第306話 おいしい仕事
悲鳴の方を向けばカウンターで食事をしていたであろう男が椅子から滑り落ちて床に倒れていた。
「おい、医者だ医者を呼ぶんだ」
「食中毒か」
倒れた客の周りにいつの間にかそこそこ混み出していた店内の客が群がっている。服が濡れている客が半分ほど占めていることから俺達同様雨宿りが目的で入ってきたのであろう。
むわっと湿度が高い中に近寄りたくも無いし、野次馬するくらいなら面倒に巻き込まれる前にさっさとこの場から立ち去るのが合理的というものだが、犬も歩けば棒に当たるという。
俺はざわめく客を掻き分け倒れた男の所に近寄る。
倒れた男はサラリーマン風のスーツ姿で、服は乾いている。俺達が入ってきたときにはいなかったと思うから傘でも持っていたのであろう。
折角雨に濡れずに済んだのに、どんな不幸で倒れたのやらとしゃがみ込んで男を調べようとすると、倒れたときには張りのあった肌がみるみるうちに萎れだした。
「うっうわ、なんだこれは?」
周りにいる野次馬共が騒ぎ出す。
これは下手に触れない方が無難かも知れないな。
尋常じゃ無いことは確かで本当に棒に当たったのかと、ちらっと振り返り弓流を見ると弓流が頷くのが見えた。
ならばこの場の主導権をめんどくさいが握るべきだな、めんどくさいが余計な介入を排除出来て結果めんどくさくなくなる。
「鎮まれっ」
俺は立ち上げると声に張りを入れて命令した。
こういう時にはハッタリは大事と悟り最近は発声のレッスンを受けているのは秘密だ。
「なっなんだお前急に命令なんかして」
歌手や声優には成れなくても芸は身を助ける、声は店内に響き渡り客達の注目を一斉に集めることに成功した。
「俺は警視庁の果無警部だ。
殺人の疑いもある全員この店から出るな。一歩でも出たら逃亡と見なして逮捕する」
俺は内ポケットから警察手帳を取り出し命令しつつ、さり気なく出口を塞ぐように立ち回る。
「ほっほんとかよ。
警部ってお前若すぎないか」
ごもっともだな。ドラマで出てくる警部といえば渋みが走った中年が定番だからな。寧ろ素直に納得された方が現役大学生としてはショックを受ける。この歳で苦み走った貫禄なんか欲しくない。
「疑って結構。俺は逃げも隠れもしない。今から応援を呼びこの店を封鎖する。その時に好きなだけ俺の身分を確認するがいい。
さあ、全員大人しく席に着け」
言い切り押し切り不満を無理矢理抑え込む。
「あっ食事は続けていいぞ、折角の食事だ楽しんでくれ」
「死体と一緒の部屋で食べれるかよ」
少しでもストレスを和らげてやろうとした俺の優しさは拒否されてしまった。
まっ理解されないのはいつものことさ。
「これから打ち合わせなのに」
「まじかよ」
「ちょっと帰れないの」
人の好意を踏みにじった客達は口々に不満を述べてくるが、一切耳を貸さない。一人でも聞けば堰を切ったように不満が溢れて収拾が付かなくなるからな。
こんな力業俺一人では長時間抑えれないが、もう直ぐ応援がやってくる。
そうすれば俺のターンが始まる。
謎の死を遂げた男がみるみるうちに萎れていく、疫病や毒の可能性もなきにしもあらずだが魔が関連すると疑うことは出来る。
つまり退魔官の出番となる。
そして 弓流の超感覚計算がこの事件が綿柴の失踪と関係あると導いた。今のところ何が同関係あるか皆目見当も付かないが、どうということもない。
この事件を追えば自然と綿柴の失踪事件も解決できるということだろう。
つまり俺は綿柴の捜査で日本最大の探偵組織警察のリソースを合法的に利用することが出来るようになったということだ。一人では探偵事務所に劣る足取り調査も今なら惜しみない人海戦術のローラー作戦が使える。
私で受けた仕事で警察を使えば問題になるが、魔が絡んでいるんだ退魔官特権を使うことに関して誰の文句も言わせない。
退魔官は半官半民、国家治安のために権力を使い、ついでに私的に金を稼いでも何の問題ない。
多少出ようが実績を上げてしまえば黙らせられる。
くっく、一つの事件を解決すれば退魔官として八咫鏡として二つの実績が上がる、困難と思われたが蓋を開ければおいしい仕事じゃ無いか。
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