第307話 善意は曲解される

 店内には客よりも多い所轄の警察官で溢れかえっていた。

「署に連れて行って詳しい事情聴取を頼む」

 大声で警官に指示を出す。

「俺が許可するまで誰も帰すなよ」

 囁くように警官に指示を出す。

 人権侵害で問題になろうとも、もし魔人が混じっていたらことだからな。安直に解放するわけには行かない。

「はっ」

 俺より年上下手したら親ぐらいの年齢の制服警官は実直に敬礼して承諾する。

 可愛いものだ、警察は縦社会の階級社会、俺みたいな奴でも階級が上なら素直に従ってくれる。この快感に溺れたら権力の虜になる。

「あっそこ迂闊に触るなよ」

 俺は被害者に触ろうとした鑑識に命じる。迂闊に触れて魔に汚染されないとも限らないからな。まあ空気感染するんだったら手遅れなんだが、その時は諦めるしかない。俺以外の誰かが解決することを病院のベットの上から祈るだけだ。

 俺の善意の命令なんだが鑑識達は職人気質からか制服警官ほどは素直でないらしく若造がと反発の色を見せてくる。

「被害者の検死は帝都警察病院で行うから、そっちに搬送してくれ。合わせて鑑識の結果も送っておいてくれ」

 手抜かり無く帝都警察病院の方には連絡済み。

「分かりました」

 帝都警察病院の名を聞いて何か思い当たったのか鑑識官から先程までの反発心が薄らいだ。流石警察官が関わりたくないNo2だけのことはある。ちなみにNo1は警察官の不正を監視する監察官。

「さあ皆さん警官の指示に従って署の方に向かってください、くれぐれも忘れ物が無いように気を付けてくださいね」

 最後にフレンドリーに市民の皆さんに指示を出す。

 俺の指示に市民の皆さんも不満顔ながら素直に従い、人権無視だと文句を言ったり逃亡を計ろうとする者はいない。

 そう簡単に尻尾を出す馬鹿はいないのか、とっくに逃亡済みか。はたまた魔は関係無いのか。

 ふう~兎にも角にも取り敢えずの指示が終わったと一息付こうとしたタイミングで厄介なのがやってくる。

「おいおいおいおい、何若造が勝手に仕切ってるんだ」

 腹が出てふてぶてしいそうな中年が一人腰巾着を従え寄ってくる。

「警視庁警部、果無だ」

「俺は所轄の警部の元辻だ。階級は同じだな~若造。幾ら本社の人間でも俺の縄張りで勝手は許さないぜ」

 この歳でこの階級からしてノンキャリアの叩き上げ、いきなり警部のキャリア組の俺のことはさぞや目障りだろうな。

「階級が同じでもこの事件は俺が預かることになった。

 上に確認してくれ」

 足りない貫禄は虎の威を借りて補う。

 使えるものは使う、プライドなんて仕事に何の役にも立たない。

「上の命令一つで現場の人間がほいほい従うと思うなよ」

「それでも従うのが警察だ。

 嫌なら外すだけだ、そもそも現場の指揮官は二人も入らないな」

 嫌なら辞めろと言うブラック経営者そのものの対応に現場の空気が一気に悪くなる。

 アウェー感まっしぐらだが、この空気こそ馴染んだものホーム感が湧いてくる。

「なっ。

 お前みたいな頭でっかちのお坊ちゃんが現場の何が分かる」

「分かるかどうか高みの見物でもしてたらどうだ?

 働かなくても給料貰えるなら嬉しいだろ」

 俺なら嬉しい。俺なら大人しく従って上がミスするのを待つ。

「ほざくな若造」

 顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる、もはや理屈や利益でなく俺を叩きのめさないと気が済まなくなっているんだろうな。

 ならばその心情を理解して機会を与えてやればこの場から消えてくれるかな。

「分からない人だな~。

 なら捜査妨害をしない範囲において自由に行動することを許可しようじゃないか、俺を出し抜きたかったらどうぞ」

 俺が欲しかった警官を動かす命令権を得た以上、別にこの事件自体は出し抜かれたら出し抜かれたらでいい。

「ああっ部下も無しに独りで捜査しろと」

「気にくわないキャリアの鼻を明かすのは刑事ドラマの鉄板だろ」

 こういうときは反逆するノンキャリアの刑事は独りで捜査して大金星を挙げてこそカタルシスがある。

 まあそんな刑事の満足感以前に人手を取られるわけにはいかない。足取り捜査は一人でも多い方がいいからな。

「はっそもそもそんな必要あるのかよ。何を思ったか知らないが、ただの食中毒だったら大騒ぎしたあんたはいい恥さらしだな」

 俺の挑発には乗らず、正論を言い出した。流石叩き上げこういう所は老獪だ。

「何を言っているんだ?

 今のところ俺は食中毒でも殺人事件でも対応出来る手順を踏んでいると思うが?」

 ただ検死先がちょっと特種な帝都警察病院になったくらいで、食中毒での対処と同じ手順を踏んでいる。

「巫山戯るなっ、それで何で本社の人間が所轄を無視して出張ってくる」

「たまたまここで食事をしていたからな、流れだよ流れ」

「それにしたって普通じゃねえ。普通なら所轄に引き継いで終わりだろ」

 悦子からの依頼が無ければそうしていたかもな。それで結局後日五津府から召喚されて事件を担当する。

 まあ途中工程を省いたぐらいで結果は変わらない。

「俺は責任感が強いんだよ」

「気にいらねえ~ここは俺のシマだお前に好き勝手させるか」

「これ以上は平行線、時間の無駄だな」

 この男は目の前で魔を見るまで納得しない。

 ある意味俺はこの男を魔の手から守ってやっているのに、嫌われる。つくづく善意は理解されないものだ。

「出来れば告げ口なんてマネはしたくないが、警視監と話をする勇気はあるか?」

「お前警視監の命令で・・・」

「警視監と話をするか先程の妥協案か好きな方を選んでくれ」

「いいだろう。この事件俺が解決してやる。

 旨い酒が飲めそうだぜ」

 完全にこの男の中では俺は虎の威を借りる嫌な奴に認定された。

「話は決まりですね。

 くれぐれも妨害と隠蔽は無しですよ」

 これも先走って魔と遭遇しないための善意なんだけど、嫌みに聞こえるんだろうな。

「ああ、聞かれたことは答えてやるよ」

 元辻は鼻息荒く出ていく。

 さて俺と元辻がじゃれ合っている内に店内から客と店員はいなくなり、残っているのは鑑識の人間と弓流だけ。

「これからどうするの?」

 一応自分がトラブルの元と自覚しているのか元辻がいなくなるまで大人しくしていた弓流が話し掛けてくる。

 いい判断だ、俺が弓流を連れて食事をしていたと知られたら辻本は更にやっかんでもっと話が拗れただろう。

「取り敢えずは鑑識の邪魔になる。外に出るか」

 俺と弓流は連れだって店の外に出ると雨は止んでいた。入口に置いてある傘立ても空になっていて傘の忘れ物は無し。忘れ物を署に持って行く手間はないようだ。

「まずは被害者の身元、そして検死結果待ちだな」

 本当に食中毒なら、どうしたものか。それでも捜査をさせる理屈を考える必要がある。

 事情聴取と鑑識結果が意味を持つかはその二つの結果次第。

 そしてこの事件が俺と弓流の勘通り綿柴の失踪と関連があるのなら、新情報を得て弓流の超感覚計算が何かヒントを導き出すだろう。

「そうね。じゃあ情報が揃うまで待機?」

 意地悪な気持ちも湧いてくるが辞めておく。人を呪うならば墓穴二つ。

「今日の所は帰っていいぞ。

 情報が揃うのはどうせ深夜になるだろう。寝不足はお肌の天敵だろ」

 幾ら優秀な警察でも今からじゃ情報が揃うにはそのくらい掛かるだろう。

「あら、優しいのね」

「下手に署でお前のことを聞かれても困るしな」

 俺だけでも所轄の反発心は半端ないのに、民間人で美人の弓流を連れて行けばどうなるのは想像したくないな。

「あら恋人って言っておけばいいんじゃ無いの?」

「辞めてくれ、男の嫉妬で刺されそうだ」

 妬まれ過ぎれば階級差を超えて足を引っ張す者が続々と現れる。

 人は醜いな。

「エリートさんは大変ね」

「ほんとだよ」

 しかも好きでやっているわけじゃ無いという。

 まあ嫌なら俺こそ辞めればいい、その場合は時雨も諦めることになるので絶対出来ないけどな。

 俺こそ色に狂った大馬鹿者だな。

「なら徹夜で頑張るあなたを膝枕してあげましょうか」

 弓流が妖艶に下から見上げる角度で微笑みかけてくる。

 ここで色香に迷ったら身の破滅、ウブに返せば舐められる。

「それをご褒美に頑張るよ」

「ふふっ、じゃあまた明日」

「ああまた明日」

 何にせよ弓流を無料で活用できるこの事件、速攻で終わらせてやるさ。


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