集め都心の各地に巡らせ、都心で動き疲れた人々を集めてベットタウンに帰す。外部の栄養と取り込む口であり不要物を吐き出す肛門とも言える。

 天気予報によれば今日の天気は曇りのち雨の今にも空が落ちてきそうな憂鬱な曇り空。それでも人々はいつもと代わらず忙しそうに駅に集い路線を乗り換えてどこかに運ばれていく。流動する人々の中にあって俺はこの口とも肛門とも言える駅に留まっていた。

 暗殺者に襲撃を受けた後も箝口令を敷き俺は刑事達に捜査を続けさせた。杉本などは反対したが、これには本筋から外れた狙いも合ってのこと。

 危険に晒さらしたところで加速するわけも無く徐々にしか集まらない目撃情報、それでもついに俺は行方不明者達が向かった駅を割り出すことに成功した。

 すなわちこの駅だ。

 そして天気予報が当たるのなら午後から雨が降り出し、今まで行方不明者達が居なくなった日と同じ条件になる。

 その際に一人傘を持つ魔に操られた人がここを通る可能性は80%。これはこの最近の曇り後雨の日の日数とその条件下で行方不明になった日を割って出した数値。明らかにこの魔はここ最近活発に動き出している。

 だが通る確率が80%でもそれをここで見張る俺が見付けられる可能性は限りなく低い。

 そもそもこの駅を一人傘を持って歩く人が何千人にいると思う?

 その中から一人を見付け出すなど1/何千の確率。

 何千の中から一人を賭で選び出し尾行を開始して魔との繋がりがあるか確かめる。

 非常に地道で気が遠くなる作業は針で山を崩すかの如く。

 それでも刑事達の努力に報いる為これ以上犠牲者を出さない為正義の心を燃やし不退転の根性で実行する。

 訳が無い。

 合理的じゃ無い。

 労力は80%の確率で通る人物を見つけ出す確率を上げるのに注ぐべき。

 だから俺は更に考察する、考えるだけが俺の武器。

 目撃情報はいずれも都心内の路線、それでいてこの駅から出た目撃情報は無い。つまり魔に操られた者はここからベットタウンに向かう路線に乗り換えたと推測できる。

 そして魔に操られていることから、外部からの刺激に通常の人と何かしら違う反応を示すと予想される。

 以上から俺はある仕掛けを施した。

 ベットタウンに繋がる路線に向かう通路の真ん中に堂々と邪魔になる隠しカメラ付きの看板を立てた。

 看板には一目見ただけでは用件が分からないような長文が書かれている。いつもは無い邪魔な看板があれば通常の者なら苛つくとか何が起きたのか知ろうとするとかの反応をするだろう。

 そういったパターンを午前中に集め午後はそのパターンから逸脱した希な行動を取った者を抽出する画像認識ソフトを隠しカメラに仕込んだ。

 後は該当する人物が通れば俺のスマフォにアラームと共にターゲットの写真が送付されるの、これぞ働き方改革のスマートワーク。

 やることをやり切り俺は優雅に文庫本片手に珈琲を飲む。このせわしない都会で優雅にゆったりする俺は目立つ餌になるだろう。

 いい狩人の条件は獲物が表れるまでじっと待てること。

 焦って自ら獲物を求めて動き出せば破綻する。

 自分の考察作戦仕掛けた罠を信じる。


 午後から待つこと3時間。

 読書を楽しむこと3時間かも知れない。

 ついに俺のスマフォにアラームと共に写真が送られて来た。

 これだってたまたま条件に当てはまった変人の可能性もある。

 最後の決め手は結局は自分の経験から導き出される勘。あれだけ合理的に計算しようとも最後は勘、結局カオスを見極められるのは人の魂なのか。

 画像を見て勘で瞬時に決断する。

 どうやら安楽椅子探偵を気取る時間は終わりだ。

 立って歩く時間だ。

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