第305話 ランチ
今にも降りそうな曇天の下、俺は弓流を引き連れ繁華街を歩いている。
時雨とかには無い成熟した女性の色気漂う弓流に道行く男は一度は視線を向けてくる。恋人のように腕を組んで、見る者が見れば捕虜を連行するように、一緒に歩いている俺がいなかったら欲望溢れる繁華街だけに男が蟻のように群がってきたであろう。
いい女はトラブルを引き寄せる、雨も降りそうだし手早く仕事を終わらせて立ち去りたいものだ。
しかし傘を用意しなかったのは失敗だったのかもな、だが依頼を引き受けることになり依頼人と共にさりげなく帰ろうとした弓流の腕を捕まえ有無も言わさず連れて来たのでそこまで気が回らなかった。
この女、一度逃がせば事件が解決した頃に何食わぬ顔で報酬だけしれっと貰いに来る油断ならない雌狐だからな。
折角賀田呼びしてビジネスライクに徹して断ろうとした試みが破れた以上、弓流呼びで仲間として一緒に泥沼の行進をして貰うのは当然だろ。
なんとか降り出す前に目的地の居酒屋の前まで来た。
入口は戸になっていて暖簾と赤提灯がある和風居酒屋、ここで綿柴が学生時代の友人と共に呑んでいたことまでは確認されている。その後依頼人である綿柴の妻悦子に駅に迎えに来いと連絡をしたのを最後に消息が途絶えている。
以上のことはプロ中のプロの探偵事務所の者がとっくに調査済み。今更俺がここで調べたところで名探偵よろしく行方を推理出来るとは思っていない。
俺はな。
「どうだ何かひらめいたか?」
「何も」
弓流は暫しこの辺りの空気を感じていたが、結局肩を竦めて答える。
魔人弓流の能力は本人さえ意識しない得られた情報から事象を推測する超感覚計算。失踪した現場に来れば新たな情報を得て綿柴の失踪先を推測するかと思っていたが、決して帰ろうとした弓流を現場まで引っ張ってきたのは一人楽をさせるかという嫌がらせだけではない、これだけではまだ情報が足りないようだ。
一度肌を合わせた男なら運命を握るに等しく未来の流れを予測出来るようだが、会ったことも無い男を捜し出すとなればそれなりに労力が必要らしい。
結局地道な努力がいるようだが、それでも普通に俺が捜査するよりかは効率がいいだけでなく確実なはずだ。
「仕方ない、ここから駅に向かうぞ」
足りないなら情報をドンドン入れてやるまでだ。ここから駅に向かったことは間違いなく、途中で何かがあったのだろう。それを弓流が感じ取ることが出来れば事件は解決できるはず。普通に地道に捜査することに比べれば楽なもんだ。
「ええ~疲れたんですけど」
なのに弓流は不満たらたらの顔、口を尖らせて文句を言ってくる。
「お前が持ってきた仕事だろ、責任持て」
「だから責任持ってあなたに引き継いだじゃ無い」
「報酬はいらないんだな」
それでも弓流は悦子から占い料はちゃっかり取っているだろうから元は取れている。
「もう可愛いおねーさんを養うくらいの甲斐性持ちなさいよね」
まるで可愛い姉のように可愛く笑って甘えた声で言ってくるが、言っている内容は悪女そのものだな。
俺はお前の夫でも恋人でもないのに何で働きもしない女の為にATMにならねばならない。
「ビジネスパートナーだ。働かない以上分け前は無しだ」
迷惑料を請求しないだけ俺も弓流に甘やかしている。
「半々よね」
「三分の一だ」
「ちょっと強欲じゃ無い」
「お前の超感覚計算が俺を指名した案件だ、あの可能性が高い」
「やっぱそうなる」
弓流も分かっていたのだろう、諦めたような溜息を付く。
正直ただの失踪事件で俺を超感覚計算が選ぶとは思えない。
考えられるのは、あの場合かめんどくさくて弓流か俺に丸投げしたかだが、この弓流の反応からちゃんと超感覚計算が俺を導き出したようだ。
「あの場合だったら俺じゃどうにもならない。お前の方で対応出来るならお前が三分の二でもいいぜ」
この案配が難しい。一流を選べば確実だが報酬の三分の一を割り込み俺の取り分が減る。逆に三流を選べば三分の一以上の報酬を俺が手に入れられるが、リスクが跳ね上がる。
「冗談はよしてよね」
強欲な弓流だが冗談じゃないとばかりにあっさり断ってくる。
まあ正直報酬を睨んでの人選なんてめんどくさい、出来るなら俺も楽して確実の三分の一の方がいい。
「ならそういうことだ」
「分かったわよ。なら労ってよ」
「じょうだ・・、んっ」
頬に冷たい水が当たった。
どうやら雨が降ってきたようだ。
「ちょっと濡れるじゃ無い」
確かに俺と違って弓流が着ている高そうなブランド服が似合っているのにだけに台無しになるのはもったいないか。
「丁度いい、昼飯にするか」
これ以上降り出す前にと取り敢えず近くの飯屋に入った。ゆっくり食事をして止めば良し、止まなかったら俺が傘でも買ってきてやるか。幸い俺の方は仕事柄濡れる程度を気にしなくていい撥水機能付きのスーツだ。
飛び込んだ店の中は時間がずれているからか比較的空いている。俺と弓流は奥のテーブル席に案内された。
メニューを開くとズラリと種々様々なおじやが並んでいる。
まあ体も温まるしいいか。
「決まったか?」
「う~ん、ちょっとまって」
弓流は真剣にメニューを見ているがカロリー計算でもいているのか?
「違うわよ」
俺の心を読んだような返事が返ってくる。
「カロリー計算なんかしないわよ。逆にしっかりエネルギーを取らないと保たないのよ」
脳が一番エネルギーを使うというから、超感覚計算を行う弓流はカロリー消費が普通の女性より激しいのかもな。
「それでその体型とは世の女性に恨まれそうだな」
俺から見ても節制をしているモデル並みの体型をしている。占い師を辞めてもモデルをやれそうである。
「そう。だから親しくない人の前では小食を装っているわよ」
流石裏街道を生き抜いてきた女抜け目が無い。
「うん決めた。おじやは一つしか頼まないけど、副菜を増やすわ」
「そうか」
弓流がずらりと並べられた料理の数々、俺が海鮮おじやを味わいつつ食べている間にも雨は止む気配は無かった。それどころか益々激しく降ってきているようで、俺達が食べている間にも傘の用意をして無くてずぶ濡れの者と用意周到に傘を用意していたらしい者が半々くらいで店に入ってくる。
俺が食べ終わり食後のお茶を啜っていても弓流はまだ食していた。その顔は普段呑め狐ぶりは何処へやら幸せそうだったので、文句は言わず大人しく見守っていたのだが、やはりこの二人が揃って平穏は許されなかったのだろう。
「きゃああああああああああああああああああ」
店内に悲鳴が轟くのであった。
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