第301話 悪意の一滴

 ん!?

 えっ!?

 ええっ!?

 愛を受け役者は揃った。

 総仕上げは迫る。

 長々と続いたこの物語もクライマックスコールの波の乗って舞台の幕を降ろしましょう。

「流石のお前も魔関連の情報はあまり持ってないということか」

「そうだ」

 黒田は言い切った。

 まあ分かっていたこと。黒田が俺を欲しがる理由なんてこれくらいしか無い。正直俺は部下にして可愛いタイプじゃ無いし俺程度の能力を持っている者は腐るほどいる。

 だがまあ誤魔化さないあたりは好感が持てる。

「そしてそれが俺を巻き込んだ理由か?」

「幾つもの世界救済の計画を警察上層部に食い込みつつ練っていた俺の耳に乃払膜様が悪意を操る少女を探しているという情報が入った」

 もしかしてその情報殻から聞いたのか? もしそうなら、元々は殻の案件でありそれを横からかっ攫ったということか。そうなら同じ仲間の殻を頼らず部外者の俺を巻き込んだ筋が通る。

「千載一遇のチャンスだったが、私には悪意を操る少女や乃払膜様を見つけ出すツテもノウハウが無かった。このままでは殻が悪意を操る少女を守り切り、最悪乃払膜様を排除してしまう可能性すらあった」

 当たりかよ。此奴しれっと悪気も無くナチュラルに殻の計画を潰したと白状したぞ。

 今の台詞是非殻に聞かせたい、どういう反応を示すやら。

 それにしても嫌な同僚だな、絶対に上司にはしたくない。いや寧ろ逆で上司にすると頼れるのか?

「だからそういったツテもノウハウもある俺を外乱として巻き込んだのか?」

「そうだ。ちょうどいいことに波柴の馬鹿息子が悪意を操る少女と思わしき魔人によって意識不明になったからな。

 くっくっく、波柴の弱みを握るつもりで世話していたのがこういう意味で役に立つとは思わなかった。ここだけは瓢箪から駒の計算外だ」

 波柴の馬鹿息子がいなければセウと乃払膜と殻が俺の知らないところで三つ巴の戦いを行っていた可能性があるのか。そうなった場合、セウは捕まり当然あの事故は起きるだろうから殻が望んだ世界救済の策はなっていたかも知れないな。

 まあジャンヌもこの事件に絡んでいたから遅かれ早かれ俺は事件に関わることになったかも知れないけどな。ジャンヌも俺を巻き込みたくないと思いつつもナチュラルに俺を巻き込む悪意無き悪女みたいな女だからな~。

 まっそこが憎めなくもあり可愛いくもある。

「全てが俺が望むように賽の目が転がった。これは世界を革新せよとの天が俺を救世主として選んだとしか思えない。もはや世界の革新はなったも同然、後はなった後の世界構築を考えるのみ」

「はっ」

「今笑ったのか」

 得意気の絶好調の黒田があまりに滑稽なので堪えていたが失笑してしまった。

「黒田さん、あんた以外と可愛い奴なんだな」

「なっなんだと」

 俺の正直な感想に黒田が怒声を上げる。

「乃払膜様ともあろう御方が本気でお前のような計画に協力すると思っているのか?」

「どういう意味だ?」

 黒田は警戒するように俺に尋ねる。

「乃払膜様は孤高の探求者、俗世の救済に興味など無い。

 お前なんかより俺の方がよっぽど乃払膜様の御心が分かる」

 俺は自信を込めて断定した。

「巫山戯るな。乃払膜様は確かに俺の計画に共感して協力してくださるとおっしゃった」

「それを信じちゃうなんて意外とじゅんじょう~」

 俺は両手の人差し指で黒田を指差す。

「乃払膜様の狙いは世界救済委員会が持っているという聖者候補のリスト。

 お前は利用されただけなんだよ。

 寵愛なんか受けてない。

 そうでしょ、乃払膜様」

「全く良く回る口だ」

「えっ」

 黒田が振り返って驚愕する。

 そこにはフードを被った乃払膜様がいたのである。

 その愛は深く強く悪意など一切寄せ付けない。先程黒田が勧誘するのと合わせて披露してくれたお姿のなんと美しかったこと、一瞬で虜になった。

「どうして出てきたのですか乃払膜様。危険ですお下がり下さい」

「お前では埒が開かなそうなのでな。

 これ以上の時間の無駄はしたくないから我自らケリを付けた」

「はっは、お前乃払膜様に見限られたな、かっわいそ~。

 どうです乃払膜様、此奴の夢見る少女が語るような甘い世界なんかよりこの俺が生み出したこの世界の赤。

 心に迫る美しさでしょ」

 俺は上司に取り入る太鼓部下のようにプレゼンする。こう見えて仮面を被って生きてきた男、こういうのは得意なんだぜ。

「確かに。愛こそ至情かと思ったが悪意も捨てがたいな」

 乃払膜様の響き確かに俺の提案に惹かれている。

「そうでしょ。乃払膜様、この悪意の赤こそ真理に迫る美しさ。

 共に目指しましょう」

「そう急かすな。途中で投げ出すのは性に合わん。まずは愛を極めてからだ」

 乃払膜様はじゃれついた孫をあやすようにおっしゃる。

「これは差し出がましいこと言ってしまいました。

 まずは愛、それも世界救済委員会が持つリストを手に入れれば、豊富な人材は揃い直ぐさま達成出来るでしょう」

「そうだな」

「うっ嘘だ。乃払膜様は俺の計画に賛同したんだ、共感してくれたんだ」

 黒田は親の愛を弟に取られた兄のように叫ぶ。

「乃払膜様、俺と其奴どっちを選ぶかはっきりと応えて下さい」

 そして縋る。

 バッカだな~それは見苦しく寵愛を失うだけだぞ。

 平常時なら流れを読み時期を待つ能力はある黒田だが、今は愛で狂っている。

「乃払膜様。そのオッサンうっとうしいから黙らせて下さいよ」

「そうだな。

 黒田よ俺の更なる愛を受けて盲目になれ」

 乃払膜はフードを脱ぎ去り、この悪意に使った世界においても一切輝きは失われない神々しい姿を晒す。

 輝く愛がこの地獄に満ちていくのであった。

「素晴らしい素晴らしい愛です。

 この愛を黒田で無く俺に注いでくれてありがとうございます」



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