第313話 こんな商売の因果
脇腹にナイフがめり込んでいき、掌で鉤爪を作って男に目潰しを放つ。
男はあっさりとバックステップで躱し、その間で銃を引き抜き三連射を放つ。
夜の街に銃声が轟き、男の体がコマのようにくるくる回って地面倒れる。
止めと頭部に狙いを定めた銃でさっと頭部をガードすれば、金属を弾く堅い音が響く。
弾かれたナイフが石畳の歩道に落ちて跳ねていく。
危なかった。
一瞬の攻防。刹那の判断ミスで俺は地面に転がる肉袋になっていただろう。
「二手を費やして仕留められなかった獲物は久しぶりだ」
男はゆっくりとそれでいて隙無く地面から起き上がってくる。その体には銃弾が当たった様子は無い。
銃口から射線を読んで躱しきる恐るべき体術。
魔とは違う。磨き抜かれた技から放たれる殺意に体が震えてくる。
「平時に鎖帷子を着込み、銃を常に携帯し、躊躇うこと無く引き金を引ける。
お前普通の刑事じゃ無いな。寧ろ俺達側に近い」
鉄より固い特殊炭素鋼の鎖帷子が突き破られナイフの先端が腹にめり込んだ。生半端な腕の持ち主じゃ無いな。反撃が後半秒遅かったらそのままナイフを内臓までめり込まされていた。
ナイフの先端に毒が塗ってあったら早めの処置をする必要があるが、今のところじわじわとシャツを赤く染めズキズキと痛むのみで毒による倦怠や目眩は無い。
止血をしたいがそんな隙は与えてくれないだろうな。
街灯の下暗闇に慣れてきた目で男を見れば、男は総髪、少し頬が瘦けた顔をした細身の男。あの動きから推察するに体は鍛え抜かれ無駄を削ぎ落としたボクサーのよう体をしての細身なのだろう。
幾ら夜道とはいえ、こんな男を前にして俺は警戒をしなかったのか。スーツを纏い一般人に紛れ込む能力も一級の暗殺者。
なぜ俺の命を狙う?
こんな仕事をしている報いが来たのと言われれば、まさしくその通りとしか言いようがないが、それで受け入れられるほど達観もしていない。
「組織の者か。俺を殺ったところで頭が代わるだけだぞ。それとも警察組織そのものを潰せるつもりか?」
取り敢えずの釜賭で、直近で思い当たることを言ってみる。当たれば儲けものだ。
「見せしめは効果的だ。
誰もが強いわけじゃ無い。
誰もが正義感があるわけじゃ無い。
2~3人も無残に晒せば組織は自然とアンタッチャブルになる」
思いの外男は饒舌に答えてくれた。
まあ見せしめと言っていたから、隠す気はあまりなかったのだろうが発想がもう外国のマフィアと同じだな。
嘘から出た誠じゃ無いが、適当にでっち上げた誘拐組織が本当にあったというのか。そして見事に虎の尾を踏んでしまったわけだが。
だが具体的に追っていたわけで無く極秘捜査だ、普通に露見したとは思えない。
まあ確かにマスコミにリークするなとは念を押したが、組織に情報をリークするとは予想しなかった。
どうやら鼠狩りもしないといけないようだな。
「なら逆に俺に牙を剥いた奴を2~3人晒してやれば俺がアンタッチャブルに成れるな」
正直俺は退魔官で人間の悪党と戦うのは業務外だ。
「抜かせ。このナイフがお前の心臓にめり込んでも囀れるか楽しみだ」
男はナイフを言葉を吐くのと同じように自然とその手に握り締めていた。
「イキがるのもいいが、せめて名乗れ。身元不明人の献体で処理されたくないだろ」
悪党も最後くらいは魔の解明のために役に立って貰う。
「ほざけ。
だが二手凌いだことに敬意は称しよう。
俺は樹吊 那波」
「そうか。タグにはそう記してやるよ」
左手でナイフを引き抜く。ナイフの腕は劣るが、特殊コーティングされたナイフなら樹吊のナイフなど刃を合わせればそのまま切断できる。
腕の差は武器で補う。実に人間らしい。
だがこの手は樹吊ほどのプロ相手なら一度しか通用しないビックリ技。使いどころは慎重に選ぶ必要があり、その為にもあくまで主攻は右手の銃と思わせる。
じりじりと銃口を樹吊に突きつけ引き金を引くタイミングを探る俺。
「警部っ」
警察署の近くで銃声がしたんだ。夜勤で詰めていた警察官達が警棒を片手に応援に駆けつけてきたようだ。
一瞬樹吊の視線が俺の背後に向けられ、俺は引き金を引いた。
「くっ」
流石プロ俺から視線を外しても気は外さない。俺の気を読んだのかの如く引き金を引くタイミングで樹吊は大きく横に飛んだ。そして飛来するナイフを俺はナイフで弾き返した。
これで追跡する間が一歩遅れ、樹吊は横に飛んだそのまま闇に混じれるように全速力で逃走を始めた。
流石プロ、撤退の判断が早い。
「警部無事ですか?」
警官達が俺の元に来たときには樹吊は闇に紛れ消え去っていた。
「ああっ」
よく見れば杉本だ。てっきりもう帰ったと思っていたが、署にいたのか。
「警部は一旦署に避難をして下さい。俺達は追いかけるぞ」
「辞めておけ」
追跡しても捕まえられるとは思えないし、下手に追い付けば警察官に無駄な犠牲が出る。
「しかし・・・」
杉本は納得してないようである。
こんな夜中に残っていた杉本、これは怪しまれないための演技なのだろうか?
「今はいい。今日のこと後日思い知らせる。その為にもマスコミにも嗅ぎ付けられたくない。悪いが俺の血を清掃しておいてくれ」
銃声は知らぬ存ぜぬで誤魔化せても、血痕があってもそれも通用しない。
「えっ。警部ちっ血が」
杉本は初めて俺の脇腹滴る血に気付いたようだ。
「ああ、悪いが俺は先に帰らせて貰う」
幸い鎖帷子のおかげでナイフの刃は皮膚を切り裂いただけだ。これなら素人の俺でもドラッグストアによって薬と包帯を買えば治療できる。
「何を言ってるんですか、パトカーで病院に送りますよ。お前達は警部の命令通り清掃をやっておけ」
「はっ」
「警部はここで待っていて下さい。パトカーが目立つというなら自分の車を持ってきますので」
「汚れるぞ」
「何を馬鹿なことを言っているのですかっ!!!
本気で怒りますよ」
警部の俺が怒鳴ら怒られてしまった。
こうして俺は杉本の車で帝都警察病院に運ばれて行くのであった。
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